花蘇枋＝愛人

４月１１日（月）　旧暦3月5日

花蘇枋。

後藤比奈夫先生よりお電話をいただいた。

「ご体調はいかがですか？」と申し上げると、

「まずまずです」ということ。

100歳でいらっしゃるのだから、「まずまずです」というお返事にはホッとする。

お声も明るくて、

「ぼくんとこの庭に花蘇芳が咲きました」というご報告。

二度ほどお伺いをしてお庭も拝見しているので（ああ、あの素敵なお庭に……）と想像がふくらむ。

　花よりも蘇枋に降りて濃ゆき雨　　　比奈夫

この句のことが話題になった。

「この句はね、妻よりも愛人の方が華やかに思えるという意味もあるんですよ」とおっしゃって比奈夫先生は上品に笑った。

あれほど奥さまを愛されて女遊びとはほど遠い比奈夫先生であるが、そこは粋な上方のお人、

花を詠みながら句の上でこんな風に遊んでみせる。

「花蘇芳」が、愛人とは。。。

おもしろい。

もう一句。

　花蘇枋濃きにつけても留守さみし　　比奈夫

ふ～む。

留守番をしているのはかの愛人だろうか。。。。。

俳人の高田風人子先生も大正15年のお生まれであり今年90歳になられる。

福神規子さんが編集されている俳誌「雛」には風人子先生の作品と消息が載っている。

この「消息」がなかなか味があるのだ。

三月号の消息をそのまま紹介したい。

今日は立春、風は冷たいけれどまったくに晴れて心地良いです。

床の正月の軸を替えぬままに月代りしてしまいました。このような無精は我が生涯に於いて初めてです。年老いた所為でしょうか。

今、所為と書いて平假名で「せい」にしたくなりました。文字を忘れて辞書を引いたのです。否、電子辞典を打ったのです。

生まれて九十年近くなります。十年一ﾄ昔と言いますが、大正も末の生まれ、戦前、戦中、戦後、そして今年は平成二十八年、よくもまあ長生き出来たものだと思います。

　四捨五入すれは五十と餅を焼く

立子先生のこの句からは、元日に一つ年令の増えた時代の、火鉢の縁に頬杖しながらの主婦の姿を思い浮かべたいです。

梅の咲くのが今年は早いです。呉々もご自愛、御健吟の程を。（風人子）

床の間の軸を替えないままにしてしまったことを嘆いておられるが、日常を丁寧に生きて来られたんだなあ、とわたしは思い、その嘆きに和んでしまったのだ。

せせこましさとはほど遠い、豊かな時間を感じさせる文章である。

ご高齢の俳人の先生たちの身体の中を流れている時間はとても遙かだ。

その遥けさに触れることができるのも編集者冥利につきる、というものである。

9日（土）の「増殖する歳時記」は、今井肖子さんによって、藺草慶子句集『櫻翳』より。

　目つむれば何もかもある春の暮　　藺草慶子

個人的なことだがつい先日の旅先での母の話を思い出した。日々の暮らしの中では、明日は句会へ行くとかあれが食べたいとか牛乳を買ってきてとか電球が切れたとか、そんな会話で明け暮れるわけだが非日常の旅先では、たとえばドライブをしながら昔のことを話す。登場するのは、もう記憶の中でしか会えないたくさんの人々や、既に無くなってしまった昔家族で住んでいた家などなど。なにもかも今は存在していないが、少し目を閉じるときっと鮮やかに思い出されるのだ。それは、ただ懐かしい思い出とかありありとよみがえる記憶というよりまさに、何もかもある、であり生きて来た現実なのだろう。春の夕日を遠く見ながらそんなことを思った。〈花の翳すべて逢ふべく逢ひし人〉。『櫻翳』（2015）所収。

わたしもときどきいろんなことを思い出す。

そして、はっとするのである。

思い出している人がほとんど故人であることを。

しかし、その故人はまことに鮮やかで活き活きとしているのだ。

かなりくだらないおしゃべりになるが、わたしが女として一番憧れるのが、

「もと愛人だった女」

愛人というのは、ある特定の男のためだけにエロティックな存在としてありつづけるわけで、それはもう選ばれた特殊技能をもった女性である。

ただ、綺麗だけではなくもっともっと違う能力が必要とされるんではないだろうか、と一度も愛人たり得たことのないyamaokaは考えるのだ。

いいじゃない、愛人なんて。。（アイジンという響きもどこか隠微でいい。）

でも、愛人であり続けることは、つねにエロティックな存在でありつづけるわけでこれはなみなみならぬテンションを持続しなくてはならないわけで、身がもたないだろうと、愛人になり得なかったyamaokaは思うわけである。

だから、「わたし、過去に愛人だったけどやめたのよ」っていう女性、どこかで男に見切りをつけたか、もっと多くの男のための存在になろうとしているか、なんだかカッコいいなあ、って思うわけよ。

ぜったい無理だけど、わたし。

馬鹿なこと考えているヤツだ、って鼻で笑って

お読みすてくださいませ。