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3月2日(水) 旧暦12月24日
昨日の俳人協会賞のお祝いの会のスピーチで、鷹羽狩行先生や有馬朗人先生が後藤比奈夫句集『白寿』について触れられ、100歳にならんとする俳人の句集でありその俳句がいかに瑞々しいかを語られたのだった。「比奈夫先生にわたしたちは励まされている」とも。 さっそくお電話で後藤比奈夫先生にそのことを申し上げると、 「そうだったんですか。少しも知らずに。。。」 お電話の向こうでとても嬉しそうであられた。 それでは昨日につづき俳人協会賞の報告です。 それぞれの受賞者のご挨拶を紹介したい。 第55回俳人協会賞を句集『夕雲雀』で受賞された柏原眠雨さん。 この度の賞は予想もしてなかったのでそれだけに喜びも大きい、と思っております。なるべく技巧に走らずに見たままをありのままを素直にとらえていくという即物具象客観写生を目指しております。言うなれば平凡な詠い方ということになるかもしれませんが、その平明な写生句のなかに何らかの小さな俳句らしい趣が俳趣とい言いましょうか、そういうものが、籠められばいいなあと考えております。 第39回俳人協会新人賞を句集『封緘』で受賞された藤井あかりさん。 おなじく第39回俳人協会新人賞を句集『遅日の岸』で受賞された村上鞆彦さん。 中学のころに俳句を始めまして以後今日までなげうつことなく俳句をつづけてまいりました。青春時代を俳句という文芸とともに過ごせたことは大きな仕合せだったと思います。その間この人と思い定めて師事した鷲谷七菜子先生からは、自然と一つになり自然の大きなふところの中で俳句をつくることの大切さを、山上樹実雄先生からは古典を学び言葉にこまやかに心をくだくという大切さを教わりました。幼い頃から日本の伝統文化における型というものに興味がありました。能や歌舞伎、舞踊、そしてお茶や書といったものにあこがれを抱いておりました。俳句にも五七五という伝統的な型がございます。かたちの無い言葉を使って五七五の型を立ち上がらせるその面白さに私は引かれたのだと思います。ですからわたしにとって俳句を詠むことは型の美しさを追求することでした。自己表現や社会へのメッセージをもるものではありませんでした。その立場はこれからも変わりません。しかし、現状に安住しないためにも自らに揺さぶりをかけて行かねばならないと一方では思っております。その為にもさまざま可能性をさぐりつつ、時には型をくずすということも視野に入れながら今後も真摯に俳句に向き合って行きたいと思います。終わりの見えない細い道ですが、このひとすじにしっかりと繋がっていたいと思います。 第30回俳人協会評論賞を『ゆっくりと波郷を読む』で受賞された依田善朗さん。 受賞者の皆さま、おめでとうございます。 ふらんす堂刊行の村上鞆彦句集『遅日の岸』は品切れとなり、目下再版中である。 もうまもなく出来上がる予定である。 話題の後藤比奈夫句集『白寿』が讀賣新聞の仁平勝さんによる俳句時評にとりあげられている。タイトルは「定型だからこその感慨」 後藤比奈夫の第14句集『白寿』(ふらんす堂)は、題名の通り著者九十九歳の上梓である。 平成二十五年の新年詠から始まるが、「大方が長生きせよといふ賀状」「長生はしてゐるつもり老の春」という句が並んでいる。そりゃあ、誰も異存ありません。恐れ入りましたというほかない。 以前この時評で、前句集について「悠々自適」と書いたが、「亀鳴く」という空想の季語を「鳴かぬのに鳴いたと言はれ亀の泣く」と詠んでみせるなど、その句風はますます快調である。 比奈夫の句には、一貫してアイロニーがある。「ファッションといふ春寒きもの」「寒中も歩くプールに来て歩く」「異教徒としてクリスマスケーキに刃」など、日常のかすかな違和感を、独特な俳諧に転じてみせる。 ナイフを「刃」と表現することで、「異教徒」の違和感が増幅されてくる。こういう細かい芸にも、たっぷり年季が入っている。 「落蝉になく空蝉に命見ゆ」は、とりわけアイロニーが読者の想像力を深く刺激する。落蝉は掃いて捨てるしかないが、空蝉はそう簡単に握りつぶせない。それはそこに「命」を感じているからだろうか。あらためてそう思う。 俳句は韻文だから、散文のような言葉ではいけない、と主張する人がいる。けれども俳句は、西洋の詩と違って、音数律による韻文である。肝心なのは、言葉が五七五のリズムに乗ることだ。 比奈夫の句は、散文脈がそのまま五七五に乗っている。言葉もごく日常的なものだ。先にアイロニーと書いたけれど、思うに、日常的な言葉を五七五にすること自体がアイロニカルなのだ。 そして、俳誌「星の木」最新号を紹介している。 モナリザはまつ白な息吐きさうな 大木あまり 栗拾ふための運動靴を履く 石田郷子 数へ日の街の鸚鵡に呼ばれけり 藺草慶子 ぶらんこはもう座るもの枇杷の花 山西雅子 昨日の会のために髪をカットしたかったんだけど、とてもそんな時間がなかった。 でも、爪を切ったの。 仕事へいく直前に。 薄汚れた指先であってはいけないから。。。 でもさ、わたしが手の爪をきったことなど、だあれも気づくことなんてない。 わが愛猫のヤマトと日向子のみが知っている。 今日はこれからお客さまがお二人見える。 だからちょっと早めにアップします。
by fragie777
| 2016-03-02 17:57
| 賞
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