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5月31日(木) 旧暦4月17日
5月も最後の日となった。 5月の旅の思い出が胸に蘇る。 緑に輝いていた恵那峡。 木曽路の冷たいわき水。 竹林に立てかけてあった竹箒。 郷土玩具の馬の藁人形をつくる婦人。 燕。 正調・木曾節を聞かせてくれた蕎麦屋の店主。 妻籠の土産物通り。 ここは外国人客ばかりだった。 可愛らしい土産物。 夏草のまぶしさ。 それらがすべて5月の光をともなって蘇ってくる。 新刊紹介をしたい。 四六判函入りハードカバー装。192ページ。 著者の小林都史子(こばやし・としこ)さんは、大正15年(1926)ジャワ生まれ、現在は東京・世田谷にお住まいである。昭和57年(1982)「狩」入会、平成3年(1991)「狩」同人。俳人協会会員。本句集は『彩』(1995年刊)につぐ第2句集である。帯文を鷹羽狩行主宰、跋文を鶴岡加苗さんが寄せている。 余生つつましく生きたし吾亦紅 〈吾も亦紅(くれなゐ)なりとひそやかに 虚子〉があるように、情趣ゆたかな花の名が働く。 サングラスかけ悪妻になりすます 変身して一度悪妻になってみたいものだという願望が、サングラスでかなえらえたか。 素直で大らかな句の中に、右のような季語の本質をつく句があって、立ち止まらせる。 帯文を抜粋して紹介した。 著者の小林都史子さんより乞われて跋文を寄せられた鶴岡加苗さんは、年齢的にははるかに先輩にあたる小林都史子さんの俳句について、その人生に寄り添いながら丁寧に読み進めていく。 第1句集上梓より23年間の作品であり、すでに92歳となられている小林都史子さんだ。 そこには大切な人とのさまざまな別れがある。 鶴岡加苗さんの跋文の一部を紹介したい。 集中もっとも心を揺さぶられたのは、平成二十二~二十四年の章にある句群である。長寿はもちろんめでたいことであるが、同時に、逆縁の悲しみに遭う可能性も高くなる。都史子さんはご次男を亡くされた。 銀杏黄葉蹴つて死別をたしかむる いさぎよく子は浄土へと時雨月 なんとまあ遺品の中に木の葉髪 もう逢へぬ別れと思ふ寒昴 柩には楽譜に煙草革ジャンパー 寒むや分刻む遺愛の腕時計 わが子を失った悲しみは、幾つになっても、自らの体の一部を切り取られるような思いがすると聞く。そんな悲しみのなかで、一つ一つの言葉を大切に紡いで、これらの佳什を残された。 (略) 残された生者には、人生のドラマが続く。終章に置かれた次の一句にいたった胸中は、いかばかりであろうか。 余命とは付録の如し冬銀河 諦観ならぬ達観である。「付録」といいながら、冴え冴えと鋭い光を放つ冬銀河のもと、生かされていることを痛いほど感取しているのだ。人生は尊い。長命ならばなおのこと。 この境地から生まれる、都史子さんの今後の俳句にも期待が高まるが、ともかくも第二句集『木の葉舟』が無事に刊行されたことを、今は共に喜びたい。 本句集の担当は文己さん。 肩越しに手が出て買はれ年の市 いよよ口達者となられちやんちやんこ ひそと言ひひそと答へて掘炬燵 飛石の一つ傾く立夏かな 夏休み褒めておだてて子を使ひ 一斉に葉の裏返る今朝の秋 言ふ決意できて寒紅ひき直す 好きな風来れば身を寄せ花魁草 まことしやかにとさか濡れ鶏頭花 綿虫にある一寸の力かな 文己さんの好きな句をいくつかあげたが、この「綿虫」の句がいちばん好きであるとのこと。「一寸」とは長さの単位であって短い距離を言う。そして短い時間も意味する言葉である。しかし、面白いのはその「力(エネルギー)」を「一寸」と表現したことだ。「綿虫」は冬の季節にときおり見かけることがあるが、その「一寸の力」に触れてみたいと思った。 