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7月20日(水)露伴忌 旧暦6月17日
「可愛らしい花、なんていう花?」と友人が友人に尋ねた。 「ああ、これね、ハクチョウソウって言うのよ」 「白がきれいね」 そんな会話が交わされていた。 わたしは、(白鳥草っていうのか。でも白いだけで白鳥のイメージとちがうじゃない)と思っていた。 いま写真をブログに載せるにあたって調べたところ、えらい勘違いをしていたのである、yamaokaは。 「白蝶草」であった。。。。。 なるほど、そうであるなら納得である。可憐な花びらが白い蝶の翅を思わせる。 わたしの心のノートを開き「白蝶草」と記したのだった。 新刊紹介をしたい。 著者の福井芳野(ふくい・よしの)さんは、昭和19年(1944)生まれ、東京小平市在住。平成3年(1991)に俳誌「未来図」(鍵和田秞子主宰)によって俳句をはじめ熱心に句作に励まれたが、ご家族やご自身のご病気もあって一時中断されることになる。その後お身体が回復されるのを待って再び俳句をはじめられたのである。10年の休養期間を経て俳句を再開した福井芳野さんは、平成26年(2014)に「未来図」同人となられ、こうして第1句集『秋薔薇』を上梓されるに至ったのである。本句集には序句を鍵和田秞子主宰、跋文を編集長の守屋明俊さんが寄せている。 日輪も風もやさしき秋の薔薇 鍵和田秞子 句集名を詠み込んだ序句である。 跋文を寄せた守屋明俊さんの鑑賞を紹介したい。 蝌蚪はみな尾をピチピチと回復期 穀象やあめつち畏るることもなし 蜥蜴跳ぶ一閃といふ美しきもの ラムネ抜く雀四五羽を飛びたたせ 紙魚走る三段組の清張集 句集は、「春」「夏」「秋」「冬」に分けて作品を纏めていて、それぞれの章に十数年掛けて作られた句が的確に配置されている。その中で最も注目したのが、小さな命を詠んだ右の句。「蝌蚪」「穀象」「蜥蜴」「雀」「紙魚」は一例だが、生き物への畏敬の心が伝わってくる。蝌蚪の句の「回復期」は、作者自身の病気回復期を指す。蝌蚪の生命力に勇気を貰った傑作である。二句目では、穀象のふてぶてしい姿、所作に「あめつち畏るることもなし」というやや大仰な賛辞を贈っており、蜥蜴の素早い動きにも福井芳野さんは「一閃といふ美しきもの」の美辞を贈る。四句目の雀四五羽は、ラムネの玉を抜いてラムネが零れてくるまでの瞬時の音への反応が可愛い。紙魚の句は推理作家松本清張の古書の紙魚を、御丁寧にも「三段組」に走らせている。どの句にも慈愛の気持ちが流れているし、作り方が大胆である。小動物にも植物にも心を通わせ、その本質を見事に詩的に表現している。 秋薔薇母娘の声のそつくりに 娘と孫娘を詠んだものですが、これは息子と孫息子にもあてはまり、声を聞き違えることがしばしばです。私も母の声とよく間違われましたので、今、同じことを経験していることになり、年月の流れを感じずにはおられません。心優しい子供や孫たちの声をこれから先も長く聞いていたいという思いから、また子供たち家族の幸せを願い、「秋薔薇」を句集名としました。 「あとがき」の言葉である。 長き夜の草田男集に頭を焦がす 俳誌「未来図」は、中村草田男の師系につらなる結社である。福井さんの作品を読んでいるとやはりそこに内省的、思索的な作者の顔が浮かび、季題に触れて生を実感する作者像がみえてくる。草田男句集を熱心に読む作者であることは言うまでもないが、「頭を焦がす」ほどの熱心さだ。この表現は草田男の俳句の重量に対してピッタリかもしれないと思った。「頭を焦がす」作者も見えてきてちょっと可笑しい。勉強熱心な福井さんでもある。 ほかに、 電車快走カーブの先に春の海 水草生ふ逆らはぬこと性として つばくらや掠めし壁に声残す 子を捕ろ子とろ糸桜揺れゐたる 花馬酔木触れなば紙の音すこし 暑し暑し氷河声あげ崩れゆく さうめんを犬にも分けて凡家族 去年よりも低しよ母へさす日傘 燈火親し軽き飢ゑさへ心地よく 羊みなカントの顔や秋の牧 かしこにも零余子のこぼれ子は旅へ 唐辛子きりりと螺子を巻く色に 我さきかコスモス先か揺れてをり どんぐりの弾むや吾も歩まねば パンのみに生くるや落葉踏みしだく 押しくらまんぢゆう佃は子供多き町 山茶花や夕刊届く法隆寺 柚子風呂やけふのことみな遠くあり 白鳥の群れゐてこゑの交はらず 明日あるを信ずる力冬木の芽 本句集の装幀は君嶋真理子さん。 すばらしくエレガントな仕上がりとなった。 横にストライプの入った光沢のある用紙を用い、集名は金箔を押した。 見返しはやや淡いピンクのマーブル模様が入ったもの。(この写真だといささか暗い) 福井芳野さんは大満足をして下さった。 少し病み枇杷のうぶ毛を愛ほしむ 枇杷のうぶ毛をわたしは愛おしんだことなど金輪際ない。枇杷を買えばすぐに皮をむき、すぐにかぶりつく。ああ、でもうぶ毛があったんだ、そう言えば。この句に会って、手の感触が蘇った。しかもそのうぶ毛を愛おしむ作者がいる。「少し病み」で納得する。繊細な心ばえの1句である。好きな1句だ。 「ふらんす堂通信149号」を校了にした。 今回、特に連載ものがどれもおしなべて良かった。 どの執筆者も力を抜いていない。当たり前のことかもしれないが。 明日下版しにて、今月末の出来上りをめざします。 お楽しみに。 (←この顔が何を意味してるかわかんないけど)
by fragie777
| 2016-07-20 20:14
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