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2月5日(金) 東風解氷(はるかぜこおりをとく) 旧暦12月27日
![]() 足跡はけものの足か。 冊子「第六回田中裕明賞」がとうとう出来上がってきた。 ![]() ![]() 「一冊になるとこう、感動するわあ」って思わず叫ぶと Pさんに白々とした目で見られる。 (たしかに、この冊子についてはわたしは最終ゲラに目を通しただけで、ほとんど緑さんとPさんが頑張ったのですけど。。。) 新刊紹介をしたい。 歌集である。 車輛(はこ)詰めにして運ばるる無人称 林檎にあらず甘藷(い)もにもあらず 固まりて女子高生の四五人が乗り込みてくる教室ひきずりて あまりにも意見を述べたる帰りには電車のガラスのわれが問ひくる 本句集はこんな通勤車内の風景からはじまる。 「通勤車内」と題した一連の歌のなかの二種である。 わたしたちの日常の風景に親しいこれらの歌が収録されているのは、徳山八邨歌集『歌筵』(かえん)である。 ![]() 著者に徳山八邨(とくやま・はっそん)さんは、昭和13年(1939)福井市生まれ、神奈川県伊勢原市在住。本歌集は処女歌集となる。本名は田中宣一、民俗学の学者で著書も多い。俳人であり民俗学者である山崎裕子さんの師であり、山崎裕子さんからご紹介をいただいてこの度の歌集を刊行させていただくことになった。本歌集には、平成17年(2005)より現在にいたるまでの短歌が精選して収録されている。民俗学者であられる田中氏がいかに歌をつくるようになったかは、「あとがき」に述べられているのですこし紹介したい。 私は学生時代から民俗学に惹かれ、盛んに各地を調査に歩いたり、いくらか研究もしてきました。早くから詠もうという気持があれば、感受性がまだ豊かだった若い頃にはいくらでも詠めたのではないかと思いますと、いささか残念です。 作歌を考えたのは、還暦を機に編んだ友人たちのものを読んでからです。数年間ぐずぐずしたあと、平成十七年八月、思いきって大学の寮の先輩である町方和夫氏が主宰していた、「歌筵」というこじんまりした結社に入会させてもらいました。実作はそのときが初めてだといってよく、町方氏が批評してくださるのをはじめ、仲間にも恵まれ、楽しい出発をいたしました。しかし平成二十三年四月、悲しいことに町方氏が亡くなられ、「歌筵」は休会のやむなきにいたったのです。その後は、「歌筵」で知りあった幾人かと「長津田短歌会」を作って月一回集まり、勉強をつづけています。 本歌集は、徳山氏によって、読みやすいように編集されている。「通勤車内」「易くあらじな」「生くる、生かさる」「濁流」「旅にありけり」「四季めぐる」「空海と密教美術展」「筵」「家族」と九つの項目に分けられて、その項目もまたいくつかのパートになっている。この九つの項目をみれば、ほぼ短歌の内容が推し量れるようになっている。 それぞれの項目からいくつか紹介したい。 昼下がり隣の席に汗くさき男来たれりその生を負ひ (「通勤車内」) 花束を抱へ瞑目するスーツ初老の人なり 停年ならむ (「〃」) 〝犬歯〟ちふ強き武器秘むる汝らよなぜに尾を振りて生きむとするや (「易くあらじな」) 食卓にどろりと寝そべるヨーグルトわが心奥の懈怠のかたち (「生くる、生かさる」) 〝いまここに小便できるありがたさ〟東司(とうす)の諭す凡のしあはせ (「〃」) そのやうな生きかたならば猿知恵と夜闇の奥に嘲笑(わらふ)声あり (「〃」) とうたらり澤乃井抱きたらりらと今日とふ一世はこれにて候ふ (「〃」) ウッソー、うそうそうそと女子中生 そのうち噓と出逢ふなるらむ (「〃」) 息をのむテレビの切りとる〝現実〟は無縁無臭の見らるる世界 (「濁流」) 藪なかの小さき祠に注連はへてワンカップ大関清清(すがすが)とあり (「旅にありけり」) 安曇野の塩の道べの馬の碑に草かぶされり 世は騒がしく (「〃」) 「正解は無きものか」と問ひ問ひし六十路までをぞ生きにけるかも (「〃」) 雷光の瞬時に抉るあぢさゐは梅雨どきの艶 ほころびジーンズ (「四季めぐる」) 目三つ顔は三面手も多き仏への期待 ウルトラマンぞ (「空海と密教曼荼羅」) B29 母に手つながれじつと伏せ泥臭く生臭き草嗅ぐ (「家族」) ともに生き四十五年となりにけり汝は高校の少し後輩 (「〃」) 母逝きし八畳の間にひとり寝ね古き簞笥に声かけてみる (「〃」) 歌集名の「歌筵」について徳山八邨さんは「あとがき」に記している。 書名にした歌筵という語は、日本最古の漢詩集である奈良時代の『懐風藻』所載の巨勢多益須の「春日」という詩の一節に、「薫風入琴台 蓂日照歌筵」とあるのによっています。琴を弾いているところに薫風が吹き入り、めでたい陽光が歌舞の宴席を照らしているというような意味です。歌筵とは、盃を傾けながら楽しく詠い歌いあう場というほどの意味です。雰囲気がよくとても気に入っている語であるとともに、町方氏を偲ぶ意味もあって、書名にいたしました。 俳句でいうところの「句座」をもう少し短歌的華やかさの色づけをして表現したものが「歌筵」であろうか。 民俗学者である氏の短歌はやはり伝統というものを充分に意識の底においたものであり、衆生の哀歓をやさしくし見つめ、変容する文明へのアイロニーもしのばせたものとなっている。そして何よりも自身をみつめる内省的なまなざしを感じるものだ。ひとつの時代を生きてきた知識人の感慨が短歌の調べによって流麗にしかも活き活きと読者にとどく。 ふらんす堂のちかくの大学の先生もある徳山八邨さんは、本が出来上がるまでに何度かふらんす堂をお訪ねくださったのだった。 本歌集の装丁は君嶋真理子さん。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() どつすんと通学鞄を床に置き女生徒またがる 教科書屈服 この短歌、けっこう好き。 この風景も悪くない。徳山氏は、先生でもあられるので眉をしかめておられたか、いやここにはなんともユーモラスなあたたかな視線がある。 「教科書屈服」がなんともいい。 教師であることを相対化できる徳山氏の心の柔らかさもあって、こう詠う人間もこの女学生たちの威勢のよさもいい。 そして、「日本は平和なんだな」って、思ったりする。 今日は夕方に愛知県の安城市よりひとりお客さまがいらっしゃった。 第二句集の句稿をもって、伊奈 治さんである。 伊奈治(いな・おさむ)さんは、俳誌「初蝶」の同人である。 「初蝶」は、細川加賀が創刊し、加賀なきあとは小笠原和男氏が現主宰である。 伊奈さんは、俳句をはじめられたのは定年退職後であるという。それまでは車関係の会社にお勤めし、エンジニアとしてご多忙の日々を送っておられれた。 その一方、高校時代からの古寺や仏像に興味があり、退職後のいまはその興味を引き継いで、高野山大学に籍をおき、密教学を専攻しておられるという。 ![]() 「会社勤めの時は、月に2回ほど上京していました。新宿はよく知ってますが、仙川ははじめてです。賑やかな街ですねえ」とちょっと驚いておられたのだった。 打ち合せ後は、ふらんす堂主催の「髙柳克弘句会」に出席されるという。
by fragie777
| 2016-02-05 19:24
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