ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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甕を充たすもの。

10月7日(金)  旧暦9月7日

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今朝の仕事場への道。


甕を充たすもの。_f0071480_18283695.jpg
カーネルサンダースおじさまの手には何もない。




今日は無駄口を叩いていないで、新刊紹介をしたい。

鈴木明句集『甕』(Amphore)


甕を充たすもの。_f0071480_18310438.jpg
四六判ドイツ装函入り 232頁

著者の鈴木明(すずき・あきら)氏は、1935年東京・芝三田生れ、現在は東京・品川区在住。1960年、伊丹三樹彦に師事、第2次「青玄」に参加、1969年楠本憲吉主宰「野の会」創刊に参加、1985年「実の会」俳句会創立、指導、1999年第53回現代俳句協会賞受賞、2003年「野の会」主宰継承、現在にいたっておられる。本句集は2011年から2016年までの作品を収録した第5句集となる。跋を高橋睦郎氏が、栞を筑紫磐井、高山れおな、的野雄の三氏がそれぞれ書かれている。句集『甕』には「Amphore」とルビがふられているのでそのように読むのかもしれない。

高橋睦郎さんの跋は「春の人へ」と題されている。各章から印象に残った三句ずつを選び、「ここから何が見えてくるか」と記す。

ゆくりなくも私の意識にのぼったのは永田耕衣七十歳代初めの絶唱「少年や六十年後の春の如し」。ここに抽いた十八句、そして十八句に代表されるこの句集の全句が、この耕衣句の具体化した各論のようにも見えてきたのだ。(略)
だが、鈴木明は老年の感懐と過去への追憶とにとどまってはいない。年ごとに回帰する自然の生命力に改めて讃嘆を送り、現在の若い世代にかつて自分たちを襲った同じ苦難が襲うかもしれないことを真剣に憂えている。それこそが鈴木明の「六十年後の春」、いや、七十年後の春なのだろう。
鈴木明よ、この上にも加餐・自愛されて、この七十年後の春を、さらに八十年後の春へ、さらにさらに九十年後の春へと、いよいよみずみずしく、いよいよせつせつと、深められんことを!


高橋さんがどんな一八句を選ばれたかは、是非この『甕』の頁を開いて読んでいただきたい。
三人の方たちの栞も抜粋となってしまい恐縮だが、紹介したい。

筑紫磐井さん。「言葉は自由に」というタイトルだ。

現代俳句の祖である正岡子規は言葉の組合せに注目した。常に新しい言葉の組合せに俳句の新境地を見ようとした。写生ということも、陳腐な言葉の組合せを脱却するために主張したふしがある。リアリズムが大事だとは必ずしも思っていなかったようだ。なぜなら子規は題詠が大好きだったからだ。
こんなことをいうのも、言葉の組合せに常に潔癖であるのが鈴木明という俳人だからだ。『甕』をめくってみても、世の著名俳人には見られない言葉の組合せが続々と登場する。
 振り返るイグアナと僕薔薇同盟
 母死んではや半世紀夢見蜘蛛
 女は虫カフカが困るほど変る
 おおかたは中流の貧赤のまま
 東京タワーにたましい入る憲吉忌
 去年今年時代の馬が振り返る
 雛まつり黒い聖母がひっそりいる
(略)鈴木氏の本領が、俳句とはこうしたものという固定観念を常に脱却していることが分かる。別に肩肘張っているわけではない、思ったことを思ったままに詠むという自由さだ。これこそ、師楠本憲吉から受け継いでいる財産であろう。

