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7月2日(土) 旧暦5月28日
![]() 木槿は秋の花である。 「現代詩手帖」7月号は、吉増剛造特集である。 「吉増剛造、未知の表現へ」 国立近代東京国立近代美術館では、いま「吉増剛造展」が開催中である。 「声ノマ 全身詩人、吉増剛造」 わたしはオープングに行ってあのあとはまだ行っていないのだが、わたしの友人で行ってきた人間がいる。 「行ってきましたよ、なんというか、面白かったけど、一回じゃダメだね。何度か行ってみないと」 ということだったが、それは正解だ。わたしもそう思っている。 「大野一雄との映像が凄かった」と友人。 行くたびに発見がある「吉増剛造展」であると思う。 いま書店に行くと、吉増剛造の本がたくさん並べられている。 その精力的な仕事に圧倒される。 「現代詩手帖」7月号で、詩人の杉本徹さんが吉増剛造について書いていた。杉本さんの文章なので全部を紹介したいところだが、書きだしのところのみを紹介したい。この一文をもっても吉増剛造という詩人をよく捉えているとわたしは思った。タイトルは「フィルムを感光する」。 つくづく思うのは、吉増剛造とは、流れやまないひとすじのフィルムのような現象であるということ―つまり時空と相搏ちながらはてなくさすらう運動体であり、生の現場の総体をまるごと詩の生成へ向わせるという。およそ何びともなしえなかった未踏の領域の、裂開の光景、その連続体である。 この特集の前半には吉増剛造と城戸朱里の対談があるのだが、そのなかで吉増さんが言っている文章を紹介したい。これはわたしの個人的な興味もあるのだけれど、吉増さんは先日お目にかかったときに「僕はいつも韓国語の辞書を持ち歩いているんです」とおっしゃっていた。もう少しそのことについてお聞きしたいと思ったのだが、ついに聞きそびれてしまっていたのだ。それについて語っておられる。 吉増 ぼくは意味がわからないのに、つねに韓日小辞典を持ち歩いて、そこから筆書きしたような姿形のはんぐる、その文字の妖精が精霊のような姿を紙面に定着させて、その向こう側、空白から詩が生じてくるのを見つめようとしていました。いま城戸さんのお話を聞きながら、はんぐるを切り貼りしながら、音も楽しみながら置いたとき、小さな龍をそこに置いていたなというイメージが湧いてきていました。選んでいる言葉が虫の韓国語である「ボルレ」とか真っ白の韓国語である「ハーヤッタ」とか、もうそれから先へ行くと、イメージ、ヴィジョンが消えてしまうようなはかない状態の龍を紙面に仮に置いて、海全体が龍になってしまうような、宇宙の凶暴な状態にかすかに対抗しようとしていたみたいですね。 この「「ハーヤッタ」という言葉は、「ふらんす堂通信」の吉増さんの連載にもよく出て来る言葉だ。 ハングル語の響きはどこか心地良い。 ほんの一部をパッチワークで紹介することになってしまって恐縮だが、興味のある方は「現代詩手帖」7月号は吉増剛造特集を読むことをおすすめしたい。 「現代詩手帖」7月号では、ふらんす堂より刊行された手塚敦史詩集『1981』について、阿部嘉昭さんが「詩書月評」で取り上げている。 手塚敦史『1981』。若手男性、その抒情詩の実相は、手塚と久谷雉(近作では『影法師』)との対峙に、その全体があるような気がする。手塚の前作『おやすみの前の詩篇』では帰属先の分明ではない具体的な記憶の欠片がきらめいていた。手塚の詩作にはそうして非人称的なフィルターがかかる。本作『1981』ではそのフィルターがあきらかに「塵埃のようなもの」にまで昇格、それが詩的文法の関節を外しだすような逸脱がかたどられる。こうした文法破壊の不安定さが手塚よりも端正な久谷の詩にないものだ。手塚にあるのは方法論的な老耄の先取、詩作の意志的な減衰ではないか。まずは了解のぶれない巻頭詩篇「ひかりは、カスタネット」(全篇)をみてみよう。 思いだす人々がいる それは埃が積もっており、使うのに一瞬 ためらいがある 物と似て、どこか時間の彼方の 生暖かい風を運んで来る 静電気は眠り、気配は失せ、合図は伝わらず 痺れを切らし いたるところに窓の音寄せ 思いだす人々は、しろい毛玉を被る 粉とみわけがつかない 境界面への いりぐちでぐち 端には、蜘蛛の巣や虫の死骸の 薄さや軽さ含み 射すもののあらわな、はざまへと、 葬られてゆく それは 塵を払えば舞い─ 指には、付着しだす 塵埃と親和する記憶が本質的にもつ「間隔」、それが身体に作用してしまうこの不如意では、あきらかに自己減衰への肉薄が意図されている。この肉薄は詩篇細部を逆に分離させてゆく。運びの病理を具現している箇所を抜書きしてみよう。 …結局、どこから来て、どこへ行くのか、そして何ものなのか もたらされた問いと かさねられて いつしか、別の方角へ 別れ …かこう 灯は、とおくから うつろい、目の前の…それに触れることをおそれている (「恋人たち」部分)。掲出中、「…」は吉田文憲的であって、しかもしれを覆す抒情記号だ。了解ではなく不安定さが狙われているためだ。一行内字数の不均等も読みをゆるがせるのだが、とつぜん闖入する「かこう」とは何か。「書こう」「加工」「河口」「下降」「火口」「河港」…などにぶれながら解答が出ないのではないか。ついでに「解答の出ない」圧倒的なイメージも抜いておこう。 中心からまっすぐ消えていった樹木 (「しず気」最終行)。正直をいえば手塚詩の変貌は何度読んでもつかめない疲弊をももたらす。よって最後は好きな一作を。助詞の斡旋が破格であるため詩のはこびの容積がふえている詩篇「映像」全篇(連作「わたしは本を読む」中の一)――。 静かにそこにあるキンモクセイの においに、わたしは目を通して映った もののしろさを徐々に 離れてゆけるような気がしていた 両手には爪があって、下ってゆく時のことを かたちにはしないまま豊かであって のびやかなままを保つ すすみゆく はだの内気に、目を奪われてしまった シーラス、いつのまに 置かれるほどの透明がここにあると言えたのだろう わたしたちはちょうどいいすべてが ぜんかいする星のほとりから 消えていった 同じく7月号の俳人田島健一さんによる連載「俳句のしるし」は、「もうひとつの時間」と題して、高柳克弘句集『寒林』についてである。 髙柳克弘句集『寒林』は著者の第二句集。「形式の可能性をせめ続けることが形式への最大の礼儀」と決意を示した第一句集『未踏』から七年の歳月が過ぎた。 この間に、自分は「ものを書く」ということでしか生きる実感を得られない人間だと自覚した。そして、社会の通念や価値観とは隔たった生き方に、俳人としての未知を見出そうと決意した。特に後半の句には厭世の気分が濃い。(「あとがき」より) ここで著者自身が言うように、本句集の後半の句には前半の句とは少し異なる気分が漂っている。しかしそれは「厭世の気分」とも少し違う。それはむしろ「あとがき」の後半に書かれた気分ではないか。 そしていま、私の歩んでいる道を、同じ気持ちで歩いている、同時代の若者もきっといる。未来の誰かもまた、ここを通るはずだ。彼らの胸に、この集の句が一つでも去来することを、祈らずにはいられない。(「あとがき」より) 少々気負ったようにも読めるが、これをロマンティシズムやナルシシズムとして解釈するべきではない。この気分はもっと具体的な若者の主体を支える何ものかだ。これは現実的な質感のあるものとして作品の中に書き込まれている。それは、いわば俳句のふたつ目の時間とも言える。 かつて山本健吉は、俳句における「時間の抹殺」ということを言った。 それはもはや、時間の法則に従わぬということ、存在様式としての時間性を有せぬということ、(中略)すなわち詩たるべき条件を具備しないということのうちに、固有の方法が胚胎する。(「滑稽と挨拶」) けれども俳句には、こうして「抹殺」された時間とは異なるもうひとつの時間が流れている。それは書かれた句の表層に印づけられて、言葉と言葉の隙間で額に汗し、じたばたと足掻き、息切れを起こすのだ。まるで「書かれたこと」を演じる演者が、演じている時間とは異なる演者自身の固有の時間を生きているように、この「もうひとつの時間」を生きる主体のまなざしこそが作品の射程となり、作品を支える〈対象〉として顕現する。 『寒林』に通底する気分は「もうひとつの時間」を生きる著者自身の現実である。同じ道を「同じ気持で歩いている、同世代の若者」もまたその現実に同一化し、それによって彼自身の固有の時間をつくりあげてゆくだろう。『寒林』はそのために書かれた句集だと言っても過言ではない。 暖炉燃え絵本の王国は不滅 ハングル語について言えば、わたしの知り合いで韓国が好きだという男性がいる。 歴史に興味をもっている彼は韓国によく旅行に行っているようだが、 「ハングル語の響きがすごくいい、なつかしいものがある」と言っていた。 わたしも皆さんよくご存じのように韓ドラをよく観る。 (こちらはまったくミーハー的ではあるが……) ハングル語は激しいなって時として思う。 ハングル語の詩は不思議だ。 朗読されると底知れぬ悲しみがそこに湛えられている、そんな風に思えることがある。
by fragie777
| 2016-07-02 19:40
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