カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
10月16日(日) 旧暦9月16日
新宿の地下街を歩いていると面白い掲示にぶつかった。 週刊「プレイボーイ」創刊50周年を記念して「熱狂」と題してこの50年間の記事をピックアップして展示しているのだ。 70年代から2010年代まで、わたしたちの脳裏の奥にくすぶっていた場面をふくめて様様な映像が突き刺さるように立ち上がってくる。 新宿に行かれることがあったら地下街を通って見るのも一興である。 こうしてみるとモノクロ写真というのは、迫力があるものだと改めて思う。 新刊紹介をしたい。 A5判ペーパーバック装。 340ページ。 ふらんす堂としてははじめての戯曲集である。 譚詩劇とある。 譚詩とは、バラードの謂いで故事・伝説などを題材とする近代の詩形。物語詩。とある。譚詩劇とは、故事・伝説などを題材とした物語詩を戯曲の形で表現したものであるか。 著者の岡山晴彦(おかやま・はるよし)さんは、1933年熊本生れ。川崎市在住。うかがうところによると企業人としての職務を終えるころから文学に傾倒され詩を書き戯曲を学び、すでにふらんす堂より第1詩集『影の眼』(2010)を上梓されている。日本現代詩人会会員、文芸誌「Pegada』同人、詩誌『衣」同人。 この戯曲集『女鳥』は大冊である。全部で8篇の戯曲を収録。タイトルの「女鳥」はその作品のひとつをとったもの。それぞれの作品には、それに響き合うかたちで詩が付けられている。 目次を紹介したい。 目次 綺羅の鼓 枯野譚 水上の森(詩) 金銀の眼 ひとり語り 秋の蕾(詩) 野いばら 落城三代 シシュフォス(詩) 肥後石工水之口橋別離 石橋の伝説 石橋の声(詩) 大川心中物語 石橋の伝説 日照雨 (詩) 二ノ腕 ひとり語り 恵比寿の目(詩) 女鳥 譚詩劇 アトモスフィア(詩) タイトルとなった「女鳥(めとり)」について少し紹介したい。 古事記にその題材をとった譚詩劇であり、「女鳥」とは「女鳥姫」のことであり、この女姫鳥姫と隼(はやぶさ)王子を中心に展開する一大ロマンである。 巻末に著者によるそれぞれの作品についての注が付されており、読者の理解を助けてくれる。 「女鳥」についての注を紹介したい。 [ 女鳥(めとり] 譚詩劇 (立春から早春へ) 「Pegada」14号(改訂) 詩 アトモスフィア 短歌 ◇古事記登場の隼王と女鳥姫を素材にする、仮構の物語である。歴史時代前なので神話・伝承も織り交ぜる「巨木・枯野船説話」も想に入れる。息長・隼人・葛城・渡来族以外は、「土雲族」で括る。金那・東西北半島国・大陸国・伊佐宮・胸像女神は仮称。倭国は七世紀頃迄の対外呼称。 ◇隼の出自、女鳥が先王妃の再婚先の姫(記/大雀王の異母妹)は創作である。また女鳥は息長氏の姫と設定したが、記では近江の丸邇氏(わに・和珥・和爾・鰐)の出とされる。ただしその系譜には、息長帯比売(おきながたらしひめ・神宮皇后)も連なり、水に縁ある両者は係わりが深い。記では隼と女鳥は宇陀で王軍に誅され、大雀王の系譜は続く。紙面丈登場の風浪女王・鰐将軍(息長宗家)・湖水太守は創作。 ◇『日本史の虚像と実像』(昭47和歌森太郎著)に示唆を得る。季の言葉は、比喩の詩語表現として用いた。大陸や半島との地政学的絡み、資源(本作は鉄)、民族紛争など古くて新しい命題である。 歴史時代前なので神話・伝承も織り交ぜる「巨木・枯野船説話」も想に入れる。とあるように、そのイマジネーションは史実をはるかに凌駕して、詩的広がりと飛躍で読者を魅了する。これは「女鳥」のみならずすべての収録作品に言えることだが、文体の格調高さである。言葉が冗長にならず、韻律をおもわせるような趣がある。このことは著者が詩のみならず短歌や俳句もよくするということに関係が少なからずある、と思う。 ほんの一部でわるが、「女鳥」より紹介したい。 隼王子がはじめて女鳥に会う場面である。 隼王 足が重い、気も重い。石の靴で薄氷(うすらい)の上を歩いているような心地だ。桜は満開というのに、気に染まぬ役目を仰せつかったものだ。機(はた)織りの音だ。女鳥(めとり)姫はおのれの羽でも紡いでいるのか。名を呼ばねば、だが鴬の初音(ね)のようにたどたどしくなりそうだ。誰か来た、よしこの木陰に隠れよう。 [樹の後に隠れる] *有明と不知火が泉に来る。 有明 清々しい朝の水を、姫様に差し上げましょう。 不知火 あっ、あれ。 [指差す] 有明 どうしました、何を震えているの。 不知火 幻(まぼろし)でしょうか、あの水面(みなも)に映っているのは。 有明 本当に、だけど幻ではなさそう。そこに居られるのは何方ですか。 隼王 驚かせて済まない、私は王の使者です。どうか女鳥姫殿にお取り次ぎを。 不知火 少しお待ち下さい。 [戻る] 不知火 姫様、王の使者がお見えになっています。