ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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透明な詩情。

11月11日(金) 一の酉 旧暦10月12日

透明な詩情。_f0071480_16502984.jpg
矢川緑地。


風邪は峠を越えたのではないだろうか。

鼻水の分量も少なくなり、咳の回数も減った。
喉の痛みはもうほとんどない。
そしてあろうことか体重が1,5キロ増えた。
おお、なんということか。
体はきつくても食欲は衰えないのである。
昨晩なんて蕪のポタージュにラザニアをチーズたっぷり掛けて食した。
(けっこう洒落たもの食べてんでしょ。たまにはね)
ほかにカボチャのサラダともやしのサラダ。
デザートはプラム入りギリシャヨーグルトと蜜柑。
どうよ、この食欲の旺盛ぶり。
(風邪薬を飲んでいるのでワインは我慢した)
もういやよね。
風邪でグシャグシャの女がいい食べっぷりとは、もう色気もなにもありゃしない。
(というかもともと色気なんてなかったわ……)




ということで(?)、新刊紹介をしたい。


高浦銘子句集『百の蝶』(ひゃくのちょう)。

透明な詩情。_f0071480_16505960.jpg
四六判仮フランス装カバー装 214頁


著者の高浦銘子(たかうら・めいこ)さんは、1960年千葉県生れ、現在は川崎市在住。1983年に東京白搭会にて山口青邨、黒田杏子の指導の下俳句を始める。1990年第2回ラ・メール賞受賞、「藍生」創刊より参加。1997年第3回藍生賞受賞。「藍生」(黒田杏子主宰)会員。本句集は前句集『水の記憶』に次ぐ第3句集となる。2001年から2016年までの作品を収録。栞はおなじく「藍生」会員の高田正子さんが寄せている。
 
 ひとつひとつ違ひて百の秋の蝶

本句集は、著者高浦銘子がその美意識と思いを細部にまで行き渡らせて編んだ句集である。頁を開けば、著者の繊細な息づかいが聞こえてきそうな句集である。全体を五章にわけ、「地の章」「水の章」「火の章」「風の章」「空の章」とあり、このそれぞれの項目をとおしても高浦さんの乾坤への思いが伝わってくる。この一冊の句集を編むために著者はどれほどの思いと時間を捧げたか、そんなことを感じさせる句集である。
本句集は句友でもある高田正子さんが、栞を寄せている。タイトルは「こころに届く佳品」。

このたびの第三句集『百の蝶』は、そのお嬢さんを嫁がせ、人生の次のステージに立つにあたってまとめられた一集である。制作順ではなく、緻密に構成し直されており、一編の小説を読むに似た味わいがある。

 ちちははの小さき家も初日享く   『百の蝶』

に始まる「地の章」は、実家のご両親をはじめご自身のルーツを懐かしむ章と私は読む。続く「水の章」からは、今は無き異国のどこかの街角の香りがする。『水を聴く』『水の記憶』の水の系統が、モチーフを変えてここに続いていると思うこともできそうだ。そして……といろいろに読み解いて楽しく拝読した。(略)

 つぎつぎに蝶の生まれてしづかな日  『百の蝶』
 今生の暇をつぶして日の永し

を収める「空の章」が、只今の私には最もゆかしく思われる。銘子さんの「今後につながる今」が本音に近く響いているように感じられて。

高田正子さんは、第一句集『水を聴く』、第二句集『水の記憶』をふたたび読み起し、著者の美質に触れながら、また心通わせ会う友人としてのあたたかな文章を寄せておられる。
本句集の作品は透明感のある抒情性に満ちている。

 裏山の風のつめたき椿かな
 白シャツの裾吹かれつつ老いゆくも
 蜘蛛をらねどもひとすぢの蜘蛛の糸
 日のすでに秋日となりて膝の上
 寒月のすきとほるまで話さうよ
 あをぞらの奥のあをぞら十二月
 明易し蝶の翅音を耳の底
 箴言のごとく石榴を享けにけり
 鹿のこゑ不意に夕べを隔てけり
 木の実落つるたび言の葉忘じけり
 初蝶にぶつかりさうに歩きけり
 さつきまでここにゐたひと桃の花
 国憂ふればひつじ草ひつじ草
 すれちがひしは夏服の父なるか

