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12月15日(木) 旧暦11月17日
昨夜の高級焼肉店での忘年会。 さすがにおいしゅうございました。 世の中にはこういう焼肉のお店もあるのかと、つくづくと驚きました。 しかし店内は結構若者客が多く、ちょっとあんたたち、贅沢しすぎじゃない。とツッコミたくなるほど。 高級店の自慢と報告はまたのちほど。 新刊紹介をします。 著者の栗原公子(くりはら・きみこ)さんは、昭和18年(1943)東京生まれ、千葉県浦安市在住。平成13年(2001)よりNHKカルチャースクール能村研三教室に入会、平成14年(2002)に「沖」に入会し能村研三に師事、平成18年(2006)「沖」同人となる。本句集は2002年から2015年まで13年間の作品を収録した第1句集である。序文を能村研三主宰が、栞を神野紗希さんが寄せている。 能村研三主宰は、栗原公子さんの俳句の軌跡を丁寧にたどりあたたかな序文を寄せておられる。 栗原公子さんは平成十三年五月に、私が指導するNHK学園の大手町教室に入られ、そこで半年ほど勉強された後に「沖」に投句を始められた。カルチャーに入られて二回目の教室の時に、先師登四郎の逝去を知ったと言う。正に私が「沖」を継承したばかりの時で、これも何か因縁めいたものを感じる。栗原さんは、お住まいが市川の若宮であることからも親しみを覚えた。 佳きことのひそみてをらむ初暦 本句集の巻頭を飾る句であるが、栗原さんがこれから歩もうとしている俳句の道が明るく膨らんでいくような期待を感じさせる句である。栗原さんは、長いこと家の中での仕事に明け暮れる毎日であったので、俳句との出会いは新鮮なもので、自分自身の居場所を得たという。 順風満帆な俳句との日々に突如悲しみが訪れる。 平成二十年の秋ご主人が咽頭癌を発病し入院を余儀なくされた。病状など詳しいことはわからないが、俳句作品を拝見する限りかなり深刻な病状であったように思われる。栗原さんは闘病のご主人を献身的に支えつつ、気丈かつ冷静に対応された。 椿落つ大事はいつも突然に 病名を告げられし日の夜の長し 目瞑ればおのづと禱り虎落笛 病む夫に寒紅あはく逢ひに行く 覚悟てふ錨しづむる冬三日月 退院へ余さず春の灯をともす 月涼し薬より効く言葉あり 詩から死へ想ひのめぐる星月夜 朧の夜われにも欲しき心柱 心憂き日や絹莢に細き糸 あぢさゐが好き音たてぬ雨が好き 平成二十五年六月、懸命な看病の甲斐もなく、最愛のご主人が亡くなられた。覚悟は出来ていたとはいえ、夫の死を静かに受け止めようとしている、作者の鎮静された心の起伏は読者の涙を誘う。 なにごとも神の一存大夕焼 生も死も眠りのつづき明け易し 自由とは涼しかりけり寂しかり 本句集には栗原さんが、俳句に出合われてから十数年の歳月を歩む中で、ご主人の癌発病から闘病、そして永訣へと哀感哀傷の思いが綴られている。時間が経つにつれても、亡くなられたご主人に対しての思いは深く、俳句に描かれているが、平成二十六年、ご主人と長年住まわれた思い出の地である市川の若宮を離れ、お孫さんたちがいる浦安に終の住処を置くことにした。最終章の「新しき鍵」は、新たな人生に一歩を踏み出す、前向きな気持ちも窺われ、読者にほっとした思いを与えてくれた。 朝寝する自由夜更かしする自由 鈴つけし新しき鍵風薫る 短夜や夫の香のなき部屋に座し 薫風となりたまひしか夫よ夫よ 流さるる幸せもあり浮寝鳥 眠りさへすれば明日くる冬の雨 著者の栗原公子さんを指導し見守る優しい師の視線を感じさせる序文である。 栞を寄せた神野紗希さんは、「沈黙の光、沈黙の詩」と題し、句集『銀の笛』にひそむ「銀の光」を導き出す。 公子さんの句は、静かに優しく、銀の光を湛えている。 砂時計の時は銀色クリスマス 鰺たたく銀の光と海の香と 翼もつ魚に涼しき海の色 冬銀河イヤホンに聴くシベリウス 初雪の思ひ余りしごと降り来 綿虫や喪中葉書に銀の花 などの句をあげ、そして集名となった一句 銀の笛欲し全山を芽吹かせむ おおらかで伸びやかな句だ。芽吹かせるために銀の笛が欲しいという願いは、銀の笛には全山の芽吹を促す力があるという、不思議な物語を前提としている。木々を芽吹かせ、季節の運行を司る、この世界に満ちた目に見えない力を、「銀の笛」という詩的な素材が象徴しているのだ。山の木々が芽吹くとき、空にきらりとひるがえる銀の光をみとめたら、それは春の女神の吹く銀の笛の光。