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10月3日(水) 水始涸(みずはじめてかる) 待宵 旧暦8月14日
朝顔。 昨日まで扇風機を廻していたと思ったら、この寒さである。 今日は革ジャンパーをひっかけて出社した。 途中であう人々、まだ夏の名残の格好の人が多い。 (元気いいなあ……、もう秋深む季節ですよお)ってこころの中で呼びかけたのであったが、そんなことはお構いなしに半袖姿で自転車をぶっ飛ばしていく。 すばらしいエネルギーである。 新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー装。232頁。 二句組。 著者の笹下蟷螂子(ささか・とうろうし)さんは、昭和43年(1968)生まれ、京都市在住。平成元年(1989)に「愛媛若葉」にて稲荷島人に師事し俳句をはじめる。途中中断があり、平成19年(2007)「若葉」「天為」に入会、平成20年(2008)「愛媛若葉」同人、平成22年(2010)「若葉新人賞」受賞、平成22年(2012)「若葉」同人、「天為」同人、鈴木貞雄、有馬朗人に師事。本句集は、平成元年から平成29年まで約18年間の作品368句を収録した第1句集である。序文を有馬朗人主宰、序句を鈴木貞雄主宰が寄せている。 大凧の阿吽の風を得たるか 神の瀧銀河より落ち来たりけり 傘雨忌の次の間といふうすあかり 放哉忌虚子忌と煮込むカレーかな ひとときの夕日はなやぐ竹落葉 紫陽花や母はこの頃すぐ泪 夏つばめ一直線のほか知らず 秋風の裏返るとき光りけり 開くたび遠き音する雪の木戸 けふ買ひし手袋をして眠る子よ 常に自らの作風をきちっと守り右顧左眄しないところが蟷螂子さんらしい。その己を持するところは見ていて気持が良い。決して頑迷でなく素直な誠実な人物であるということも強調しておきたい。(略) 若い蟷螂子さんがこの「忘れ雪」を飛躍台として、更に大きく伸びて行くこと、そしてこの「忘れ雪」が世に温く受け入れられることを心より祈りつつ筆を擱く。 あたたかな有馬朗人主宰の序文より抜粋して紹介した。 九天の一天を指し今年竹 貞雄 鈴木貞雄主宰の序句は、志高い笹下さんへの期待に満ちた一句である。 平成元年の夏、友人に誘われて気楽に出席した句会の指導者が稲荷島人先生でした。島人先生には、私が転居で句会に出席できなくなってからも長年に亘りお手紙、お電話でご指導ご鞭撻を賜り、また、ご自宅にお招き頂いた時には深夜まで俳句の手解きを賜りました。その一つ一つのお言葉が大切な形見であり、今でも私の心を支え続けて下さいます。 学歴も才能もなく、文学には程遠い日常を過ごしていた私が、島人先生に出会ってからは人としての心を大切にするようになりました。そして俳句や俳句の縁に何度も人生を助けられてきました。この世に俳句というものが存在していなければ私の人生は大きく変わっていたかも知れず、俳句のある時代、俳句のある国に生れた事に感謝する毎日です。 最初の師・稲荷島人との出会いが著者の人生を大きく変えたと「あとがき」に記されている。豊かな師と弟子との交流があり、そういう交流が心の支えとなっていると笹下さんは書く。良き師を得たことによって祝福された俳句の出発となったのだと思う。心から尊敬できる師をもつことの幸せを得ている笹下蟷螂子さんである。 本句集の担当は、Pさん。Pさんの好きな句を紹介したい。 地に転げなほ空蝉の力足 寒卵割れば硝子の音したり どの足もおろそかならず百足這ふ 音色よい草笛草の名は知らず 麦といふ未来を蒔いてゐる荒野 寒鯉の影に重さのあるごとし 茹でられて白魚に影生まれけり 揺るるとは煌くに似て霞草 朴の花ひらくところを空といふ 家中の隅をあかるく掃納 扇風機組み立てて謎の螺子あまる 寒卵割れば硝子の音したり わたしも好きな一句である。 「硝子の音」が寒卵というものの質感を表すだけでなく、その場の空気感もとらえている。寒の季節のキーンとはりつめた身を切るような寒さ。寒卵を割ったその音に身体がするどく反応した一瞬。鳥肌が立つ。 麦といふ未来を蒔いてゐる荒野 面白い句である。