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10月25日(水) 旧暦9月6日
薔薇の実。 この日も雨が降っていた。 ふたたび台風がやってくるということで雨降りの朝のはじまりである。 今日は支払い日、郵便局やら銀行やらを行ったり来たりしなくてはならない。 雨が降ったらお支払いがチャラなんてことになれば良いのだけど、そんなことは天地が裂けてもありっこないので、 わたしはせっせと銀行に通うのである。 なんとか10月も無事にお支払いを済ますことができた。 自転車操業の大変さをつくづくと噛みしめる一日である。 今日も新刊を紹介したい。 数日前に書影を紹介したのであるが、『季語別松尾隆信句集』を紹介したい。 松尾隆信の既刊八句集を季語別に収録したものである。 第1句集『雪渓』、第2句集『滝』、第3句集『おにをこぜ』、第4句集『菊白し』、第5句集『はりま』、第6句集『松の花』、第7句集『美雪』、第8句集『弾み玉』の8冊。 松尾隆信*昭和22年(1947)姫路市生まれ、昭和36年(1961)俳誌「閃光」に入会、同誌廃刊以後、「七曜」を経て「天狼」「氷海」に所属、昭和51年(1976)「畦」に入会、上田五千石に師事、昭和53年(1978)「畦」同人、昭和57年(1982)「畦」新人賞受賞、平成10年(1998)「松の花」創刊し主宰。ふらんす堂より刊行の現代俳句文庫74『松尾隆信句集』より略歴を抜粋して紹介した。松尾隆信氏の句歴は55年以上に及ぶ。俳句のはじまりは15歳からであったという。サナトリウムでの療養生活を通して、俳句への思いは凝縮していく。俳句の師は上田五千石。師のとなえた「眼前直角」をひたすら実践して行ったとある。本現代俳句文庫において自身の俳句歴を克明に記した文章が収録されている。平成24年11月号の「俳壇」に寄せたものである。タイトルは「行きて帰る心の味ひと循環律」。その文章のなかの「三、湿った松明(たいまつ)」の箇所をここでは紹介したい。 情熱をして、静かに燃やしめよ、湿れる松明のごとくに。 ─島崎藤村 この言葉は、『藤村詩抄』(岩波文庫)を使っての犬養孝大阪大学教授の講義の中で、板書されたもの。この中で歌われた正調木曾節は、聴く者を筏に乗っている思いにさせる筏師仕込み。「まだあげ初めし前髪……」の澄んだ歌声とともに今も鮮烈に浮かぶ。この言葉は、エッセイの中で人生訓として書かれたもののようである。それだけでなく、俳句の作句の姿勢として言い尽してしまわない、節度ある表現が、言い尽す以上により多くのものを包含した表現となることに通じると思い、今も大切にしている言葉。俳句の世界には、表現の制約を旧態と感じる若者が常に存在し、乾いた松明のような句を作るしかし、湿った松明でなければ、すぐに燃え尽きてしまうのである。俳句は、火と水の両面性を一句の中に具有している二重構造(季語+非季語が原則)の詩とも言える。松明のような詩である。 第1句集から第8句集までの作品を2句ずつ紹介したい。(雪=雪渓 滝=滝 お=おにをこぜ 菊=菊白し は=はりま 松=松の花 美=美雪 弾=弾み玉) 青春さらば「ツァラトゥストラ」の黴拭ひ 雪・昭49 垂直の花野となりしきりぎしよ 雪・昭56 六月が牛のごとくに横たはる 滝・昭60 白菜を噛むや反抗期の音で 滝・昭61 くくくくとくくくくと鴨寄りて来る お・平元 ふらここに十月の空降りて来し お・平5 かき氷海へ向かひて崩しけり 菊・平8 亡き父母に告ぐることあり菊白し 菊・平9 師を語る茹で落花生剥きながら (五千石三回忌) は・平11 朴落葉ひろへば夕日載りにけり は・平13 首筋を若草山の火がのぼる 松・平15 さくらんぼ心音のみの子を宿す 松・平17 初蝶も二の蝶三の蝶も白 美・平19 あをぞらのあなたのあなた冬桜 美・平21 水仙の香のゆきわたる八畳間 弾・平23 みどりごのみひらくまなこもがりぶえ 弾・平25 本句集は、俳誌「松の花」の創刊20周年を記念して刊行された。 私の俳歴も半世紀を少し超えた。師秋元不死男の七十六歳を超えるのが当面の目標である。 「現代俳句文庫73松尾隆信句集』の「あとがき」に書かれた一文である。 松尾隆信氏は今年で71歳。 俳句の世界では壮年である。 ますますのご健吟をお祈り申し上げたい。
by fragie777
| 2017-10-25 19:12
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