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7月15日(金) 盆 中元 旧暦6月12日 今日までが〆切という「ふらんす堂通信」の原稿をいまだ書けないまま、ブログを先に書きはじめた。今朝に知ったことであるが、明日から3日間の連休になるということなのでこの連休の間にそれを片付けることで許してもらおう。 今日はよく仕事をした一日であった。 (途中居眠りもせず、今日出しの宅急便を6コほど作った。これは単に梱包をした、というだけではない、もちろん分ってくださると思うけど、ゲラをチェックしたり、帯をつくったり、手紙を書いたりそりゅあ、こもごもいろんなことをやった。なにしろなんでもやらなくてはいけないのである) わたしの日課として、あるはずのないものがない、「ないわあ、どうしたんだろう」とひとしきり騒ぎ、そのうちに出てくる、ということがもちろん今日もあって、もう誰もとりあってくれない。わたしがあまりにもうるさく言い続けると、「あるはずですよ!」と言って、Pさんが立ち上がり引きだしの中をゴトゴトすると、不思議なことにすぐに出てくる。 Pさんはどうやら魔法が使えるようだ。 新聞記事を紹介したい。 東京新聞の7月12日(火)の朝刊に蛇笏賞受賞の矢島渚男句集『冬青集』のことが取り上げられている。 昨年刊行された句集と歌集の中で優れたものに贈られる第五十回蛇笏賞・迢空賞(角川文化振興財団主催)の贈呈式が東京都内であった。半世紀の節目となる受賞作は、蛇笏賞が矢島渚男さん(81)の句集『冬青集』(ふらんす堂)、迢空賞が大島史洋(71)の歌集『ふくろう』(短歌研究新聞社)。ともに半世紀を超す研さんが結実した一冊が選ばれた。 矢島さんは長野県上田市で俳誌「梟(ふくろう)」を主宰。大島さんの受賞作が「ふくろう」とあって「今年はフクロウのあたり年」と受賞の喜びを語り始めた。1957年、石田波郷に師事し、波郷後は加藤楸邨に学んだ。「私は俳句の協会にはどこにも属していない一匹オオカミならぬフクロウ。そういう人間の受賞は俳句の世界でもいいことじゃないかと思う」と矢島さん。 結社の色に染まらない自分らしい句を作るために、長く古典を勉強してきて、現在、松尾芭蕉の『奥の細道』全文の新しい解釈を執筆し終えたところという。選考委員の一人、長谷川櫂さんが「型破りな大きな自由発想」と挙げた作品は、〈宇宙論軒のさみだれ巡らせて〉 7月10日付けの神奈川新聞では、酒井弘司さんによって菅美緒句集『左京』が取り上げられている。 句集名の「左京」は、作家の生家が、京都市左京区にあったことによる。 三尊を離れ泰山木の花 戸を開けて観音さまへ青田風 生まれ育った関西の歴史風土を宿し、情感がある。 更衣立ち止まるたび天仰ぎ 草に寝て水の匂へる暮春かな 秋澄むや頬に観音ほどの笑み 3句目、「善光寺境内、森澄雄先生」と前書きがある。 生前の澄雄は、温和でまた厳しくもあったが、その師へ向ける優しいまざなし。 「更衣」「草に寝て」の2句は、その澄雄の清冽な叙情を揺曳している。 秋晴れや子規のあたまのやうな石 昼顔や宇宙のこゑを受信せる 地上から天空へ、時空を超えた句。こころを無窮に解き放ってみせてくれる。 菅さんは、「杉」同人を経て、「晨」「梓」同人。大和市在住。 菅美穂句集『左京』は評判がとてもよく、残念ながら品切れとなってしまっている。 関悦史さんによる「ウラハイ=裏「週刊俳句」の「水曜日の一句」は、 岡野泰輔句集『なめらかな世界の肉』より。 シュルレアリスム展みなあたたかし手のしごと 岡野泰輔 戦前の前衛芸術運動、シュルレアリスムの美術作品も、現在から見ると既に古典の位置にある。前衛が成立するのはモダニズムの枠内のことであり、ポストモダン以後である現在から見ると、グループでユートピアを目指すごとく、一団となって新奇な表現へ邁進する姿勢そのものが、古き良き時代に見えてしまうのである。 その古色のついた良さを捉えているのが「みなあたたかし」という表現と、「手のしごと」という着眼なのだ。当時の作品がいかに新奇であろうと、それらは全て手作業で成り立ったものであり、パソコンのディスプレイ上で制作されたものなど当然ながらない。「手のしごと」という把握には、実際に油絵の構図やタッチのひとつひとつを目で追っている者の、感興と息吹きがある。 冒頭からはっきり示されているように、この句は「シュルレリスム」に関する概念的な裁断といったものではなく、「シュルレアリスム展」についての体感的な批評の句なのだ。個々の作品の奇抜なイメージと、あたたかさを感じさせる手仕事の痕跡とのあわい、そこを語り手は緩やかに歩いていく。それは同時に、シュルレアリスムの時代と現在とのあわいでもある。その中にひしめく手仕事の痕跡たちは、虚空的でありながら、とてもなまなましい。 いま中原道夫さんの句集の製作をすすめているのだが、本日初校ゲラの戻しと共に写真が数枚同封してあった。なんの写真かと見ると、それはもう大分昔の懐かしい写真だった。 中原さんより電話をいただき、「古いネガが見つかったので現像してみた」ということで、「持ってないでしょ」と送って下さったのだ。 すべて中原道夫さんが撮影したものなので、彼は残念ながら入っていない。 これは、田中裕明さんの第三句集『櫻姫譚』の出版祝いを新宿のゴールデン街でやったときのものだ。『櫻姫譚』が1992(平成4)年の5月の刊行だから多分その少しあとだと思う。 田中裕明さんをよく知る俳人の方々に声をかけて新宿に集まったのだ。花園神社で撮影したものもある。ここに映っているのは、田中裕明さん、四ッ谷龍さん、冬野虹さん、正木ゆう子さん、大井恒行さん、木村定生さん、猪村直樹さん、そしてyamaokaである。 みな、とびきり若い。 ほかにも大木あまりさんが出席、しかし先に帰られた。片山由美子さんもそうだったと思う。記憶が少しおぼろげである。岸本尚毅さんはお仕事の都合で来られなかった。いやいや、この後カラオケに行ってそこに岸本さんが来られたのかも。(わたしは多分先に帰ったと思う)。 田中裕明さんとは新宿でよく飲んだ。 いつも楽しいお酒だった。 この写真を見ていたらその当時のことが前後の脈絡なく蘇ってきた。 時間は解体され田中裕明を核にした一つの記憶の塊となって、まるで多面体のルービックのようにその場面がさまざまに蘇るのだが、いったいその記憶の時がどの辺に位置するのかはもはや判然としない。 みんないい笑顔をしているではないか。 21世紀の今よりはるかにのどかな時代だったのかもしれない。
by fragie777
| 2016-07-15 19:09
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