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8月31日(水) 旧暦7月9日
塩辛蜻蛉。 毎年ここで睨めっこをする。 そうそう、少し前に宝くじを買ったってこのブログで書いたでしょう。 あれからすっかり忘れていて数日前に銀行バッグ(銀行に行くときいつも持っていくバッグ)を覗いたら宝くじがそのまま入っていて、あらまっと思い出したのだった。 さっそくインターネット上で調べたところ、当たっていた!!! 1億円が。。。 うっそよ。 でもちょっと(?)当たった。 3000円で10枚買って、5000円が一枚当たった。誰でも当たる300円と合計すると5300円。 2300円のもうけ。 えへっ。 「5000円が当たったわ」とスタッフたちに言うと 「ええっ、5000円、いいじゃないですか」と。 で、その日のおやつはみんなにちょっとゴージャスなゼリーを振る舞ったのだった。 クイーンズ伊勢丹オリジナルの桃のゼリー。果肉がたっぷり入っている。 一個250円で4コ買って1000円。 皆「美味しい。美味しい。」と言って食べてくれた。 あと1300円がお財布にある。 何に使おうかなあ。。。。 さて、新刊句集の紹介をしたい。 46判ソフトカバー装クーターバインディング 202頁 著者の岡崎寅雄(おかざき・とらお)さんは、1926年(大正15年)に新潟県勝木村のお生まれ、現在は東京・新宿区にお住まいである。2006年に「新宿区俳句連盟」に拠って俳句を始められ、2007年「いには」に入会村上喜代子に師事、2013年「新宿俳句連盟」代表、2016年「いには同人賞受賞、現在は「いには」同人である。本句集は第一句集であり、序文を村上喜代子主宰が寄せられている。 『大耳』は次の句から名付けられている。 大耳は父親譲り冷奴 「大耳」だと言われて改めて拝見すると、確かに形の良い立派な耳であった。大きな耳の人は、「細かな事を気にせず大雑把に聞き流す人」でもあるという。 まさに岡崎寅雄氏のお人柄そのものと言って良い。 寅雄氏は大正十五年十一月十三日生まれ。十二月二十七日から元号は昭和に変ったので、大正時代最後の寅年生まれなのである。 序文を紹介したのだが、寅雄「とらお」というお名前は本名で干支に由来する。俳句のお仲間からは「寅さん」と呼ばれて敬愛されておられる様子である。 砂日傘足の大小うらおもて 鍋焼の海老の長きは衣ゆゑ 春はあけぼの汁に三滴オリーブ油 大山豆腐ぷるるぷるるん夏きざす 木洩れ日を縫うて縞蛇そろりそろり 随所に口語やオノマトペを使用しながら、寅雄俳句が俗に陥らず品性と詩心を保っているのは、どの句においても季語の置き方が絶妙で確かである事による。(略) 星空へ鳴らしてみようひよんの笛 こんな夢のある若々しい句もある。氏はまだまだ青春の真っ只中のようだ。 いろいろな句会や行事にも率先して出かけてくださる寅雄氏の背中を見て私達も精進したいと思う。 序文を抜粋して紹介した。 弟と共に老いたり走り蕎麦 鶏頭花大きな耳のご住職 繭玉や少女通れば風動く 風船つく地球のふはと浮かぶごと 亀の子の気に入りの石真つ平 金輪際唄はぬ男忘年会 何事も無き父の日の肉を焼く かき氷含みしままに眼閉づ 運動会他人の孫が駆けてゆく 気に入りの渾名で呼ばる花筵 霊山に星降る夜の冷し酒 星空へ鳴らしてみようひよんの笛 晩年てふ愛しき月日花便り 書を閉ぢて妻の所望の目刺焼く こつそりと起きゆつくりと寒の水 宇宙には行きたくもなし去年今年 本句集の担当の文己さんの好きな句を一部紹介。 弟と共に老いたり走り蕎麦 なんだかしみじみとしてしまう。「共に老いる」ということは言いかえれば、二人とも長生きをしたということなのであるが、この句の場合、やはり老いをかみしめている。