高山れおなさん。「アンフォラが湛えるもの」

前句集『〇一一年一月』について「俳人・鈴木明の〈戦後〉という時空の凹凸」云々と記していたのは安井浩司が同書に寄せた跋だが、五年の余を隔てた『甕 Amphora』にはまたそれとも異なる時間が流れはじめているようだ。(略)。異なる時間と言っても方法や文体の大きな転換ではなく、そうした劇の到りついた先に〝今ここ〞を濃(こま)やかに慈しむ呼吸のようなものが際立ってきた、その辺りを指すまでだ。ただ、その〝今ここ〞が作者の自己および俳句形式と純乎(じゅんこ)として一枚になるのではなく、三者の間に独特の違和の感触を残すことがあるのは、「憲吉門下クソ残党」たる作者のモダニズムだろう。(略)
 天猫(てんびょう)地猫(ちびょう)芒種の頃の庭よぎる
庭を過るのは猫なのだから、「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」(金子兜太『遊牧集』)ほど突拍子もないことを言っているわけではない。しかし、本当だろうか。
猫は猫でも、「天猫(てんびょう)地猫(ちびょう)」なのだ。ここで最初に取り上げた句の「猫町」の正体も知れた次第だが、作者にとっての俳句が〝今ここ〞をそのまま異界に転じる幻術であることはいよいよ明らかだろう。この猫たち(おびただしい数に違いない)に向けられた視線が帯びる愛│言えば、幻術の底にある魂│とすれ違わないことが本書を読むに際しての肝要かと思う。

的野雄さん。「寸間」

著者・鈴木明氏と初めて会ったのは、昭和三十年頃、師楠本憲吉が靑玄の東京支社長となり、師の趣好により鎌倉瑞泉寺へ吟行することとなった。西東三鬼・清水昇子両先生も同行されたと思う。その場にいた故吉本忠之氏もすでに、明氏と療養中、同僚者として、明氏とは旧知の間柄であった。(何分古いことで、瑞泉寺へも何回か行ったので、やや記憶ちがいもあるかも知れない)
明氏とは、鎌倉の何処かで待合せたが、スケッチ帳と杖を持って居られた。かなり以前からどちらかの足が悪かった。
さて、句集は、平成十年以降、二年ごとに抄名を付し、編集されている。
私は、これらの作品から、あらかた素材別にそれぞれ何句かを抽出した。
(略)
伊丹三樹彦、楠本憲吉のほか、鈴木六林男は心の師であろうか。加えて伊丹公子もこれに類すると思われる。
 東京タワーにたましい入る憲吉忌
 六林男の忌ぼくの「内なる天皇制」
 逝きし公子の襟より出でし 鶴よ
 蝮(マムシ)酒届く南の優婆夷(うばい)より
蝮酒は焼酎に浸けて造られる。優婆夷は、梵語、在俗の女性の仏教信者とある。「焼酎をよく貰う」と、明氏は言う。焼酎は、甕に入れられて造る。句集名の由来である。

この句集の担当はPさん。★は特に好きな句であるということ。

 赤いくつした履いたまま寝る冬の金魚 ★
 俺おれおれと広がる俺や穴惑い
 雀が消えた佐保姫がたべたのよ
 女は虫カフカが困るほど変る
 光は春へ縄文十一人骨出土
 少年に鏡の形見雁渡し ★
 蜥蜴は刹那跳弾となり穴を出る

この句集は『〇一一年一月』に続く第五句集である。平成二十二年より現在に至る句を収めた。句集名を『甕』としたのは、古代ギリシャや、アッテカの甕、アンホラのその優美な形が頭にあったからだ。
ワインのアンホラは高さ四十五センチ、容量はおよそ三十九リットルのものに規格統一されていたらしい。西洋名画の、ミューズが肩に置くあの甕、唐風ではない、バターくさいあのイメージである。底に溜まった塩、あるいは古酒こそわが俳句の残滓かもしれない。しかし直接、句集のなかに「甕」を詠んだ作はない。

