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10月12日(木) 旧暦9月12日
久しぶりの秋晴れ。 某スタッフさんより分けて貰った「ツナピコ」 「ツナピコ」ってご存じ? マグロを甘辛く煮詰めて固めたもの、いわゆる酒のつまみになるもの。 某スタッフさんはこれが大好物であるということで、(小さな頃学童保育のおやつだったということ)、アマゾンより本日取り寄せたのである。(いろんなお店を探したが、見つからなかったという)。 そして、わたしたちに二個ずつ分けてくれたのがこれ。 食べてすぐ、わたしは日本酒が欲しくなったのは言うまでもない。 ひとりで抱え込んで、わたしたちにはもうくれない。 「そんなに食べると喉が渇くわよ!」って、言ってやった。 それでは新刊紹介をしたい。 著者のたなか(たなか・ゆう)さんは、昭和22年(1947)香川県生れ、大和市在住。昭和59年(1984)に「寒雷」入会、加藤楸邨に師事、平成3年(1991)「炎環」入会、石寒太に師事、平成10年(1998)に「炎環」を退会し,平成12年(2000)「運河」入会、茨木和生に師事、平成15年(2003)「街」入会、今井聖に師事。現在「運河」「街」同人。本句集は平成12年から27年までの350句を収録した第2句集である。 本句集には、「運河」の茨木和生主宰が帯文を寄せている。 たなか游さんは純な眼差しの持ち主である。だからその眼の捉えた句の世界は澄んでいる。常乙女のような眼差しの捉えた新しさにかがやいている。游さんは加藤楸邨に学び、その門下だった石寒太さんに学び、そして私の主宰する「運河」に、今井聖さんの「街」に入会された。第二句集『ゆりの木の花』はこれからも純な眼差しを研ぎ澄まそうとする決意の一本である。 牧野先生ゆりの木の花咲きました 句集名となった一句である。「博士お手植えの樹なれば」という詞書きがある。呼びかけの一句であるが、溌剌とした声が響いてくる。「ゆりの木の花」だけで中七を充たしている。上五は「牧野先生」字余りであるが呼びかけであるので気にならない。そして下五は「咲きました」だけ。ひとつの花が咲いたという報告のみであるが、「ゆりの木の花」という素敵な花の言葉が心に立ち上がる。牧野先生とはいかなる人ぞ。この木を植えた博士である。そこには長い年月が籠められているが、そういう歳月のもつ何やかやはすべて過ぎ去り、ただゆりの木の花が咲いた、という弾むような声が歳月を浄化して響いてくる。爽やかな一句だ。 わたしの知る「ゆりの木の花」は、上野の東京国立博物館の前にある。かなりの巨木だ。この木を囲むようにベンチがあって美術館で絵をみた帰りにこのベンチに腰をおろしてゆりの木を見上げる。黄色の大きな花が咲いているときもあるし、あるいは美しい黄葉の時もある。一度みたら忘れられない花である。 本句集の担当はPさん。Pさんに好きな句をあげてもらった。 独活噛めば群青の海傾きぬ 炎昼の轆轤に壺の生まれけり まびき菜のさみどり色のいのちかな 冬鳥へ透明な水そそぎけり 麦畑風の道筋見ゆるかな 片蔭のなき八丁の石畳 蒲の絮ほぐしつ兎眠らさむ かきつばた群青色の水流れ 蛇穴に入る少年は変声期 てのひらを重ねて春の寒さかな 『ゆりの木の花』は『Venus』に次ぐ私の第二句集です。平成十二年から二十七年までの作品の中から三百五十句を収めました。 来年は古稀という人生の節目にあたりますので、よい記念になります。 この数年間は、身辺に大きな変化がありました︒末の弟の急逝︑母の看取り……。第二句集上木は、母が後押ししてくれた気がしています。(略) 句集名は、東京国立博物館の庭で詠んだ句「牧野先生ゆりの木の花咲きました」に依ります。 「あとがき」を一部紹介した。 そうだったのですね、この一句、やはりあの東京国立博物館の庭のゆりの木の花だったんですね。 そうか、つまりは著者たなか游さんの、この木を植えた牧野博士とゆりの木の花への挨拶句だったのだ。 ほかに、 花さびた天領の水ゆたかなり 青酸橘きつく絞りし夜の海 蟲の世へ大きな壺の口ひとつ 春の潮臨月の髪ゆたかなり (長女) 楸邨の句碑へなだるる天の川 コスモスの百本の揺れあたたかし 本棚に論語全編さへづれり 白シャツの党首に握手されにけり 笹鳴や落款の位置決めかねて 青芒空のどこかが濡れてゐて 烏瓜ひとつは空へ返しけり 春満月淡く濃く母在はします 何か来る予感机に榠樝の実 子規の書の若々しさよ蕗の薹 野茨の実や水音の空より来 逆光のまぶしきゑのころ草を摘む 本句集の装釘は菊地信義さん。 著者のたなか游さんのご希望である。第1句集『Venus』も菊地さんの手による。 超多忙の有名な装釘家であるが、著書のご希望を快く受入れて下さった。 やや左に全体が寄って、すべての文字が求心的に集められ、余白を活かしたレイアウトとなっている。 用紙は、カバー、帯、表紙、扉、すべて同じ種類の色と斤量違いのものを使用。 草花模様が浮き出るもの。 表紙はベージュ色。 この用紙によって句集が落ちついたものとなった。 透明感のある紙だ。 装幀は『Venus』と同じく菊地信義先生にお願いすることができ、身に余る光栄です。 と、たなか游さんはことのほか、喜ばれたのだった。 冬の蜂マリアの右の頰にをり このただ事実を述べただけの一句に心が引かれる。冬の蜂だからすでにもう動作もにぶくよろよろしている。きっとじいとして動かないのだろう。マリアとあるが、これはマリア像のことだ。人間のマリアだったら冬の蜂といえども右の頬には止まらせては置かないだろう。大騒ぎになる。この句、声にだして読んでみると、イの音が巧みに配合されており、冬の蜂もマリアも右の頬も碁石を置く如く配置されて動かず、その配置はまるで大いなる意志によるかのようだ。マリアの右頬に最後の救済の場をささやかに求めている冬の蜂。「をり」という止め方が、蜂の意志をも思わせる強さがある。神の恩寵のぬくもりがあたりを支配している。 なんとなく顎のせてみる秋の雲 中井保江 句集『青の先』(ふらんす堂)から。この句、この句集の中の好きなものの一つだ。「なんとなく」という曖昧なところが好き。秋の日の窓辺の光景だろうか。まるで一枚の絵のような俳句だ。俳句はしばしば言葉の絵として素敵な表現になる。 今日の朝はうろこ雲に空が蔽われていた。 わたしはそのうろこ雲にむかってハンドルを切った。 キーン。 ちょっと飛ばしすぎだ。 いい歳してんだからさ、運転はもう少し穏やかに。 と自分に言い聞かせたのだった。
by fragie777
| 2016-10-12 20:12
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