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5月23日(水) 旧暦4月9日
岐阜・恵那峡に咲いていた白糸草。 はじめて見た花かもしれない。 「白糸草だよ」って教えてもらった。 今日も根を詰めた仕事をずっとしていた。 細かい字で詳細を書きこんでいく作業である。 年譜の事実確認と不足分を補うものなのだが、こういう仕事はきらいじゃないけどわたしはザックリした人間なので向いてないのかもしれない。 つまり、本人はそれなりに楽しくやっているつもりだが、結果が緻密になされているかと問われれば、甚だ心許ない。 その仕事を引き継ぐスタッフが苦労するかもしれないってこと。(そのことも本人は能天気だから気づかないのだけど) これ、わたしの机の上の一部。(紹介するつもりで写真に撮ったわけじゃないけど、色がきれいなだなあって思って撮ったもの、ははっ) これ見たっていかに整理されていないかわかるでしょ。 ここにあめ玉とかガムなぞがよく転がっている。 今日の毎日新聞の坪内稔典さんの「季語刻々」は、草場白岬句集『成木責』より。 緑蔭のベンチどうぞと言ふ構へ 草場白岬 句集「成木責」(ふらんす堂)から引いたが、いよいよ引いたが、いよいよ緑陰の季節になった。道を歩いているときなど、木陰がうれしい。木陰を選んで歩いたりする。江戸時代、街道には一里(約4キロ)ごとに一里塚が設けられていたらしい。その一里塚には指標としてエノキがよく植えられていた。エノキは街道を行く人に一息つく木陰をもたらした。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装。200ページ。 著者の花谷清(はなたに・きよし)氏は、1947年大阪・豊中市生まれ、京都在住の俳人である。日野草城門の母・花谷和子に俳句入門をする。その後母が主宰する「藍」の編集長をつとめ、2008年に「藍」副主宰、2011年に「藍」の主宰となる。現代俳句協会会員、日本文藝家協会会員。本句集は、句集『森は聖堂』につぐ第2句集となる。2011年以降の作品を編年体にて収録。 タイトルの「球殻」は、 かぎりなく脆き球殻雁渡る に拠る。 「球殻」という耳慣れない言葉はどういう意味なのか。広辞苑などにはない。調べてみると「ピンポン球のような中が空洞の球体」のことを言うようである。 本句集を読んでいくと、難しい言葉は使われていないのであるが、季語と言葉の組み合わせに日常の時間や空間のその手触りよりもっと微細なものや甚大なものを見続けてきた研究者の目を感じるのだ。あるいは、物質とは何か、物と物との関係性、時間とは何か、空間とは何か等を問い続けてきた思索の匂いのようなもの。うまく言えないのだが。 たとえば、 なお枯れる先枯園にひろがりぬ 永遠の滴り一瞬の地球 いつかとはこの今のこと蕗の薹 眼が合えば眼から寄りくる春の鹿 わが靴の跡ふみ戻る秋の浜 薫風へ散らばるページ絵本の森 麦笛やさざなみ波を遡り そのことが、作品を新鮮なものとしている。句は観念にながれず、しかし、不思議な感触を読み手に残す。 この句集の担当はPさん。Pさんが、花谷氏にうかがったところによれば、「自然が生み出すかたちと動き、構造の形成と崩壊、対称性とその破れなどについて」興味をもたれているということであり、その一瞬をとらえたいという思いが俳句になる、とおっしゃっていたという。 Pさんの好きな句を紹介したい。 疾走は祈り夕日の花芒 いくつもの時間を束ね散る桜 九月が好き崩れる雲が速いから 長き夜のはじめ昨日の続きから 海から吹きここからは薔薇の風 ひとへ告げ確かになりぬ秋の虹 川はまた緩やかな坂ゆきやなぎ 悴みて全き球にペルシャ猫 ひぐらしや灯点る家から暮れてゆき ジョブズ逝く林檎一箇所だけ囓り すこし前に亡くなったスティーブ・ジョブズを詠んだ一句である。わたしも好きな句である。Macintoshのシンボルマークの林檎をすぐに思い浮かべるが、いたずらっ子のような遊び心をジョブズに重ねて、心憎い追悼句であると思った。 鼓動とも小春の母の杖の音 この句も心惹かれた一句である。お母さまはきっと花谷和子氏のことであると思う。杖の音を「鼓動」と聞いたところが、母の命への思いに溢れていて、やすらかな母と子の関係が「小春」という季語をとおして見えてくる。いい句だと思う。 花谷氏は、俳人・和田悟朗を心から尊敬しておられるようだ。本句集には和田悟朗氏への追悼の句や偲ぶ句が少なからず収録されている。そのうちの一句のみ、紹介したい。 悟朗逝き宇宙はるかになりにけり 『球殻』は、『森は聖堂』に続く第二句集です。本句集には、二〇一一年以降に発表した作品の中から、三四七句を選び、ほぼ編年体に収めました。句集名「球殻」は、〈かぎりなく脆き球殻雁渡る〉に拠ります。今日まで、折に触れ、わたくしを導いてくださった故人を含む全ての皆様に感謝します。 「あとがき」を紹介したが、きわめて簡潔である。 本句集の装丁は、和兎さん。 装丁には、花谷氏はおおいにこだわられた。 なんと言ってもレインボー箔が印象的である。 (レインボー箔は使うのが難しい。下手をすると下品になってしまう) 和兎さんはどうしても使ってみたかったようだ。 装画も開いてみるとなかなか面白い。 カバーをとった表紙。 カバーも表紙も地模様のある同じ紙を用いた。 見返し。 扉。 花布、スピン、見返しの黑がアクセントである。 堂々とした一冊となった。 花谷清氏の世界観と響きあっているだろうか。 一点を突けば一枚うすごおり この句、いちばん好きな句だ。 うすごおりのもつ物質感がよく出ていると思う。 何の説明も要しない簡潔な一句だ。 明日は、花谷清氏が主宰する俳誌「藍」の45周年のお祝いの会が、兵庫県西宮市で行われる。 ふらんす堂からは、Pさんが出席をする。 その模様は、あらためて紹介させていただきたいと思う。 今日の午後は、ひとりお客さまがお見えになった。 大石光江さん。 俳誌「狩」(鷹羽狩行主宰)の俳人でいらっしゃる。 第1句集の原稿をもってご来社くださった。 「狩」で俳句をはじめられてすでに30年余となられるという。 そもそも書道をながくされていて、書道のお仲間から、「書をやっているのなら、是非短歌か俳句をしてみたらどうか」と言われて、俳句に出会ったということだ。 「狩」同人の伊藤トキノさんの下で長い間ご指導もいただいたという。 「伊藤トキノ先生にもすすめられて、おもいきって句集を出すことを決めました」 すでに鷹羽狩行先生からは序句もいただいている。 大石光江さん。 写真を撮らせてください、って申しあげたら、 「あらあ、それじゃもっと素敵な格好をしてくるんだった!」って、大石さん。 夏らしい清々しい装いですのに。。。。
by fragie777
| 2018-05-23 20:04
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