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2月20日(月) 旧暦1月24日
2月も残り少なくなりつつある。 どうして2月はあっという間に終わってしまうのだろう。 覚悟はしてるんだけど。。。。 第2回加藤郁乎記念賞が稲畑廣太郎句集『玉箒』に決定のお知らせをいただいた。 評判がよろしく再版をした句集である。 第2回選考委員会主査・辻桃子さんの選考過程の言葉を抜粋して紹介したい。 (略) 稲畑廣太郎氏は「虚子俳句」を受け継ぐ者である。虚子の仕事は「好き嫌いを離れて凄い」というのが郁乎氏の意見だった。「虚子俳句」の根底には、混沌とした宇宙の中心は大いなる「太虚」だというひろびろとした宗教心が感じられる。 蓬莱を掛けて神代を近付けて 柳散る平家の魂を鎮めつつ 祝ぎの炉を守る佳人でありにけり 『玉箒』は箒(ほうき)の美称、酒の異称であると同時に、「次々に敵娼(あいかた)を変えて遊ぶ」という遊離の隠語でもある。豊饒な江戸の言葉を駆使し、独特の重層的な詩的世界を作り上げた加藤郁乎氏の晩年の句業を偲ばせるところも評価した。 「玉箒」にこんな深い意味があったとはツユ知らなかった。 受賞者・稲畑廣太郎さんの言葉も抜粋して紹介したい。 (略) 正直申しますと、私のこれまでの人生で「賞」と名のつくものは生れた初めてでございます。高濱虚子の意向により、ホトトギスでは、純粋に俳句の勉強をするという観点から一切の賞を設けることをして参りませんでした。確かに、最初から賞を目的として、選者の気に入るような作品を投句する人が居る、という記憶があり、もしそれが事実なら、純粋に作者自身の作品を世に問う、という姿勢からは逸脱してしまうのかも知れません。あくまでも賞というのは、その作品に対しての結果としてついてくるものでなければならないでしょう。 その観点からこの加藤郁乎記念賞は、純粋に文学を学ぶ者への励みであると思います。私事、今年平成29年は、年男で、丁度還暦の節目を迎える年でもございます。そんな記念の年にこのような栄誉を賜りましたことを重ねて心より感謝申し上げます。 稲畑廣太郎さま この度のご受賞、おめでとうございます。 心よりお祝いを申し上げます。 今日の毎日新聞の櫂未知子さんによる「俳句月評」は、「初心者の道しるべ」と題して、後藤比奈夫著『俳句初学作法』が取り上げられている。 全文を紹介したい。 たとえば、こんな二句がある。 滝ならば激しく激しく落ちて来よ 滝の上に水現れて落ちにけり 「さて、どっちが名句?」と問われた時、初心者は案外迷うのではないだろうか。 正解は二句目。後藤夜半作であり、「滝」の一句を詠もうとしても、いつもこの作品が立ちはだかってしまう。一句目は『俳句』(KADOKAWA)二月号の「即席!俳句入門」特集のために筆者がつくったダミー句だった。作者の思いが出過ぎていることと、中七の無神経な字余りは、やはりいただけない。というより、それを狙ってのものだったけれど。 同特集の中の「心構え編」で、岩淵喜代子は正岡子規の写生論に触れた後、「何かものが言いたくて文芸の中の俳句に関わりはじめた初心者には(筆者注:俳句もしくは写生論は)少し歯がゆいかもしれない」と書いている。このあたりが、俳句とそれ以外の文芸の違いでもある。 文芸は自己アピールのためにあるのだと考えている人にとって、俳句はいささか拍子抜けのジャンルであるに違いない。俳句は思想を語らず、誰かを批判することもない。そしてよき句ができた時、「これは自分の力ではない。天から降ってきたのです」などと言ってのける俳人たちの姿は、他の分野の人たちにどう映るのだろう。 先ほど挙げた名句の作者・夜半の子息である後藤比奈夫の『俳句初学作法』(ふらんす堂)が、五十年近くを経て改訂版に到った。現在、比奈夫はすでに百歳に近く、俳壇最長老である。本書で再び語られる俳句と向き合う真摯な姿勢が、読者の心にしみる。 中でも「自信喪失」という章が面白かった。筆者がつねに感じている「初心者なのにどうしてこう、やたらとプライドが高い人が多いのだろう」という疑問を解決してくれた。本書は入門書と謳いながらも、俳句の本質、そして俳人として美しく生きるための道しるべに満ちている好著である。 比奈夫先生にお電話をしたところ、 「この本が最初に世に出たときは、それはもうよく売れたんですよ。」とおっしゃる。 今回改訂版として、すこしわかりにくいところは書き直していただいたりしている。 いっそうバージョンアップして世におくられた本である。 大島弓子さんの『キャットニップ2』が刊行となり、この度もお送りいただいた。 実はわが家の猫のヤマトと日向子は、大島さんに拾われた猫たちをいただいたものなのである。そのご縁によってご本を謹呈していただいているのである。 幸せ者のyamaokaである。 今回の本にも、大島さんの愛猫たちの病気と死がある。 病んでいる猫を必死で介護する大島さんの日常があり、ホッとしたり慌てたり、そして介護の果てに死んでいく猫たちをみつめる大島弓子さんの日々だ。 大島さん自身も倒れそうになる、読んでいてはらはらしてしまう。 しかし、強気の三毛猫ビーはなんとこの4月1日で20歳、わたしが二度ほどまみえたことのあるタマは18歳になるという。 まことにめでたいことだ。 わたしの友人で俳人の川島葵さんところには、もうすぐ24歳になる「ちょび」という猫がいる。このブログで紹介したこともある。わたしは会わせてもらったのよ。「リリカ」という高齢の猫もいて、聞くところによるとテンカンの発作を起こして、目が見えなくなってしまったらしい。それでも三カ所の髭を駆使して問題なく部屋を歩いているらしい。葵さんの話しを聞いていると、大島弓子さんと同じように猫への愛情のかけ方がハンパじゃない。 凄いなあっていつも思う。家の猫のことで心配なことがあるとすぐに葵さんに聞いてしまう。いろんなアドバイスを貰っている。 葵さんの句でわたしが好きな一句。 猫が寝たから春雪を踏みに行く 川島 葵 新聞掲載記事など明日紹介します。
by fragie777
| 2017-02-20 18:41
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