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12月13日(水) 正月事始め 旧暦10月26日
冬の橋を渡る人。 わたしはこの人を知っているのだろうか。 多分、知らない。 こんな写真を撮っていたことも忘れていたのが、 なんか、背中が語るものがあるなあ…… さっそくに新刊紹介をしたい。 46判フランス装 178頁 英語対訳句集 すべての俳句に英訳の俳句が付されている句集である。 著者の姥澤愛水(うばさわ・あいみ)さんは、北海道生まれ、武蔵野音大ピアノ科を卒業したのちに、ロンドンに留学し、王立音楽学校演奏ディプロマ(A.R.C.M)woを取得し、帰国後は演奏活動の他、演奏会、オペラ、宗教曲の解説、字幕等を手がけておられる。現在は中野区にお住まいである。俳句は、1991年に「俳句の現在 実の会」に入会し、鈴木明に師事、その後「実の会」を経て、俳誌「野の会」同人。現代俳句「光水会(Shimmering Water)代表、現代俳句協会会員。2001年に富士見書房より第1句集『半音階 chromatic』を上梓、本句集は第2句集となる。序文は「野の会」の鈴木明主宰が寄せている。 英訳をされた方も紹介しておきたい。 ロナルド・カヴァイエ(Ronald Cavaye)さん。コンサートピアニストとしてロンドン、ハノーバー、ブダペストで学んだ後、1979~1986年、武蔵野音大にて教鞭をとる。現在ロンドン在住。年に数回、コンサート、授業、講演などで来日。最初に歌舞伎を見たのは1979年。1982年には初の英語イヤホンガイド解説者になる。翻訳や著書もあり、旧歌舞伎座「さようなら公演」他、松竹とNHKが制作する歌舞伎DVDの新シリーズの解説、字幕制作をおこなうなど、音楽教育と歌舞伎に関する著書も多数ある。 このロナルド・カヴァイエ氏の翻訳について、著者の姥澤さんが「あとがき」で書かれている箇所を引用しておきたい。 この句集は、全句を英訳しております。第一句集に続き、ロンドン在住で日本文化に詳しいロナルド・カヴァイエ氏に英訳を依頼いたしました。当初、私は全句英訳をする意味があるのかに疑問を持ち、少々悩みました。しかし、悩んでいるうちに第二句集上梓自体の意味まで掘り下げることになり、もうそれ以上考えるのをやめたのです。カヴァイエ氏には、敢えて「訳」という枠を超えた英詩にとお願いした句もあります。また、氏は果敢にも「英語でも七五調」に拘り、思いもよらない七五調シラブルの英俳句に生まれ変わった作品も少なくありません。Thank you! Ronald. 氏の俳句を英訳するにあたっての果敢なる試みも本句集を読む楽しみのひとつとなっている。 鈴木明主宰の序文を抜粋して紹介したい。 姥澤愛水が第一句集『半音階 chromatic』を上梓して、はや十六年が経つ。私は句集オビに「奇怪にして荘重な俳句界に、愛水ワードはしめやかに十七音の艤装をととのえ『ハイ、これっきり』ともいわず、船出した」と書いた。その処女句集と、第二句集との時間的開きは、「終わりの中に、始まりがある(T・S・エリオット)」の金言ではないが、昇降する半音階の最終音程から、始まりまでの苦渋と煩悶の時間であり、また反面、生の充実を試みた短詩世界への生命の幅広い運動時間でもあり、それはまた逆流 の時間でさえあった。愛水ワードは俳句の大河を遡行しつつ、ひとつの到達点に至ったと、句集を読み終わった私には思われる。 倫敦の桜横丁西十一 一九八三年ロンドン在住句。作者の自解がある「ノッティングヒルの私の部屋は、日本だと横丁という感じの通りに面していて、本当に桜並木だったのです。住所のコードは西十一でした︒また『さくら横ちょう』という有名な日本歌曲があり、学生の頃、よく伴奏させられました。桜が咲くとどこの国に居ても私はその曲を思い出すんです」。現在の愛水さんのお住まいの前の通りも、そう言えば桜並木の美しい道に面していて、二タ昔ほど前に花見の宴を彼女の部屋で催したこと、思い出す。 調へて西行法師の春に入る この句に並んで、西行その人と思われる「一切の理を棄て桜人」がある。私は漠たる直感から、愛水俳句は西行を書くことで、句集『花、わたしたちは……』に作者の究極の俳句形式を到達させた、と言えるのではないか。 