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12月9日(金) 旧暦11月11日
道路に止めてあった車に写っていた銀杏黄葉。 「鷹羽狩行俳句集成」を来年の春までには刊行すべく目下鋭意編集中である。 栞のメンバーも決まり(と言ってもすべて物故者である)その原稿を打ち込んでいるのだが、そのメンバーの一人である西東三鬼の文章の打ち込み作業をした。 俳誌「氷海」に書かれたかなり長い文章なのだが、これが結構面白いのである。兄貴分としての愛情の籠もったいい文章である。そこに「伝統」ということについて触れた文章があり、興味ふかく読んだ。ちょっとだけ紹介したい。 亜流という言葉がある。狩行を誓子の亜流と片付けることはいと易いが、誓子に学びつつ、その俳句精神を、青年の肉体をくぐらせて活かしてゆくことは、誓子自身の不可能を、狩行が可能にすることであって、伝統とはこのようなものであろう。また、後進が先進を食ってしまって、それを血と肉に変えるのは、先進プラス後進であって、現代俳句の向上進展はかくしてすすめられてゆくのである。これに反して亜流者として自警すべきは、先進の掌中を遂に脱出し得なくなることで、食ってしまうどころか、食われてしまっては駄目である。 「誓子自身の不可能を、狩行が可能にすること」がすなわち「伝統を継承していくこと」である。 なんだか、目が開かれるような思いがした。 さすがに西東三鬼である。 いかがだろうか。。。。 京都新聞に南うみをさんが、中井保江句集『青の先』を紹介しておられる。 小路紫峡句集「敬天愛人』(角川書店)とともに。 『敬天愛人』(角川書店)は小路紫峡の遺句集で、平成十九年から二十四年までの句をおさめる。昭和十六年「ホトトギス」に投句、高浜虚子に師事し、昭和二十五年には「かつらぎ」に投句、阿波野青畝に師事する。昭和五十五年に「ひいらぎ」を創刊主宰し、幾多の逸材を育てるも平成二十八年に永眠する。 玻璃走る春一番の雨雫 蝉の穴みどりの苔を穿ちけり 寒坼のよぎり門灯ぱつと点く 滝しぶき鞭のごとくに岩を打つ 影となり光となりて銀杏散る 「玻璃走る春一番の」「ハ音」のスピード感と写生。苔庭の蝉の穴を「穿ち」と捉える発想がイメージを瑞瑞しくする。また昔ながらの「夜回り」とセンサーに反応する門灯の取り合わせで現在を描く。そして真っ直ぐに落ちる滝水の中の撓う「滝しぶき」を見逃さない。銀杏の散る様を「影となり光となり」とさりげなく、かつ的確に写生する。ここには虚子、青畝に学んだ「客観写生」の世界が拡がる。 阪神忌ピアノの傷を繕はず 巫女に蹤く親馬子馬摩耶詣 弥陀の手の綱に頬ずり十夜婆 曲水や宮司の一首番外に 虚子句碑に時を過ごせば小鳥来る 「傷を繕はず」に震災の記憶を常に心に留めんとする意識が見られ、「親馬子馬」には神戸の行事「摩耶詣」が彷彿する。阿弥陀様に繋がる「十夜綱」に「頬ずり」する婆は信心そのもの。また「曲水」の宴の歌を宮司が「番外」に詠みあげるユーモア。そして「虚子句碑に時を過ごせば」には虚子への思慕が滲む。 『青の先』(ふらんす堂)は中井保江の第一句集で、平成十二年から二十八年までの句をおさめる。十二年、坪内稔典の講座で俳句を知り、十九年に坪内稔典の「船団の会」に入会し現在に至る。 看護師が椿に配る体温計 高原の新樹となって帰らない 言いたいこと言ってしまえばなめくじり 秋風を汽笛と思うペンギンら おしゃべりな冬瓜となり二番だし 冬茜ピアノはそっと帆を立てる 鮮やかな「椿」の紅は熱を持つと確信し、「高原」の緑蔭を満喫した心は、いまだに「新樹」と共にある。またすべてを言ってしまった後悔のような心性を「なめくじり」に託し、「秋風」に立つペンギンに、はるか南極への望郷の想いを察知する。