ひとところくれなゐに反り木の葉舟 句集名「木の葉舟」の一句である。「あとがき」に著者はこんな風に書く。 第一句集『彩』を平成七年に上梓してから二十三年が経ちました。 この間、「狩」に投句した作品を九十二歳にして取り纏め、第二句集を出版いたすことが出来、感激ひとしおでございます。これも 偏に四十年以上にわたる鷹羽狩行先生の御指導の賜と心より感謝申し上げます。 美しい黄色、橙、紅など色とりどりの木の葉。伊勢詣の折、大自然の中、五十鈴川を流れゆく様に深い感動を覚え、「木の葉舟」と句集『木の葉舟』と題しました。六十余年の間携りましたフランス刺繡と、形・色が様々に重なり合います。 この「あとがき」に書かれているように、小林都史子さんは、フランス刺繍をよくされ、その先生でもある。90歳のいまもなお生徒さんに教えておられると伺った。 ふらんす堂にご来社くださったときも、90歳とはおもえぬ若々しい美しい方であり、フランス刺繍というエレガントなありようにピッタリのご婦人である。本当に恥ずかしい話であるが、わたしは「フランス刺繍」なるものをこれまでしかと意識したことがなかった。いまネット上で調べて見てその色彩の美しさに息をのんだほどである。 あらためてフランス刺繍をなさる小林都史子さんの優雅な指使いを思った次第である。 本句集はひさしぶりの函装の本である。 装丁は君嶋真理子さん。 上品な色使いである。 句集名は金箔に。 表紙は、背継ぎ表紙。 背継ぎ表紙は函装にすると一段と効果的である。 わたしは大好きな造本である。 この背継ぎ表紙をきれいに仕上げる職人さんが少なくなりつつある。 職人さんが失われるのは悲しい。 こういう本づくりをもっともっとしていきたいyamaokaである。 背は白のクロスである、 が、 函から取り出すとやがてきれいな臙脂色が現れるのだ。 見返しには金銀の箔をちらして。 扉は光沢のある用紙。 金色の花布。 肌色の栞紐。 背継ぎ表紙が本に格を与えている。 函の模様はラベル貼りである。(本体の白の用紙の上に別に印刷したものをラベルのように貼る) わたしはこの函のありようも好きである。 最近はなかなかここまでする方はおられなくなったが、こういう本づくりも残しておきたいものだ。 日本の製本技術はすばらしい。 詩歌の世界でこそ、それらの伝統が継承されていって欲しいと思っている。 著者の小林都史子さんは、出来上がりをことのほか喜んでくださった。 ますますのご健吟をお祈り申しあげたいと思う。 荷風忌やいつしか増えしビニール傘 小林都史子さんは、本集においてたくさんのいろんな人の忌日を詠んでおられる。そのなかでわたしが立ち止まったのは、「落日の刷毛雲に透き素十の忌」とこの「荷風忌」の句である。知られているように永井荷風にとって「こうもり傘」は必須アイテムである。黒のまさに蝙蝠のような傘である。杖がわりにもなるような。長い年月を過ごしてこられた小林都史子さんにとって、ビニール傘の席巻は、まさに時代の移り変わりを表すものだったのだろう。そんな著者の感慨が伝わってくる一句である。「荷風忌」が味わいを深くしている。 5月が終わろうとしている。 美しい緑の季節が去っていってしまうような、そんな気持になる。 わたしがはじめてお会いした5月の花嫁も美しく輝いていた。 そう、 わたしが19歳で洗礼(バプテスマ)を受けたのも、5月という季節だったではないか。 聖五月。 祝福された5月が終わろうとしている。。。
by fragie777
| 2018-05-31 20:03
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