笛も芽も「吹く」ものだと気づくと、その言葉の呼応も、また楽しい。「欲し」と希求することで、春をこいねがう全ての命の声がひびきだす。 銀色は沈黙の光。そして、俳句は沈黙の詩。人を喪い、言葉を失い、それでも私たちはまた、銀の笛に導かれて、季節を迎え、新しい言葉を探し、俳句を詠むのだろう。 「銀の笛」という句集に、一挙に銀色の詩の女神(ミューズ)の命を宿らせてみせる。 本句集の担当はPさん。Pさんの好きな句を挙げてみる。 佳きことのひそみてをらむ初暦 湖面までとどかぬ雪の軽さかな包丁に水垂直に当てて夏 唇に氷水より冷えし匙 色かたち字面も怖き海鼠かな 登山帽脱ぐや言葉のいらぬ風 窓細く開けて眠りぬ金木犀 音のなき二月の雨の光をり 待つといふう悦びもあり冬木の芽 歳時記も知らぬまま能村研三先生のカルチャー教室に入会して十四年が経つ。 長い姑の介護を終え急にできた自由時間を埋めるための気まぐれな教室選びであったのに教室の熱気とお遊びではない本気さが新鮮で忽ち夢中になった。 すぐに入れて頂いた「沖」の句会も楽しく出会った先輩や句友に恵まれた事も幸せであった。俳句の奥深さや難しさに気付いた時はもう後戻りできないほど俳句の虜になっていたし、句会で名前を名乗る時には妻であり母でしかなかった私が私としての居場所を探り当てたような喜びを感じたものである。 俳句という表現方法と結社という発表の場を持てたことはありがたい事であった。 句作する事で自分を見つめ気持を整理できたし、悲しみや淋しさに立ち向う時に自分を見失わずにいられたのも俳句あっての事だと思っている。 夫を見送り喪失感の中に立ち尽していた私の背を押してくださるように、句集を作ってみては……とのお言葉を能村先生から頂いた。 拙い句集を出すことの恥ずかしさに躊躇する気持ちも強かったが、句集作りに取り組むことで寂しさを埋めたいという思いもあり、俳句に夢中になり俳句に救われた十四年間の自分史にもなると自分に言い聞かせ決心をした。 この句集をひとつの区切りとし、これからも真摯に俳句に向き合い俳句を恃みとし句友との交わりを楽しみながら心豊かに生きていきたいと思っている。 「あとがき」の一部を紹介した。「句会で名前を名乗る時には妻であり母でしかなかった私が私としての居場所を探り当てたような喜びを感じたものである。」こういう感覚が、俳句が多くの人を詩人とする所以だろう。俳句をとおして自身のアイデンティティを獲得していく。 ほかに、 白毛布目覚めてもなほ夢を追ひ 冬麗やふれて分け合ふ静電気 朧夜や泡吹きて飲むカプチーノ ポスターの目に見詰めらる巴里祭 縁側に足踏みミシン小鳥くる 正論の夫の背にうつ年の豆 全力のつもり私とかたつむり ノートとは白き地平よ月さし来 元旦の空たふとくて退屈で さよならは言はず夏帽たかく振る 雪来るか膝抱いて切る足の爪 一世も釣瓶落としの如きもの 命惜し菠薐草の根の紅し 誰もみな遺されしもの水澄めり 風花や握手をほどくタイミング 本句集の装幀は和兎さん。 今回は思いっきり明るいものとなった。 栗原公子さんの俳句を読んでいると、登四郎、研三の「人間を詠む叙情の系譜」に連なるものとして作者を思う。それは登四郎が目指した「内面の深化」ということも含めてである。 鈴つけし新しき鍵風薫る 神野紗希さんにならって言えば、やはり「銀」がキイワードだ。 この「新しき鍵」の「銀色の輝き」こそ著者が到達した希望の象徴であるのではないだろうか。 風ふれた鈴はきっと銀色の音を奏でるだろう。 更なるご健吟を祈りたい。 実は、(わたしのブログってこの「実は」っていうのが多いのよ、実は)昨日、さるお方から誕生日のプレゼントで、ゴディバのチョコをいただいたの。差し上げることは多々あっても個人でいただくことはごく稀なゴディバのチョコ。 すごく嬉しい。 独り占めすることにした。 だってわたしの誕生日にいただいたんだもん。いいでしょ。 秘密の場所に隠して一人で食べている。 今日も一個食べた。 濃厚でさすがに美味しい。 ブログを書き終えたから、もう一個食べようかなあ。 フフフフ、 そうしよう。 じゃ、ね。 そうそう、高級焼肉のことだけど、写真に撮ったのだけど今日は紹介しない。 ゴディバのチョコに高級焼肉ときたら、いくらなんでもいい加減にせい、ってぶっ飛ばされる。。。。
by fragie777
| 2016-12-15 20:02
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