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1月5日(金) 小寒 初水天宮 旧暦11月19日
ふらんす堂の窓辺に咲く蘭。 大分前にいただいたものであるが、いつの間にか花を咲かせていた。 ふらんす堂の連載サイトが新しく始まったが、それぞれの写真が古いままであるとのご指摘をいただいてる。(実は変更しているのだが) 以下はその対応策である。 ☆ 短歌日記・俳句日記の画像は1月1日の時点ですべて切り替わっておりますので 画像が切り替わらない方は以下の方法をお試し下さい。 パソコンの場合は該当ページにて「ctrlキー」押しながら「F5キー」を押す。 スマホの場合は各ブラウザによって違うと思いますので、 お問い合わせいただければお調べして分かる範囲でおこたえ致します。 ☆ 2018年の仕事が始まった。 ミーティンが終わった時に、スタッフのPさんが、 「わたし、初夢に鷹羽狩行先生の夢をみました!鷹羽先生と麻婆豆腐を食べたんです」と言う。 「ええっ」とわたしたち。 「一富士二鷹三なすびというでしょう、そうすると鷹羽先生の夢は、鷹ですよ。鷹!」 とPさん。 「それはめでたい!」とわたしたち。 「麻婆豆腐でなくて麻婆茄子だったらなすびで、もっと良かったのにー!」とPさん。 「欲張ってはいけません」とわたし。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装 202頁 著者の前山真理(まえやま・まり)さんは、昭和31年(1956)東京生まれ、川崎市在住。平成13年(2001)より俳誌「知音」に入会、平成19年(2007)に「知音」同人、現在編集同人である。本句集に序文を西村和子代表、帯文を行方克巳代表が寄せている。 雪竿ののぞくヘアピンカーブかな 「だいじょうぶか?」 「しっかりね!」 とヘアピンカーブからのぞいている雪竿は 真理さんに最も近しい応援団のご両親の声かも知れない。 もちろん私もその一人――。 向後も真理さんらしい写生の味をいっそう深めていって欲しいと思う。 行方克巳氏の帯文である。 前山真理さんは、「あとがき」によると亡くなられたお父さまのすすめで俳句を始められた、そのお父さまは関口茂氏。「知音」に所属しておられた。ふらんす堂より2007年に『鉦叩』という句集を刊行されている。これは前山真理さんをはじめお母さまとお姉さまのご尽力によって遺句集として刊行されたものである。その時にお姉さまの宮島百合子さんと一緒にふらんす堂にいらして下さったのが前山真理さんである。それから10年経って、前山さんの句集をこうして刊行することになるとは、ご縁の深さを改めて思う。 さて、西村和子氏の序文は、初学のころからはじまって前山さんの成長を俳句を鑑賞しながら丁寧に論じている。 たくさんの句を引用しながらであるが、抜粋して紹介したい。 或る句会が終わった時だったと思う。同人の関口茂さんが、来て言われた。 「娘が俳句に興味を持ちまして、今度横浜に戻って来ますので、どうぞよろしくお願いします」 聞けばまだ四十代半ばという。是非句会に出て来るようお誘いした。そうして仲間になったのが前山真理さんだった。はじめのうちは友達のお母さんの後ろに隠れるように吟行にも句会にも参加していたことを覚えている。 さよならと言はずまたねと卒業子 その頃の句である。娘さんの卒業の日のことだろう。明日からはこの学校に来ることはないのに、在学中毎日会っていた友達と「またね」と言い交して別れた子。 すぐに又会えることを信じて疑っていない若さに、心がとまったのだろう。 見守るといふは難し葱刻む 家族のことであることを季題が語っている。長いあいだ親は子供を見守って来たのだが、成人して子供は子供の道を歩みはじめると、親子関係もおのずから変質してくる。子が結婚して新たな家庭を築き、そこにまた子が生まれ、となってくると、見守るということが存外難しいことであることに気づく。子のためによかれと願わない親はないが、口出ししすぎるのもよくないし、どこまで助けてやればいいものか、その加減も難しい。そんなことを思いつつ、葱を刻んでいるのは、いかにも母親の情。 