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8月22日(火) 旧暦7月1日
数日前の夜のこと、車を運転しながら家にむかっていた。 FMインターからは、ピーター・バラカンの声が聞こえてくる。 日曜の夕方6時から8時までやっている「Barakan Beat」だ。 番組は間もなく終わろうとしている。 視聴者からの質問に答えるピーター・バラカンが早口でしゃべっている。 「バラカンさんの座右の銘は?」 (なんだろう、すごく興味ある) 「ええっと、あります。ボブ・ディランの歌詞なんだけど」 (おお、なんとピーター・バラカンらしい) 「何も持っていない人は失うものもない。 when you got nothing, you got nothing to lose. それではみなさん、また来週におめにかかりましょう」 そういって番組は終わった。 「何も持っていない人は失うものもない。」 なるほど。。。 ここ数日、この言葉がわたしの中で繰り返されている。 今日は新刊紹介をしたい。 文庫本サイズフランス装ビニール掛け 134頁 前句集『白寿』につぐ第15句集である。 後藤比奈夫氏はことしで100歳を迎えられたその100歳の句集である。 集名「あんこーる」については、 先に発行の第十四句集『白寿』に思い掛けない人気が出、次の句集を期待すると言った読後感を沢山頂戴した。これはと思っていた矢先、今年になって『白寿』に第三十二回詩歌文学館賞受賞の幸運が巡って来た。斯くなる以上私は意を決して各位の要望にお応えしなければなるまい。 ふと音楽会で演奏の終ったあと、客が拍手でアンコールする情景が頭に浮かんだ。句集にもアンコールがあってもよいのかもと思ったのである。『白寿』のあとがきに、これが最後の句集と記したが、アンコールなら許されるだろうと、勝手な言訳をして此所にもう一冊の句集を出すことを心に決めた。第十五句集『あんこーる』。 なんとも粋なタイトルでしかもひらがな書き、ということろが優しい表情をしている。文庫本サイズというのも押しつけがましさがなくて、俳人・後藤比奈夫の洗練された俳諧性によく響いている。 『白寿』が2016年の刊行であるから、たった一年間の作品であるが、長い句歴と蓄積が俳句にとっては宝となり得るということをわたしたちに教えてくれる一冊である。 この一年の間で、ご子息の後藤立夫氏を亡くされている。どんなにかお心を痛めたことであろうかと、心配申し上げたのだが、お電話などを差し上げるとそういうことにはあまり触れられず恬淡としているように見受けられたのだった。だが、本句集を拝読して、(ああ、比奈夫先生は、悲しみはすべて俳句に籠められたのか。。)と思ったのだった。 露けしや淋しや何故に急ぐ (六月二十三日 立夫危篤) 急ぐならひとりで行けよ露の道 手を握り笑つて露の訣れとは (六月二十六日 立夫逝く) 起し絵を見せて見送る仏かな 疾く行けよお花畠に母が待つ 愚やな祇園囃子に誘はれて (初七日) 涼しかり笑つて死んでゆきしとは 端居してゐても亡き子のことばかり あらためて比奈夫先生の深い悲しみに触れたのだった。 本句集には「上寿」という言葉が散見するが、「上寿」という言葉のもつ華やぎ、優しさ、気品などがそこはかとなく漂っている句集である。「上寿」という言葉がこれほどふさわしい方はない。 受けてみよ上寿の老の打つ豆ぞ 年酒酌みをり上寿とはこんな年 上寿祝ぐ三輪明神の屠蘇を手に 稲積みて上寿を無事に迎へし身 いそいそと春が上寿をつれてくる 寒卵上寿に未来なしとせず いくつか「上寿」を詠んだ句を紹介したが、わたしは「受けてみよ」と「寒卵」の句がとりわけ好きである。100歳を迎えられてもどこか明るく前向きでさらりとして、そして命の華やぎがある。100歳という年齢を頭上にかかげてどうだ、すごいだろう、と声高に詠うのではなく、あるいは老いの繰り言からも自由に、あくまで気品のある詠みぶりだ。 抱へられ初湯に浸りゐる不思議 散るさくらみんな散りたくなささうに 飛花落花遊びごころの風となら 老の目を侮つて大綿ふはふは 聞いてやる冬木の洩らすひとり言 三十年生きて下さいてふ賀状 悴んでをるのは命ある証 レンタルといふといへども花衣 一世紀何してをりし春逝くに 敬老の日のあとアルツハイマーデー あらたまの年ハイにしてシヤイにして 百歳をクリアーしたる朝寝かな この茶目っ気、ユーモラス、余裕。 比奈夫先生ご自身は車椅子を余儀なくされご病気もある。ご息女をはじめとしてご家族の方がたも大変でおられると思う。本句集にはそこはかとない悲しみはあるが、深刻ぶった暗さは微塵もない。句境はどこか優美さを秘めている。 去年白寿今年上寿の花の下 花衣てふは心に着せるもの つくづくと一期は夢と花を見る このさくら人のこころの中へ散る ふだん着が好きで桜の散りかかる けふよりは百寿の翁花下に笑み 句集には「花」という語彙も圧倒的に多い。この句集を貫いている詩心とは、この一句につきようか。 花に会ふための言葉を胸に秘め 平成二十七年夏から平成二十九年四月誕生日までの作三百五十一句。蟄居半病身の日常。これという作品もないが、工夫をすればこの位の句は作れるという見本にでもなればと期待している。 とは言うものの、百歳で句集など出す愚かさが許されてよいものか。ひたすら心を痛めている昨今である。 「あとがき」の言葉である。 本句集の装丁は君嶋真理子さん。 白と赤と金箔で品良く仕上がった。 見返しは赤。 扉。 あたたかや句集白寿にアンコール 後藤比奈夫先生のご健勝と更なるご健吟をこころよりお祈り申し上げます。
by fragie777
| 2017-08-22 20:35
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