新約聖書のことばを想起させる。「麦といふ未来」も「一粒の麦」を思い起こせば、よくわかる。そしてその麦はイエスのことであり、死んで行くことによって「数多の実を結ぶ麦」であり、未来への希望である。「荒野」もまた、「主の道を備えよ」と荒野で呼ばわるものの声を思い起こさせ、イエス・キリストの出現を心待ちする「荒野」である。わたしは先入観からどうしてもそう読み込んでしまうのだが、そういう知識なしでもきっと面白い句であると思う。わたしはこの句からイエスの姿をはずすことはできないのだけど。。。著者の笹下さんはどうだったのだろう。伺ってみたいところである。 私は幸運にも、よき師、よき先輩、よき句友に恵まれており、遅々とした歩みではありましたが、皆様のお陰でここまで真直ぐに歩んで来る事ができました。いまだ拙い俳句しか作れぬ未熟者ですが、今後も挫けず邁進する覚悟ですので、変わらぬご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。 この句集がたとえ少しでも稲荷島人先生のご供養になれば、この上なき幸せと存じます。 ふたたび「あとがき」の言葉より抜粋して紹介した。 本句集の装丁は、君嶋真理子さん。 笹下蟷螂子さんは、紺色にこだわられた。 なんどかのやりとりを経て、お気にめした紺の色となった。 タイトルはツヤ消しの金箔。 見返しはブルーグレー。 表紙。 用紙はカバー、表紙ともに「岩肌」というちょっとゴツゴツしたものを使った。 扉。 星座よりこぼれてきたる忘れ雪 句集名となった一句である。「忘れ雪」とは、「名残の雪」や「終雪(しまいゆき)」とも言い、「春半ばを過ぎての、降りじまいの雪のことをいう。春の季語だ。美しい言葉である。ツヤ消しの金箔を用いたことによって春の「あたたかさ」を感じてもらえたらという意匠である。 秋風の裏返るとき光りけり 風が裏返ることを目にするのは、むずかしい。しかし、あらゆるものの輪郭が際立つ秋なれば、許された詩人の目にだけはその一瞬をとらえることができるのだ。「光りけり」で秋の大気の澄みきった感触がある。 これは余談であるが、ひょっとして笹下さんは、「光りもの」がお好きなのではと思った次第。なぜなら、集中、「銀河」という言葉の頻出、「星座」や「星」の言葉も多い、「雪」だってかすかに光っている。これもちょっと言い過ぎかもしれないけど、「光りもの」がひょっとして「切なる希望」を暗示させるのかも。いやいやこういう読み方は作品の読みを狭くしてしまうかもしれない。。。 今日はお客さまがふたり見えられた。 俳人の佐怒賀正美さんと神野紗希さん。 目下、現代俳句協会青年部が中心になってすすめている「新興俳句アンソロジー」に、ふらんす堂も版元としてお手伝いをしているのだが、その打ち合わせにいらしてくださったのである。 ほぼ原稿も揃い、そろそろ編集作業も動き出す様子である。 「揃った原稿がどれもみな、いい原稿なんです」と目を輝かせる神野紗希さん。 その傍らでウンウンと優しく頷いておられる佐怒賀正美さん。 来年の現代俳句協会70周年の記念事業にむけての一環としての「アンソロジー」である。 佐怒賀正美さんと神野紗希さん。 子育て真っ最中の紗希さんは、「今は寝る時間はとぎれとぎれなんです。」ということ。 「子育ては大変よ、頑張って」と先輩づらをして言いたいところであるが、わたしは過去を顧みると一応二人の子どもを生んではいるのだけど、ほとんど子育てらしい子育てをしていない。夫なる人物が多くをやってくれたように記憶する。ともに働いていたのだが、どうも大変だったという思いがないのである。子どもらはむちゃくちゃ可愛かったけど、かなり出来の悪い母親だった気がする。怠慢だった母親のわたしはこれからそのしっぺ返しを受けることになると思う。きっと。いやいやもう受けているのだけど、ひょっとしたら感じていないのかも。鈍感はわたしの唯一の長所である。
by fragie777
| 2017-10-04 20:09
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