「あとがき」を抜粋して紹介した。
ほかに、
 俗骨をわれ慙(は)ず白菊黄菊の前
 ほな起きてぼちぼち行こか初冥途
 なゐの国非軍のさくら北上す
 おくりびと白雨にビニール傘ひらく
 振り返るイグアナと僕薔薇同盟
 黄金のリンゴの半旗ジョブズ氏逝く
 うらうらと死があり赫と冬紅葉
 面構えよき巨石(おおいし)に蝶繫がる
 子宮恋えば母炸裂す木晩闇(このくれやみ)
 標縄の大滴りが山濡らす
 養豚君らの屠 場幻想を猪は知らず
 釡底を野分うろうろ老い難し
 しぐれて二人月面にいるようじゃないか
 光は春へ縄文十一人骨出土
 衣更ちちはは兄姉みないない
 天こそ有限と蝸牛儒者の声
 古代頭蓋の縫合痕よ青鷹(もろがえり)
 夜遊びも面倒だなぁ春蚊の声
 麦秋の明るさ部屋干しスニーカー
 月明かりの二階異界の母と臥す
 集中力の初瘤ふやすぼく傘寿
 昼(ひの)庭(にわ)を妣の日傘は過ぎ去りゆく
 柿齧る皓歯肉食少女H
 キャベツ畑徴兵制が粛々くる
 俺の嫉妬と陽のひまわりの芯黝し
 「甘えなさい」葉月母の忌母のこゑ

集中「母」を詠んだ句が少なからずある。わたしはけっこう好きだな。とくに「妣の日傘」の句。そして「炸裂す」も「甘えなさい」もいい。著者にとっての母像が浮かび上がる。


本句集の装釘は和兎さん。
ドイツ装であるということ、しかも函入り、そしてすべてお任せということで和兎さん、女装もアルコールも断って燃えた。


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函はダンボールを使って軽いものとした。これは重厚なものにしてしまうとかえってダサイ。
段ボールに表は白い紙に印刷したものを貼ってタイトルと名前は黒メタル箔。

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平面は文字のみ、背と天地に図案を印刷。


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函の中にはシルバーの紙を貼る。


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本体はドイツ装。


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平面の裏と表にはこの甕の小さな図版が空押しされている。



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この鋭角的なラインが美しい。
わたしは長い間、この造本に魅了されている。


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こちらも平面は白、背のみ図案入り、タイトルと名前は黒メタル箔。


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花切れの白は和兎さんのこだわり。
スピンのみ赤。

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凝った造本であるができるだけ色を抑えることによって、瀟洒な仕上げとなった。


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白鳥が羽をひろげたように美しい。


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ノドの開きもまことによろしい。
本文も白い用紙を使い、全体的な統一感を出す。


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見返し。
この図版は統一的なテーマである。
函にも表紙の背にも使われている。

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シルバーの地に白刷り。


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栞は黒の用紙に銀刷り。


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扉。


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函と表紙。

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表紙にはグラシンをまかず、セロファンを巻き、函から取り出したときの印象を大事にした。


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シンプルな輝き、しかし本を手にした人に本の物語が展開していく、そんな一冊の句集となった。
鈴木明氏の豊饒な作品世界を瀟洒につつみこんで清廉にしあげた一冊とも。


  囮からすの気ふさぎどちりなきりしたん


「どちりなきりしたん」に思わず立ち止まった。なつかしい言葉だ。「どちりなきりしたん」とは「キリスト教の教理入門書。キリシタン版の一つ。現存する諸本のうつ、天草体ドチリナ-キリシタンは1592年(文禄1)ポルトガル宣教師がローマ字綴の日本語で問答体に記したもの。当時の日本語(京都方言と推定)の音韻、語法、語彙の研究上貴重な資料。」とは広辞苑による。キリストの救いを民衆につたえるべく分かりすい言葉にした宣教師の汗と涙の結実としてのどちりなきりしたんである。カソリックの教理問答ではあるが、青春時代の一時期、十字架のイエスがいつも心を占めていたとき、この「どちりなきりしたん」の存在を知った。美しい響きとこころにしみいる言葉で神の救済を説くそれを。「どちりなきりしたん」というこの言葉そのものに悲しみが宿っている。本句集「甕」でふたたび出会った「どちりなきりしたん」。しかも、「囮からすの気ふさぎ」がともにある。それも妙にうなずける何か。。。。わたしのお腹のそこでどちりなきりしたんが響いている。



お腹と書いて、お腹が減っていることに気づいた。
まだ、夕飯ではなく夜ごはんを食べていない。
急ぎ帰ろう。


明日から三連休。
ほぼ、仕事かな。。。。







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by fragie777 | 2016-10-07 22:08 | Comments(0)


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