ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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反骨の人

4月20日(金) 穀雨 旧暦3月5日


反骨の人_f0071480_19022410.jpg
高輪プリンスホテルに行く道すがらに咲いていたつつじ。



今日は12時半より高輪プリンスホテルにて、俳誌「港」(大牧広主宰)の30周年のお祝いの会があり、yamaokaが伺う。
大牧広主宰には、いまふらんす堂の連載「俳句日記」をお願いしているが、一所懸命に取り組んでいただいている。
今日もお目にかかるやいなや、「yamaokaさん、嬉しいことにいろんな方から俳句日記みてますよって言われます」と笑顔でおっしゃって下さった。わたしもとても嬉しい。

「港」30周年のお祝いの会は114名の来賓を招き、会員の方々も100名以上というたいへん賑やかなお祝いの会となった。


ご挨拶をされる大牧広主宰。


反骨の人_f0071480_19022151.jpg
先日亡くなられた金子兜太先生のことを思います。私も俳人として少しでも兜太先生の精神を継いで行きたい、これにつきるものはないと思っております。
今日はご来賓の先生方が遠くは宮城県、あるいは長野県などの地方からお越し頂いておりますが、志を同じくした兜太先生の衣鉢を継いでの会ですのでどうぞよろしくお願い致します。


今日のご挨拶はすこし短かったので、「港」創刊30周年を記念した四月号に掲載してある大牧広主宰のことばを紹介しておきたい。

「港」は本年4月、創刊30周年を迎えました。全員で祝福致したいと思っております。平成元年4月創刊、そして本年は30年というきっぱりとした歳月。そして「平成」という元号も本年で終りとなります。
30周年、ふりかえるとさまざまな思いが去来して上手に表現できませんが、胸に深く沁みるものがあります。「会者定離」の言葉の通り、さまざまなすぐれた人と会えましたが、またすぐれた人が神に召されたり離れていきました。
それでも「港」は、俳壇という海に居て一定の存在を認められたと思っています。その証しとして、この度の記念号には、我々に勇気を与えてくださる先生方のご寄稿をもって記念号を飾ることができました。改めて深く先生方にお礼を申しあげます。
もう三十年、まだ三十年、人によって受けとめはちがうと思いますが、過去は過去として、我々は「俳壇」という海を進んでゆくことに変わりはありません。
改めて編集部、事業部、基金部等の方々に厚く深くお礼を申します。
以上をもちまして、30周年の言葉といたします。



反骨の人_f0071480_19021280.jpg
俳誌「港」四月号 創刊30周年を記念する号となり200頁におよぶ。


来賓を代表して有馬朗人氏と宮坂静生氏のご挨拶があったのだが、宮坂静生氏のご挨拶のは、大牧広という俳人の姿勢をよくとらえておられたので、一部のみであるが抜粋して紹介したい。

 反骨は死後に褒められ春北風 (はるならい)   大牧 広

大牧広の系譜は、楸邨→登四郎→広、であると思う。その師の系譜を貫くものは、「師から如何にはみ出すか」ということだと思う。大牧広という俳人をひと言でいうなら反骨の人ではないだろうか。





大牧広主宰、そして「港」の皆さま。
30周年、おめでとうございます。
こころよりお祝いを申しあげます。








お祝いの会を待っている控え室で、能村研三さんと中原道夫さんとテーブルが一緒になった。
おふたりはともに能村登四郎の系譜の俳人である。
なかなか最近はお二人が一緒のところは珍しいので、思わず「写真撮らせて」と言って撮った一枚。


反骨の人_f0071480_19022801.jpg
能村研三氏(右)と中原道夫氏。











以下はおまけね。


高輪プリンスの並びにある洋館の前に止まっていた車。

そのフォルムの美しさに見惚れて近づいてみたところ、

反骨の人_f0071480_19023226.jpg
ああ、やはり、ジャガーだった。
イギリスの車で、これはもう販売されていないクラッシックカーである。
でもいいな。

ジャガーは、好きな車の一つ。
見ると心が躍る車である。
わたしはまだ乗ったことがないが、画家で童話作家かつエッセイストの佐野洋子さんが、癌が再発したことがわかったときに大枚をはたいて買ったのが「ジャガー」だった。
佐野洋子さんがたくさんの車のなかから何故ジャガーを選んだのかは、エッセイには書かれていなかったように思うが、佐野さんのなかでジャガーという車が、これからを生きていく時間のなかできっと愛すべく輝かしいものとしてあったのだろう。
(カッコいいなあ……)とわたしは佐野さんの決断に惚れ惚れしたのだった。


反骨の人_f0071480_19023665.jpg
ジャガーのシンボルマーク。
これはいま売られているジャガーにはどれにも付けられていない。
交通事故がおきるとこのシンボルマークで死亡する人が多くて、廃止になったのだという。
このオブジェ(?)もわたしを魅了するものの一つであったのだが、致し方がない。


若い人たちの車離れがしているという。
乗ろうとも思わないし、興味もない、らしい。
人間が開発し培ってきた車という文化。
時間をかけて技術が磨かれ美意識が投入され夢が育まれてきたものである。
そういうものにワクワクしなくなってしまった世界となりつつある、
なんだか、すごくさびしいと思うのだけど、
きっとほかにワクワクするものがあるのだろう。
あるいは、
人間の夢がもっと多様化してきている、
ということなんだろうか。



じつは、

ミーハーなyamaokaは、フェラーリにも乗ってみたいと思っている。






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by fragie777 | 2018-04-20 20:15 | Comments(0)


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