ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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「境界」に立っている。。。

6月9日(金)  旧暦5月15日


「境界」に立っている。。。_f0071480_16575637.jpg
ベルギー・ブリュッセルの古書店の書棚。

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「境界」に立っている。。。_f0071480_16583044.jpg
凝った本が多く、その意匠をつくづくと観察。






森山恵さんの6月の連載「祈る詩」は、今月は ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ。
5月の「祈る詩」のクリスティーナ・ロセッティの兄である。

薔薇の馥郁とした香りが迫るような美しい写真とともに紹介された詩は、「福音書」に登場するマグダラのマリアを詠んだものだ。

著者のゲイブリエル・ロセッテイは、エドワード・バーン=ジョーンズとともに「ラファエル前派」の中心的存在であった人物だ。
森山さんの解説を読んでいると、ロセッティのその常軌を逸した精神の乱脈ぶりがなんともである。
妻の柩のなかにいれた自分の詩稿をもう一度掘り起こして出版するなんて、ゾクゾクするものがある。


そして人間に安全地帯はなどなく、ロセッティのマグダラのマリアのように、
私たちはいつも「戸口」「敷居」という「識域」「境界」に立っているのだ。


森山恵さんのこの言葉が心を突いてくる。






今回の旅で、ブリュッセルの世紀末美術館をたずねたとき、このラファエル前派の作品がいくつかあった。


「境界」に立っている。。。_f0071480_17403654.jpg
エドワード・バーン=ジョーンズの「プシュケの結婚」
エドワード・バーン=ジョーンズ(1838-98)は、ゲイブリエル・ロセッテイとともにラファエル前派の中心的存在であった芸術家だ。
(さっきも書いたな…)

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「境界」に立っている。。。_f0071480_17404425.jpg

この絵は、人目をひく大きさであるが、「世紀末美術館」はほとんど人がいなかった。
ほとんど独り占め状態で絵をみることになる。

(ひろい空間に一人っていうのは、ちょっと怖かった)




「境界」に立っている。。。_f0071480_17404824.jpg
こちらもよく知られた絵である。
(ここで出会うとは。。)
おなじ一角をしめていた。
フェルナン・クノップス(1858-1921)の「愛撫」


「境界」に立っている。。。_f0071480_18392638.jpg
クノップスはベルギーを代表する象徴主義の画家で、ラファエル前派の画家たちとも親交があった。








共同通信発の新聞時評を紹介したい。
関悦史さんの時評で、「先鋭さと完成度」。第8回田中裕明賞についてもとりあげてくださっている。
目にするところが限られているので全文を紹介したい。

第8回田中裕明賞が決まった。結社に所属せずインターネット上で活躍していた小津夜景の句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)。裕明の没年に合わせた45歳以下の作家の句集が対象だが、小説の谷崎潤一郎賞に通じる、先鋭さと完成度を同時に問う賞という性質が際だってきた。前回の選考会を収録した冊子「第七回田中裕明賞」もまとまった。難航した選考の模様がつぶさにわかり、選考委員のやりとりは実践的な入門書としても極めて役に立つ。
前回受賞者、北大路翼の第2句集『時の瘡蓋』(ふらんす堂)も刊行された。受賞作刊行からわずか2年だが、前作同様、東京の新宿・歌舞伎町に腰を据えての約1500句を収める破格の一冊で〈童顔で巨乳イルカの飼育員〉〈年賀状二枚だけでも輪ゴムして〉等、いかがわしさやとぼけた写実は健在。本人の肖像写真が複数あしらわれた造本は作者が半ばキャラ化した事態に相応するが、キャラ化は身体性の希薄化を招く。性や嘔吐のモチーフがあふれるのはそれを補う意味もあろう。
一方、裕明に師事した山口昭男の第3句集『木簡』(青磁社)は、〈笑ひたる赤子のごとき雪間かな〉〈蛇の眼の草の色よりつめたきか〉など師ゆずりの澄んだ作風のまま、不思議な生気による充実を見せている。北大路、小津の句集と合わせ、素朴な写実の先にある非実体領域を、裕明賞と裕明の弟子が期せずしてカバーすることになった。
裕明賞の冊子は俳句史の資料たるべく毎年刊行されているが、このところ、それぞれの局面から俳句史構築を目指す本が続けて出ている。
現代俳句協会編『昭和俳句作品年表(戦後篇 昭和21年~45年)(東京堂出版)は表現史の観点から句を並べた年表兼アンソロジーの、とりあえず1970年までで区切った第2巻。筑紫磐井『季語は生きている』(実業広報社)は季語という制度の変遷を追い、数年前の二十四節気論争までをも収める。青木亮人「俳句の変革者たちー正岡子規から俳句甲子園まで」(NHK出版)は章ごとに視点を変えつつ近年の俳句史をたどる。
これらは昭和後半以降という、歴史の流れが把握しにくくなった時代の通史をもまとめる困難さを、逆に浮き彫りにしているように見える。






時差ボケはもう抜けたと思うが、なんとyamaokaという個体において、画期的な変革が起こっているのである。

わが半生において、「早起き」などということは金輪際あり得ないものであった。

それが、である。

旅行より帰ってからのこの一週間ほど、早く起きちゃうのである。
最初の数日は、時差ボケによるものだろうと高を括っていた。
しかし、どうやらそうではないらしい。
朝パッチリと今日も午前五時に目覚めた。
しかし、ふとんのなかで目覚めの一歩手前の湯のなかにいるような時間を味わって午前六時に起床。
恐るべきことである。
午前六時起床というわたしにとっては長年の夢であったものが、叶いつつあるのである。
これはどうしたことか、と
猫たちもびっくりしている。
わたしだって驚いてるんだから。。







「境界」に立っている。。。_f0071480_18342269.jpg
木陰のベンチで休む人たち。
このベンチ、良いな。。。。
ブリュッセルの街で。






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by fragie777 | 2017-06-09 18:41 | Comments(0)


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