そして煮え透いて揺らぐ「冬瓜」を「おしゃべり」と捉え、ピアノもまた茜雲へ帆をすべらすのである。ここにはすべての事物と自由に心を通わすアニミズムの世界が広がている。 夕焼けをめくって母の家探す 父さんのシャツと柿五個干されをり 雪深し尾の見えぬ人見える人 葉牡丹の渦より新しい松 「夕焼けをめくる」と「父さんのシャツ」「柿五個」に作者の郷愁が、また「尾の見える人見えぬ人」には独特の人間観が覗かれる。そして「葉牡丹」の命の渦に新玉の私を見いだす。作者の表現世界はとても自在だ。昭和三十年生まれ。宇治市在住。 今日は午後にお客さまがお見えになられた。 花輪とし哉、佐恵子さんご夫妻である。 花輪佐恵子さんは、2007年にふらんす堂から第2句集『十字花』を上梓されている。 今日はご主人のとし哉さんの第1句集の上梓の相談にお見えになられたのである。 花輪さんご夫妻は、昭和63年より「萬緑」に入会し、成田千空主宰の下で、千空亡きあともともに俳句を学ばれてきた。 来年はその「萬緑」も終刊となる。 花輪とし哉さんは、「萬緑」が終刊となる前に第1句集を刊行されることを決意されたのである。 今日はいろいろなご本をご覧いただき、フランス装での上梓を決められたのだった。 とし哉さんは、「萬緑」終刊後は、結社には属さず、母校の一ツ橋大学の卒業生たちがやっている俳句会を中心に俳句を作っていかれるということ。 佐恵子さんは、すでに「萬緑」を退会され、いまは井上弘美さんが主宰する「汀」に所属され、同人として新たなる気持で俳句に向き合っておられるとのこと。 「萬緑とは俳句の作り方がずいぶん違いますのではじめは戸惑いましたが、いまは新鮮な気持ちで俳句を学んでおります」と愉しそうに語られたのだった。 かつて武者小路実篤公園に吟行に来られたことがあるという花輪とし哉さん。 「なつかしいですねえ」とおっしゃりながら、お二人でそこに向かわれたのだった。 そして夕方には、もう一人お客さまが見えられた。 いま句集製作をおすすめしている田島健一さん。 田島さんは中学性のころから、俳人の石寒太さんについて俳句を作られて来た方だ。 今回ようやく句集を上梓することを決断された。 今日は装釘の確認にご来社くださったのである。 担当のPさんにいろいろと質問をしながら確認作業をする田島さん。 扉に青い用紙を使おうということになった。 夕方なのでお腹も空かしておられるのではないかとお菓子の大サービスである。 打ち合わせを終えられてほっとした表情の田島健一さん。 句集の刊行は来年早々になるようである。 「句集を編まれて、ご感想は?」と伺ったところ、 「いやあ、あいまいな句が多いなあと思いました。俳句って曖昧ではなく具体性をもとめる文芸ですけど、その具体性を並べていくと報告になってしまう、そのへンが難しいですね。」 「理想とするのは、たとえば句会に出るでしょ。10人参加したら、10人からそれぞれ特選を貰えるような句ををつくりたい。一句に沢山の特選を貰うというより、10人それぞれに対応できるような俳句を作りたいということです」 「あいまいな句」というのは、ご本人の謙遜した言い方で、「幅のある句」ということなのだな、とお話を伺いながらわたしは思ったのだった。 そうではなくて? 田島さん。 田島健一さんは「現代詩手帖」12月号に、「俳句展望2016」を執筆されている。「〈他者〉は忙しい」というタイトル。俳句の賞についても触れてあり、「田中裕明賞」をふくめそれぞれの俳句の賞に言及しておられ興味ふかく読んだ。
by fragie777
| 2016-12-09 18:25
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