自分より確実に若い弟も老いてしまったということで、自身の老いは逃れようもない。老いた弟への情愛を感じさせる一方、自身の老いをつくづくと思っているのである。季題は「走り蕎麦」。二人でお蕎麦屋さんにいって新蕎麦を食べているのだろうか。新蕎麦の勢いを噛みしめると、余計自分たちが古びゆく人間であることを思ってしまう。食べ物の季語によって、それを摂取する肉体の老いもあざやかにする一句である。 宇宙には行きたくもなし去年今年 この句、わたしも好きな一句だ。「宇宙には行きたくもなし」と思う大正生まれの岡崎寅雄さんである。多分行くことは無理かもしれないであろうから強がりを言っているようでもあるし、本当に行きたくないのかもしれないが、あえて「行きたくもなし」と強く(けんか腰?)言うからには、「宇宙へ行けるようになった時代」を十分意識されあるいは羨んでいるのだろう。時代の進歩に遅れていく自身があり、それはどうしようもないことであるから、いっそこちらから宣言してやろう、という心意気か。その心意気、「去年今年」の季題によってあたかも時代をつらぬくものへの宣言となった。年が去りやってくる新しい年の淵に立ち、それを遠望しながら、「宇宙になんか行きたくねえ」って叫んでいるような。「去年今年」によって、一人の人間の繰り言ではなく、ややユーモラスにして気持のよいまでの宣言となったである。 この十年間の句をまとめてみました。表題の『大耳』は私の特徴であります。広辞苑には「①大きな耳 ②こまかなことに気をつけず、おおざっぱに聞きながすこと」とあります。父もよく人からそのように言われていました。因みに電力の鬼と言われた松永安左エ門は「耳庵(じあん)」の号を持つ近代小田原三茶人の一人でありました。 私は年来「平明にして余韻ある句」(虚子)を目指してまいりました。ここに一老爺の最晩年の在りようと、この世とのかかわりを読み取って頂ければ幸甚であります。 「あとがき」からである。 「大きな耳」よりの命名の「大耳(おおみみ)」。その人らしくシンプルにしてとても良いと思う。個人的にはわたしは「大耳」の人に弱い。細かいことをいえばその位置が問題なんだけど、位置が適切(?!)で大きな耳だったらぐっときちゃう。 さて、『大耳』装丁は和兎さん。 若冲の「象」がいる。 裏側にも。 赤にしようか、グレーにしようか悩まれてグレーに。 扉。 造本はクーターバインディング。 ノドに赤を入れた。 この垣間見える赤がいい。 象の耳ぱさりばさりと夏休 天を向く象の鼻先春一番 和兎さんは知ってか知らずか、なんと本句集には象の句が二句も収録されていた。 若冲の象であるということを、岡崎寅雄さんも村上喜代子主宰も喜ばれたということが伺ってなによりも嬉しく思った。 岡崎寅雄さんは、この本の制作中に体調をくずされ何度かご入院された。わたしたちも心配を致したのだが、先日お電話をいただいた。 「いかがですか?」と申し上げると、 「ええ、何とかですね」と。 ご高齢であるのでともかくもご無理をなさらないで、お大事になさって欲しい。 そして第二句集の刊行を是非に目指していただきたい。 今朝いつもと違う道を通って出社した。 信号待ちをしていると目の前にふらんす堂がよく見える。(CO CO壱番の上) (あれっ、こんなによく見えたっけ……) ああ、そうなのだ。 いまふらんす堂の相向かいにあるドーナツ屋の「ミスター・ドーナツ」が改築中で目下更地状態なのである。 この風景が見えるのも束の間である。 ふらんす堂の向こう隣が「レストランナカムラ」である。 小さな町の小さな一角にふらんす堂はあり、わたしたちは働いているのです。
by fragie777
| 2017-08-30 20:04
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