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10月2日(水) 旧暦8月13日
気持の良い朝なので歩いて出社。 モダンなフェンス越しにコスモスが揺れている。 コスモスはどちらかという花野のかたすみや街道筋で咲いているのをみかけるが、こんな風に手入れの行き届いた庭に咲いているのは珍しい。 背丈の低いコスモスで、コスモス本来がもっている清楚な野趣はないが、これはこれで可愛らしい。 新刊紹介をしたい。(だいぶたまってしまった、、、) 四六判ソフトカバー装 212頁 2句組 著者の寺澤佐和子(てらさわ・さわこ)さんは、昭和43年(1968)東京生まれ、東京・杉並区在住。平成10年(1998)熊本で首藤基澄に師事し、俳句をはじめる。平成13年(2001)「未来図」入会、鍵和田ゆう(禾編+由)子に師事、平成20年(2008)未来図新人賞受賞。未来図同人。平成10年(1998)から平成29年(2017)まで約20年間の作品を収録した第1句集である。序文は鍵和田ゆう(禾編+由)子主宰が寄せている。 みづからの定めし白に辛夷咲く 本書の巻頭に置かれた句。早春の辛夷の白色を見て、独特の把握に輝く句である。辛夷を擬人化し、花自身が選び取った白色だと思う。花の本質への洞察の深さと独自の認識がある。何よりもこれは作者の自画像ではないかと思わせるものがある。未だ寒い中に、他の草木に先駆けて咲く花である。(略) 壇上の五歩踏みしめて卒業す 咲くごとく入学の日の点呼かな 句集名「卒業」に関する句だと作者は言われる。「あとがき」にも述べられているが、子供たちが小学校を卒業し、寺澤さんも教職に戻り始め、生涯の一区切を迎える意味を籠めている。卒業は新しい人生への入口と言われる。私も心からその新しい希望へ向っての決意を祝福し、期待したい。これまで人生の前半の最大の山場を俳句と共に乗り切って来た、その俳句の力が、今後も最大限に生かされることと信じている。 序文を紹介した。 本句集の担当は文己さん。文己さんは沢山好きな句を抄出した。その中から紹介したい。 雪なだれ大地どくんと胎動す 産むといふけものの行為夏めきぬ神木の吐息の混じる五月雨 初春やゆるく巻かれし象の鼻 懐に猫を納めて初戎 正直になれば無口や麦の秋 白玉や佳き事ひとつづつ数へ ソーダ水小さく胸の爆発す くちなしや溺れさうなる白の揺れ 黙しては太る言の葉毛糸編む 亀鳴くや闇に見入りし赤子の眼 六月の地球を模して泥団子 ストーブや眠つて終はる子の喧嘩 足音の家族ばらばらあたたかし この「足音の家族ばらばらあたたかし 」はわたしも好きな一句である。本句集は生き物の息づかいを濃厚に感じる一冊である。クールであるというよりはホットな句集だ。整合されているというよりは、人間の生ぐささのようなものが余韻として残ると言ったらいいのだろうか。人間も大地も生きとし生けるものが荒々しく息をしているような気配がつたわってくる。だから、「家族の足音」もまた好き放題である。その足音を「あたたかし」と受け入れる著者の度量もまたすばらしい。万物と骨太に響応する寺澤佐和子さんだ。それが不思議な魅力を醸し出している。 昨年息子が小学校を卒業し、来年はその二年下の娘が卒業を迎える。まだまだ母親業は続くが、私も少しずつ教職の仕事に戻り始め、子育ても一つの区切りを迎えた感がある。子供達の卒業だけでなく、そのような自身への思いも込めて、「壇上の五歩踏みしめて卒業す」の一句から、句集のタイトルを「卒業」とした。卒業は一つの終わりであると同時に、新たな人生への入り口でもある。その希望をも込めたつもりである。 丁寧に書かれた長文の「あとがき」より少し抜粋して紹介した。 本句集の装丁は山田朝子さん。 ひさしぶりの登場である。 「卒業」という句集名にふさわしい晴れやかな装丁である。 質感のある用紙にタイトルはプラチナ箔。 なんといっても用紙の質感があたたかさを感じさせる一冊である。 見返し。 表紙もカバーと同じ紙を仕様。 扉。 山田朝子さんの若々しい装丁が、著者の寺澤佐和子さんのダイナミックなエネルギーと響きあっている一冊となった。 ぞんぶんに赤子を泣かす終戦日 この一句も好きな句であるが、とくに寺澤さんらしいと思ったのは次の一句。 立春大吉大地の色に髪染めて 著者らしい乾坤と響き合った一句だ。「大地の色に」髪をそめるとは、素晴らしい表現だと思う。大らかで自在で力強い。まさに「母なる大地」たりうるような寺澤佐和子さんである。 昨日の「ねんてんの今日の一句」は、櫂未知子句集『カムイ』より。 名月と非常持出し袋かな 櫂未知子 句集『カムイ』(ふらんす堂)から引いた。このところ、俳句を読むのはむつかしい、とつくづく思う。たとえばこの句、空に名月、地上に非常持出し袋のある光景だが、この光景をどのように読んだらいいのか。2つは同じようなものだということか。では、どのような意味で同じなのか。今日の句の難解さのちょっと先に名句がある、と私は感じている。「戦争と畳の上の団扇かな」(三橋敏雄)、「人類に空襲のある雑煮かな」(関悦史)などもほぼ同類の句だ。名句の寸前の作。 坪内さんの鑑賞が面白い。「名句の寸前の作」と。もう少しそのココロを聞いてみたいところである。 月の美しい季節を迎えつつある。 わたしもなるべく、仕事の行き来を歩くようにするつもり。 あっ、でも、 明日は車で来てください、ってPさんに言われていたんだ。 pさんが、車で図書館まで資料捜しに行くと言っていた。 明日は車をすっ飛ばして出社します。
by fragie777
| 2017-10-03 18:55
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