梅雨の蝶草の匂ひを嗅ぎ分けて あひ触れて電流走り鬼やんま 擬ひ物真顔で売りて梅雨の路地 鷹の目の一途に風を見つめゐる 自然や人間に向ける目にも、創作者としての厳しさが具(そな)わってきた。今や仲間というより同志として、これからもこの道を一歩一歩共に歩んでゆくであろうことを信じている。 以下は行方氏が抄出した帯10句のうちから。 春の鴨水面の綺羅を引つぱれる 旋盤の音のひきつる秋暑かな 父の忌の空を仰げば初燕 どこからも狙はれさうな巣箱かな 朝桜父の忌の母おしやれして 本句集の担当はPさんである。Pさんの好きな句をいくつかあげると。 萍の磁石のごとく集まれる 亡き父の好みし径の草摘めり 水底を磨きあげたり冬の水 秋めくやボルドー色のワンピース 初秋やサラダの本のよく売れて 裸木の微塵の枝の脈うてる わたしはこの句に気持がとまった。原石鼎の有名な「短日の梢微塵にくれにけり」をふっと思いだし、あるいはその句への挨拶句とも思われるが、「微塵の枝の脈打てる」に木の並々ならぬ生命力をおもって、ああ、いいなあっと思った。裸木をみていると清々しい命の輝きをいつも思う。一番すきな木の季節だ。この時ばかりは「木になりたい」と思うのである。 「テニスばかりしていないでそろそろ頭を使うことでもしたら」と父に言われた一言が俳句を始めるきっかけだった。 父関口茂は「知音」の同人だった。夫の転勤で鹿児島にいた私に西村和子先生、行方克巳先生の自註句集を送ってくれた。桜島、紺碧の海、子供達の成長、都会では味わえない暮しを十七音に残したいと思った。のんびりと公民館の俳句教室に通った。 横浜に戻り、「知音」に入会。初心者の為のボンボヤージュ句会、若手の為のヌーヴォーの会に入り、「多作多捨多読」をモットーに両先生のきめ細かなご指導を受けた。 吟行や旅行の緊張感、達成感は学生時代にもどったようでとても楽しかった。多くの季語を知り、体験し、言葉を教えて頂き、句の幅が広がった。 父の遺句集を纏め、いつか自分も句集を出せたらと弾みがついた。俳句を始めてからの十六年間を振り返り句集を纏めてみると様々な出来事が鮮明に蘇って来る。虫好きの父は昆虫の句が多かったが、私は家族のことを思い浮かべての句が多いと思う。今後も正直に自分を表した句、自分らしい句を目指してゆきたい。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 娘の心におとした「一粒の麦」である父の言葉がやがて成長し、みごとにおおくの実を結んだのである。 お父さまの遺句集からはじまってこうしてご息女の句集を刊行させていただいたその一筋の流れをつくづくと感慨ふかく思う。 本句集の装釘は和兎さん。 パール箔をふんだんに使って、上品な優雅さを演出した。 細やかな凹凸がわかるだろうか。 クロスは紅(べに)色。 ふらんす堂にご来社された前山真理さんがお召しになっていたのが、この色であり、眼鏡のツルにもこの色がつかってあったと担当のPさん。 空押しも繊細である。 見返しは帯と同じ用紙のマーブル模様。 扉。 花布は金、栞紐はピンク。 ピンクの栞紐はあしらうのが少し難しいが、この本の場合はよく合っている。 「ヘアピンカーブ」という句集名を非常にうまくイメージ化した一冊となったのではないだろうか。 前山真理さんは、とても喜んでくださった。 とりどりの木の実を持ちて見舞ひけり この句、西村和子氏も序文でとりあげて鑑賞をしておられるが、じつはお父さまの遺句集の「あとがき」に前山さんが寄せられていたものである。きっと入院中のお父さまにそれぞれが違う木の実を持って見舞われたのだろう。前山真理さんにとっては大事な忘れられない一句であると思う。「とりどりの木の実を持って行ったというところに、病人の人柄やありようが想像できる。」と西村さんは書かれているが、さらに「木の実」であるということで見舞う側と見舞われる側との関係性も見えてくる。とおりいっぺんの儀礼的ではないもっと親しくて気の置けない普段の顔で接し合えるような。そしてまた「木の実」がこの地上においてとても素敵なものであるということを知っている人同士。いや、「木の実」の魔法を知る人同士である。
by fragie777
| 2018-01-05 20:03
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