句集を読み進むにつれてこちらの心も浄化されていくような繊細で美しい詩情がある。宇宙の一滴に心を澄ませ耳をそばだてて静かに佇む著者がいる。

〈二つ折りの恋文が、花の番地を捜している。〉
蝶、というとルナールのこの一行を思う。恋文とは言わずとも、私の書いた一句がどこかの番地に住むだれかのもとに届くことはあるだろうか。
『百の蝶』は私の第三句集です。二〇〇一年から二〇一六年までの句を収めました。間に二年余りの米国での生活をはさんだこの歳月は、少しずつの変化はありながらもおおむね平穏で愉しいものでした。昨秋娘が結婚し家を離れたのをひとつの区切りとして、第二句集以降の作品をまとめたものです。

「あとがき」を抜粋して紹介した。
ほかに、

 耕して耕して空近うせり
 一行の文の残りてあたたかし
 降りだしてむらさきの雨藤の雨
 海暮れて山暮れてまたほととぎす
 むらさきに山暮れてゆく零余子飯
 月の客傘のしづくを払ひけり
 白玉を食べて別れてきたばかり
 金魚玉とほき木立を映したる
 あつけなく嫁ぎゆきしよ石蕗の花
 手袋の手が触れてゆく夜の窓
 冬菊を挿すかなしみをかなしまず


本句集の装幀は君嶋真理子さん。
著者の高浦銘子さんのおおいなるこだわりによって、美しい一冊が出来上がった。

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淡いピンク色の本である。
このピンクの用紙に押したパール箔がなんとも美しい。
ピンクの本を希望されたのは高浦銘子さん。

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ピンクという色はたいへん難しい。どうしても幼くなってしまう。
そこで見つけたのがNTラシャのパールピンクである。
この色と用紙はわたしも大好きなもの。
高浦さんは気に入ってくださった。

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アールヌーボの模様を裏と表に配して、そこにパール箔を押した。
これが思った以上に美しく仕上がったのである。

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帯は白。

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見返しと同じ用紙である。
栞はカバーと同じ用紙。
栞の刷り色はカバーと同じ刷り色。

 
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表紙は仮フランス装。
用紙は、帯と見返しと同じもの。
刷り色は帯と同じ刷り色。極力刷り色を統一し、一体感を出した。


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柔らかな仕上がりである。


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扉にもピンクの用紙をつかったがこちらは光沢あるもの。


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花布は白。


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本文もできるだけ繊細に。本文用紙もピンク味のあるもの。

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箔押しの美しさが際だった気高い一冊となった。
パール箔の透明感は、この句集の作品がもつ上質な透明感とよく合っている。

この淡いピンク色の用紙は、残念ながら廃版となってしまうということ。
この用紙をこれほど美しく用いた本は他にないのではないか、と思う。


  見尽くせばまた見えてくる桜かな

桜の句は難しいがこの句、桜の花が持っている不思議さをよく言い留めていると思う。いくら見ても見飽きることも見足りることもない桜だ。桜のもつ磁場のただ中にいる作者。
おもえば、この句集のピンクはまさに桜の色なのだった。







午後にお一人お客さまがいらした。

渡邉喬子さん。

第一句集の句稿をもって、刊行の相談に見えられたのだった。

渡邉さんは、お住まいは府中市でご近所である。しかも、そのむかしふらんす堂がまだ三鷹にあったころ、渡邉さんも三鷹市の住民であったということで、その頃からふらんす堂を知っていてくださったらしい。
(実は、ふらんす堂の最初の住所は、かつて暮らしていた自宅のマンションだったのです。ああ、なつかしい)
渡邉さんは、子育てをしながら仙川の商店街を歩かれたということ。
きっとわたしもどこかでお会いしているかも。

俳句通信講座より俳句をはじめ、その後いろいろな句会に所属されて俳句を作って来られた。
俳人の成田清子さんとは高校を同じくする先輩後輩の間柄である。成田清子さんより俳句の指導も受けて来られた方だ。
いまは、「仙川句会」(小澤實氏指導)に入っておられるということ。

長い年月に作って来られた作品をこの度句集になさることを決心され、ふらんす堂にいらっしゃったのである。ふらんす堂を選ばれたのはご近所のよしみでもある。
「よく、ふらんす堂の前を通っているのです」と渡邉喬子さん。

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渡邉喬子さん。

第一句集のために、成田清子さんが選句をしてくださったということ。

そう、すこしまえに、「渡邉喬子さんが伺いますからよろしくお願いします」と成田さんからお電話をいただいていたのだった。


わたしは大きなマスクをしてご挨拶をしたのだが、マスクを外せば、あるいは、「あらまあ、知っている顔」と思われたかもしれない。いやあ、マスクしていて良かった! それほど仙川という街は小さな街なのである。







 
 
 
 
 
 
 
 
  







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by fragie777 | 2016-11-11 19:59 | Comments(0)


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