鈴木明主宰は、本句集の作品をたくさんあげて、丁寧に語っておられるのだが、ここでは二句のみにとどめた。 本句集の担当は、Pさん。 Pさんの好きな句をあげてもらった。 従わず檸檬を囓ることにする I obey no one. And bite into a lemon. 冷たさの他切札のない私 I’m a cold person. I have no other trump card. 椰子が乗り左舷すこしだけ重し As the coconuts are heavy, the boat lists to port. 父の家解けぬ氷は解けぬまま My father’s house remains. The ice remains. 十六夜有袋類として過ごす A sixteen-day-old moon. I become a marsupial. そして、これはわたしの好きな句。 わたくしのふらここ喪葬は不要 That was once my swing. That at least will not require a funeral service. 弱者への愛少しだけ枸杞の花 Just a little love for the weak. The Chinese matrimony vine. いくつかの句をこうして挙げただけでも、矜持のある誇り高き女性像が浮かび上がってくる。 平成十三年後半から平成二十九年春までの作品の中から二一五句を選句し、第二句集『花、わたしたちは……』といたします。タイトルは、ハンガリーの現代作曲家クルターク・ジョルジィのピアノ小品集『遊び』の中の一曲からいただきました。俳句をはじめる十年ほど前に、「俳句」がグローバルな文芸なのだと意識させられたピアノ作品です。 「あとがき」である。 実はこの句集を上梓された後、姥澤愛水さんは、ピアノリサイタルを開催され、スタッフのPさんもご招待を受けたのだった。 この本の紹介のあとにそのことにもすこし触れてたいとおもうが、まずは本について。 装釘は君嶋真理子さん。 シックでエレガントにと、Pさんは君嶋さんに依頼した。 つまり大人の女性の句集の佇まいで、と。 グラシンを巻いているのでちょっとわかりにくいのが残念である。 見返しはマーブル模様。 扉。 ピンク色は使わないように、という著者のご希望だった。 ややく渋いオレンジ色をもちいて、華やかにして落ち着きのある一冊となった。 本日も未婚日和の紫蘇刻む Fine weather again today. Still single, I chop shiso leaves. 伺うところによると恋多き姥澤さんであるが、結婚はなさらない主義(?)であるらしい。 この句、はればれとしていい。 そして「紫蘇刻む」が生活者としての落ち着きと静謐をおもわせる。 「すばらしくスマートで素敵な女性」と、担当のPさんは言っていた。 ピアノリサイタルのプログラムである。 「ピアノと現代俳句と」と題して。。。 「Part1 音と画像と俳句による『Aimiのこころみ』」 とあるが、ここが特に素晴らしかったとPさん。 愛水さんが弾くピアノ曲にあわせて、その曲から触発された俳句が紹介され、写真が映しだされる。 写真と俳句、音のコラボレーションである。 「句集を読むのとは違う、句の姿がみえてわたしは面白かったです」とPさん クラッシック好きだったら、プログラムメニューを見ただけで、きっとその音楽がうかんでくると思う。 演奏を終えたあとの姥澤愛水さん。 この音楽の夕べには、姥澤さんの句友やお友達、ピアノの生徒さんである中学性の男子をはじめとして、姥澤さんの素敵なボーイフレンドたちもたくさんいらっしゃっていたということである。 この日は12月2日、あとでうかがったところによると、姥澤愛水さんのお誕生日でもあったということ。 銀泥の桜咲かせて形見とす As a memento, all you left were silver toned cherry blossoms.
by fragie777
| 2017-12-13 19:52
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