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3月12日(月) 旧暦2月15日
良い香りのする花である。 今日のわたしはクローゼットから桃色の麻シルクのスカーフをとりだし、首にふわっと巻くのではなく、ふわっとかけた。 もうこれで春の人である。 今日は横浜で、詩集の出版のお祝いの会があり、いま仕事場にもどったところである。 稲川方人、吉田文憲両詩人が指導をされている「横浜詩の講座」に学ぶ詩人の方々が詩集を刊行された。 鈴木正枝詩集『そこに月があったということに』(書肆子午線) 福島直哉詩集『わたしとあなたで世界をやめてしまったこと』(書肆子午線) 赤木祐子詩集『チランジア』(港の人) 木戸光詩集『花は黙って待っている』(七月堂) 全部の五冊の詩集のお祝いの会となった。 そこにつどう全員の人が一言ずつそれぞれ全部の詩集に言葉を寄せて、あたたかな雰囲気のとてもいい会だった。 ふらんす堂からも西村勝さんの詩集を刊行させていただいたご縁をいただき、出版のお祝いの会に参加させてもらった。 時分の詩を朗読して貰ったのは初めてで感激しました。第1詩集で満足していたのですが、第2詩集をつくるとなって欲がでてきました。整理されないままの作品でいったい詩集ができるのだろうかと最初は危ぶんだのですが、詩集という本の形になった時は喜びが湧いてきて詩集を出すことを決めて良かったと思っています。 2012年の四月にこの教室で現代詩を学んで書いたものが一冊となりました。詩の講座では書いたものについて、両先生から一言二言を貰うだけなんですが、その言葉について考えてその半年後とかに言われてことがわかってくるんです。そういうことを必死に考えたことだけでも良かったと思っています。詩集を出すにあたって、詩集を出すということはどういうことかひとりで考えたんですが、やはりここにいる皆さんから受け取ったものがいろいろと在るんじゃないかということを感じられたことが良かったと思います。 小さい頃から吃音で、話すことが苦手です。その結果書き言葉の方に自分の気持が注がれていったんだと思います。自分が書いたものを誰かに読んでもらう、そしていいよ、とか良かったよ、こうした方が良いんじゃないか、いろいろと言ってもらう。話し言葉でどもりますと、誤解を生じるんですね。自分の書いているものを人とのコミュニケーションの窓として、大事にしていこうとこと、それが自分が生きてきた中心にある問題です。今回船を降りてからも船の仲間と時々あってます。そうすると朗読がはじまるんです。わたしの詩だったり、中也の詩だったり。今後のことなんですが、いまイタリア語を習ってます。何年か後にシチリアの少女ともう1回会って、イタリア語でその少女や友だちとイタリア語で詩を読みたいと思ってます。 いまレコーダからご挨拶を起こしていたのだが、なんということか、西村勝さんのご挨拶の最後のほうで、録音がプチッと切れてしまったのだ。 わたしは青ざめ固まった。 (またか。。。先日は少しも録音されず、今回は切れてしまうなんて)念の為レコーダを別のものにして持ってきたのに。 お二人の詩人のかたには大変申し訳ありません。 メモもとっておらず、お恥ずかしい次第です。記憶の底から、、、 現代詩を書き、それを詩集にするということがどういうことか、この一冊を出して分かったような気がします。 赤木さんの詩集については、ご挨拶をされた何人かの方が、衝撃を受けたと語られていた。 学校につとめておりまして、関係のある方々にお送りしたところ、いろんな方から感想をいただいたのが嬉しかったです。思いもかけない方もいらして、詩集を出して良かったと思います。 赤木さま、木戸さま、 きちんとご挨拶を紹介できずお許しくださいませ。 本当に本当にごめんなさいませ。 このわたしの粗忽者かげん、いったいいつになったら卒業できるのでしょうか。 もうバカバカと自分の胸をうちたたきたいところです。(いや実際叩きました) デジカメも、ちゃんと充電したはずなのに、撮ろうとしたらバッテリー切れと表示。 しかし、こちらはiPhoneがあったのでなんとか大丈夫だったが、なんとも間抜けで、こんなことじゃもう誰も相手にしてくれないかもしれないな。。。。 わたしは訳がわからんのです。 なんでレコーダが切れちゃうのか、なんで充電したはずのカメラがバッテリー切れなのか。 誰かわたしに怨みでもあるの! いったいだれの陰謀だ! いかん、いかん、自身の脇の甘さをすり替えたりしたら。 地獄に落ちろって言われないようにしなっくっちゃ。 出版のお祝いの会は、とても素敵な会でございました。 集合写真。
by fragie777
| 2017-03-12 22:54
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