若い男の方です。 女鳥姫 王の使者ですと。会いたくもない、帰って頂きなさい。 不知火 [戻る] 申し訳ありません、姫様はお会いにならないそうです。 隼王 その玉(ぎょく)碗にこれを、私の心はこの白(しら)珠のように曇っていません。朝露と共に、私の頼みを飲んでほしいのです。 *隼が耳の白珠を外し、不知火の持つ碗に入れる。 有明 姫様。この白珠を耳から外され、またお願いがありました。高貴な身分の方のようです。 女鳥姫 誰であろうと会いたくありません。そう伝えて下さい。 有明 [戻る] お気の毒ですが、どうしてもお会いにならないとのことです。 隼王 今一度伝えて下さい。朝露と共に、この白珠を飲んで頂きたいのです。私は隼(はやぶさ)と言うもの。 女鳥姫 隼とは、王の弟の方でしょうか。白珠を飲んでほしいとは無理なことを、はて無理を承知でという謎なのかも知れない。ただ会うだけならば。 [戸口へ出る] 女鳥姫 あなた様は。 [驚いて立ち竦む] 隼王 私は隼、どうしてそんなに驚かれる。 女鳥姫 お懐かしい人を思い出させるのです、水に写したよう。それで今日私をお訪ねになったのは。 隼王 王の使者として。 女鳥姫 ご用の趣(おもむ)きは分かっております。やはり、 隼王 この桜の主(ぬし)よ、私は花の盗人のようなものだ。蕾のまま手(た)折られてもらいたいのです。 女鳥姫 あなた様のお姿が、春の淡(あわ)雪であれば良いのに、野の逃げ水であれば良いのに。お受け致しません。 隼王 なぜ。 女鳥姫 恨みの心は雪泥のようになり、人を穢(けが)します。だから王に会わない方が良いのです。心の刃(やいば)に毒を塗りたくはないのです。それともあなた様は無情の剣(つるぎ)で、私の望みの糸を断ち切 られますか。 隼王 王はあなたの恨みをご承知の上で、召し出される。そしてあなたは王に会うのを拒み続けられる。痛ましい死を遂げられた兄王だが、心がこれほど深い春の闇になっていようとは。 女鳥姫 隼様、心優しい隼様。兄王が崩じた日、雁(かり)が北へ旅立つ夜でした。争う鳥が二つ雲に入り、やがて一つが流れ星のように墜ちて来る。それは血塗れの兄の顔、怖ろしい夢でした。女鳥の頬に懸かる涙は悲しみの河となり、目覚めた時無残な知らせを聞いたのです。 [暫く沈黙の後、意を決し] 女鳥姫 隼様、この女鳥の肌を捧げよと申されますか。 *衣を肩から落とす、暗転。 意にそまぬ命を兄の王よりうけて隼皇子が女鳥姫に会いにいった場面である。 この出会いによって、物語は大きく展開していくのである。 作品は戯曲の形式だが、概ね自由に解してもよい物語的な内容である。そのなかで〝女鳥〟と〝綺羅の鼓〟は詩劇風のものであり、表題は長編である前者、副題には物語の意の譚を付した。 「あとがき」である。そのあとがきに日本伝統演劇のみならず、シェイクスピアなどの西洋戯曲も学ばれたとあるが、「女鳥」には、シェイクスピアのハムレットを思わせる場面が登場する。あの有名なハムレットの父の亡霊のシーンだ。「女鳥」においては隼王子の兄、大雀王(おおさざきおう)の后である太后についてだ。幽霊となってしばし登場し、物語の奥義に触れていく。この場面を読んだとき、わたしはすぐにハムレットを想い浮かべた。 本著の装釘は、詩集『影の眼』と同じく和兎さん。 和兎さんも本著に眼を通し「面白かった」ということ。 厚い一冊となるので、できるだけ読みやすいものとなるようにシンプルさを心掛けた。 扉。 天アンカットに。 本書の内容の豊かさにふさわしい堂々とした一冊となった。 本書の担当は文己さん。 「金銀の眼」という作品が面白かったです。 猫を飼うおこん婆さんと、語り手の少年のお話。 短いので読みやすいです。 「大川心中物語」 石橋をめぐるお話。これも面白いです。 最後がちょっと泣きそうになりました。 男女の愛の話、姉弟の絆も感じました。 全体的に古典文学を読んでいるような印象でした。 (源氏物語なども話の中に出てきます) という文己さんの感想。 本書のテーマは「愛と再生」。全篇にそれが貫かれているように思った。シェイクスピアをさきほど引き合いに出したが、シェイクスピアと異なるのは、登場人物がシェイクスピアほど醜悪ではないということ、愛による救済が語られているといこと、それが悲劇的な結末であっても明るく晴れやかなものにしているように私には思えた。 さんさんと夕立(ゆだち)降る日に童形(どうぎょう)のたましひをもて目瞑(つむ)りをり 「女鳥」の最後に擱かれた著者による短歌である。 伺えば、岡山晴彦さんはこの後さらにことなる文学ジャンルに踏みこんでいかれるということ、その旺盛な筆力に脱帽です。
by fragie777
| 2016-10-16 22:19
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||