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6月30日(木)大祓(夏越) 旧暦5月27日
すると、なんと仙川郵便局の真向かいにお花屋さんが出来ていた。 昨日はやはり家に着いたのがちょうど夜中の12時。 やはり遅くなってしまった。 右は後藤比奈夫先生による弔句。 左は立夫氏の絶句。 疾く行けよお花畠に母が待つ 合掌 比奈夫 ころはよし祇園囃子に誘はれて 立夫 このお花畠とは、かつて比奈先生の奥さまの恒子夫人が亡くなられたときに、比奈夫先生が詠んだ「お花畠」である。 手をつなぎやりたやお花畠見ゆ 比奈夫 稲畑廣太郎氏は、今日ご葬儀に参列されるという。 今日の俳句日記は、立夫氏への弔句である。 新聞記事を紹介したい。 29日付け毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、矢島渚男句集『冬青集』より。 では剥いてやろ空豆の宇宙服 矢島渚男 空豆の宇宙服がいいなあ。私も剥いてやりたくなる。もちろん、冷えたビールを飲みながら。少年時代、青い空豆、枝豆などを食べる習慣がなかった。それらは熟れてから食べる豆であり、空豆は煎ってポリポリ食べた。青い空豆や枝豆に出合った。びっくりした。 29日付けの讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、髙柳克弘句集『寒林』より。 ビルディングごとに組織や日の盛 髙柳克弘 炎天のビル街。作者の目にはビルという鎧(よろい)をまとう人間の組織が透けてみえるのだろう。会社や団体になどの組織は人間の活動を展開するためには必須のもの。しかし組織の外部や内部に向って非情に動くこともある。句集『寒林』から。 塩嵜緑詩集『そらのは』は、古(いにしえ)の日本語の美しさとゆたかさを意識的に用いながら、過去と現在、生と死、自然と自己を交錯させる。梢に「そらのは」がさやぐように言葉の先端で亡き人々のいのちが蘇る。第2部と第3部は古の貴人、上人、民衆などへのオマージュだが、第1部のテーマは母の死の悲しみだ。前者の境地は恐らく後者の体験をくぐってこそ生まれたのだろう。 菊の花のうつくしい季節に 母は死者となり 非在の家(や)内(ぬち)に 一日前は言葉を交わした 二日前はみかんを食べた その前は その前の前は などと (略) 花がその命を終えて 花弁を散らすときに 途方もない力を生むものかと 思いもした 大輪の菊が 自身の重みに耐えながら ある日 とつぜんに その太い立派な茎の向きをかえて ぐらりと 花首をまわす 菊は どのように 飛んだのだろうか (「菊がとぶ」) 手塚敦史詩集『1981』は、固有の文法と文脈で言葉の破線を紡いでいく。きれぎれの詩の吐息は、現実に繋がれつつ明滅する幻想の、明滅そのものを伝える。ただ何らかのかたちで方法論を示す必要はあると思う。 いまは一房のぶどうが 皿の上のしずくを、数えている 空にのぼり気づかれないほど毎日の 些細な あけくれに、かけることばも 持ち合わせず 雲影のコーラスに混ざる その脈を浮かべた あかむらさきの生物たちとともに ゆっくりと進み もはや他者が合いに来ることもない場所で ずっと視線を、ダンスフロアの 自由な、映像の彼らの 吹き消されそうな、 日々へ、灼き付けている (「ふたりのどこか」) スタッフの緑さんが、「ハッカ油」を持っていてときどきそれをサアーッと一吹きするとミントの香りがあたりに漂う。 蒸し暑い日にはなんとも爽やかな心地よい状態になる。 「緑さん、いいわねえ、わたしもそれを買ってみようかな」と言うと、 「yamaokaさん、むかし買ってすぐに瓶をひっくり返してしまったことがありますよねえ」と緑さんが笑いながら言う。 「ええっ! そんなことあったっけ?」 わたしは過去のうすぼんやりとした記憶をたどる。 すると…… ミントの香りが仕事場に立ちこめて、「ああ、もったいない、もったいない」と叫んでいる自分が浮かびあがってきた。 わたしはいったいどんだけ粗忽者なんだろうか。。。。 お知らせがあります。 明日、ふらんす堂のホームページが一新します。 時間はまだ確定しておりませんが、結構イメージが変わりますので、楽しみにしていてください。 スタッフの紹介記事もちょっと変更します。 スマホでも見やすくなりました。 そのうちに「ふらんす堂の放課後」も復活すると思います。 (さぼんなよお、ってわたしは言っているんですが。) 7月2日からは、「俳句日記」「短歌日記」は当日の午前0時にアップされます。
by fragie777
| 2016-06-30 18:35
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