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11月7日(月) 立冬 旧暦10月8日
今日は立冬である。 鏡を覗いたら、わたしは冬の顔をしていた。 冬の顔って? ちょっと景気の悪そうな顔よ。 イカン! わたしは頭をブルブルと激しく振った。 そして丹田に気合いを入れた。 いつもより赤い口紅をとりだして、つけてみた。 目力をいれて、こうぐっと鏡を睨んでやった。 まっ、 いいんじゃない。 新しい冬を迎えてやろうじゃないの。。。。 新刊紹介をします。 著者の吉田敏子(よしだ・としこ)さんは、1932年岐阜県生れ。「父親の仕事の都合で愛知県三河地方に育つ」と略歴にある。句集名の「三河路」は、その三河地方に由来する。本句集は、著者がひとりで日記代わりにと作った俳句を編集、収録したものである。担当の文己さんによると、お父さまに捧げる句集であり、お父さまへの侘び状でもあるということ。 例にもれず親不孝を通しました。 父は海軍での兵役があり二度も召集され終戦は呉で迎えました。 幼い五人の子供がいた親心を思う時胸が詰まります。 拙いこの小冊が、最後まで理解し合えなかった父への詫状の一部に代われば幸いです。 「あとがき」の言葉である。 従ってお父さまのことを詠んだ句も多い。本句集は、著者の吉田敏子さんがご自身の来し方を振り返って、それを俳句のかたちにとどめたもの、である。だから、最初におかれた作品は、想い出の風景である。本句集は四つの項目に分かれており、「想出九十九句」「愛犬『クロ』」「武蔵野台地」「青梅の里」。 小さき手で斜めに裂いた莎草(かやつりぐさ) 「想出九十九句」 山羊(やぎ)の子の五頭身なる春の土手 頭に載せてゆく秋雨の桟俵(さんだはら) ブタ草の咲き覆ひたる引込線 征く父へ旗切れるほど振つて夏 古毛布一枚持つて父帰る 胸病みて深き思ひや春二つ 気短かの父にも夢や花吹雪 上京す花の命の散らぬ間に クロ抱けば伝はるいきや草の花 「愛犬『クロ』」 別れ道庭の白萩北に伏す 「武蔵野台地」 何一つ告げえず春の山思ふ 「青梅の里」 猫の子の擦り寄つてくる旅疲れ 新涼や苦き名医の処方薬 世の習薄れて野辺の坪すみれ 春の山河原で石を探しをり ゆるやかに沈む列島春の夢 想い出の句からはじまって、いまご自身が住まわれている「青梅の里」までいくつか句をあげてみた。最終章の「青梅の里」になると、俄然余情の色が濃くなってきている。終いの「春の山」と「ゆるやかに」の句は本句集の最後におかれた二句である。「春の山」には、春という季節がもつ玄妙な趣があり、「ゆるやかに」の句には駘蕩と夢幻が織り成す不思議な世界が表出している。 本句集の担当は文己さんであるが、帯の自選十句には、吉田敏子さんより乞われて、文己さんが選んだ句が、四句入っているということ。それを紹介したい。 迷ひたる同士や初夏の武蔵野に 秋深し曳かれて渡る雨の橋 菊活けて娘(こ)と昼を食(と)る文化の日 父の日や礼状一通出し忘れ 著者の吉田敏子さんは、はじめての句集の出来上りをたいへん喜ばれた。 ひそかにお一人で書きためてきた俳句がこうして一冊になった、ということは感無量のことかもしれない。 本句集の装幀は君嶋真理子さん。 シンプルで瀟洒なものを、というのが著者の希望であった。 緑の色をテーマカラーにということで、緑を感じさせるものに。 ![]() 扉。 三句組であるが、判型を細めにするとかえって三句組がうるさくないのが不思議である。 上品な仕上がりとなった。 出来上りを喜ばれた著者は、何度もお電話をくださって、そのことを告げられる。 わたしたちも感慨ひとしおである。 行く春や水きよらかにむらさきに この句、星野立子を思わせるような一句である。「むらさきに」にがいい。これで春の水となった。しかも春を惜しむ心の色が出ている。 好きな一句である。 今日の毎日新聞の「新刊紹介」に、ふらんす堂刊行の句集が二冊紹介されている。 まず、高浦銘子句集『百の蝶』。 金魚玉とほき木立を映したる 高浦銘子 2001年から16年までの作品をまとめた第3句集。切り取られた世界にも選び抜かれた言葉にも、著者の美意識が貫かれている。伝統的な形式を踏まえつつ現代の詩を感じさせるところに独自性がある。 もう一冊は、松枝真理子句集『薔薇の芽』。 見渡して入学の皆賢さう 松枝真理子 1970年生まれの著者の第1句集。幼な子を連れて句会に参加してから10年。子供は高校生となり、子育て俳句の変化とともに、世界が広がってゆく楽しさがある。 すこし前の1日付けの毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、 中井保江句集『青の先』より。 なんとなく顎のせてみる秋の雲 中井保江 組んだ腕に顎をのせて雲を見ている、または雲に顎をのせた気分になっている? 私としては前者の読みをしたい。誰かの肩に顎をのせているのもよい。誰かは恋人とか夫、友人など。句集『青の先』から引いたが京都宇治市に住む作者は年来の私の俳句仲間。「豹柄のブーツでぽんと蹴る秋思」も明るい彼女の作。 最近わたしは腕時計なるものをしない。 今朝はなんとなく目の前のペンケースにまぎれていた腕時計を手にとった。ちゃんと動いている。 今日はしてみるか。 ということで、左腕にはめてみた。 しかし、である。 結局この腕時計を覗くことは一度もなかった。 まあ、いってみればブレスレットのようなもの。 赤い文字の赤い革バンドのちょっと可愛い時計なので、アクセントにはなる。 洋服などにあわせて伊達(だて)に腕時計をするっていうのもキライじゃない。 仕事人としてのグレードが少しばかり上がった感じがしてさ、 外側に弱いyamaokaである。
by fragie777
| 2016-11-07 19:50
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