ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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甘美にして神秘な絆。

1月13日(火)  旧暦11月23日

甘美にして神秘な絆。_f0071480_22451441.jpg
冬木。



出かけていていま戻ったところである。


俳人の綾部仁喜先生のご遺体にお目にかかってきたのだった。

「泉」主宰の藤本美和子さんが取り計らってくださって、特別に綾部先生にお会いすることを許していただいたのだった。

一緒にうかがったのは、井上弘美さんと陽美保子さん。
ともに「泉」で綾部先生に俳句を学んだ俳人である。

陽美保子さんは北海道からこのためだけにいらっしゃった。


綾部先生のご長男の朱夏さんにご案内いただきご自宅で棺のなかに横たわる綾部先生にお会いした。

先生は死者の顔ではなくてまるでそこに眠っておられるようだった。
こういう言い方がゆるされるならば、
それはきわめて美しい死者だった。

10年以上人工呼吸器をつけて闘病されてこられたのにもかかわらず、病気のやつれもなく、人工呼吸器をはずされた身体は一人の人間がしずかに乱れもなく精彩をそこなわず眠っている。
呼びかければきっと眼を開く。
死の影を感じさせないそんなご様子だった。


藤本美和子さん、井上弘美さん、陽美保子さん、みなその先生の美しい亡骸に見ほれていた。

「最後まできれいな先生だわ……」

藤本さんがつぶやき、みながうなづいた。


ご子息の朱夏さんから、10日の朝6時過ぎに眠るように逝かれたことを伺った。


お通夜もご葬儀もご家族のみでなさるということ、
わたしたちはしばらく先生のそばにいて最後の時を過ごしたのだった。



「綾部先生、ありがとうございました」

わたしは最後に先生にむかってそう申し上げてお別れをしたのだった。





その後、藤本さんのご案内で八王子にあるイタリアンレストランで、みなで食事をしながら綾部先生をしのんだのだった。


甘美にして神秘な絆。_f0071480_2364430.jpg
右より藤本美和子さん、井上弘美さん、陽美保子さん。


綾部仁喜について語るなら、やはり「厳しい」という言葉が口をついてくる。

かつて京都にいてその指導を仰いでいた井上さんは、「先生の葉書は手裏剣のようにわたしを突き刺した」と嬉しそうに語る。
なによりも厳しい指導をうけた藤本さんは「厳しい先生」を語るときそれはもう幸せそうな顔をするのである。
陽美保子さんは、どの結社に入ろうかといろいろと見本誌をとりよせたところ、一番そっけなくおくられてきた薄い「泉」をあえて選んだという。
そこにある厳格さにひかれたという。

そして指導の厳しさに耐えかねて多くの人が止めていったという。


わたしは目の前の三人の方たちが師の厳しさを語るとき、とても幸せそうな表情をするのが不思議でもあり、うらやましいような気持ちに襲われた。


そして、弟子たちの幸せそうな満たされた表情は、さきほど見た師の美しい顔と響きあっているようにも思えたのだった。




昨年刊行した藤本美和子著『綾部仁喜の百句』は、読み返せば読み返すほど、すぐれた一書である。
とりあげられた俳句ももちろんいいが、百句の鑑賞がいいのだ。
藤本さんに今日お目にかかってわたしは聞いた。

「藤本さん、この鑑賞を書くのにかなり時間をかけたのではなくて?」

これは泉に毎月四句ごと連載というかたちで掲載し25回続けてもらったものを一冊にしたものである。

「うん、すごーく時間がかかったわ。調べるものたいへんだったし……」と明るく答える藤本さんだったが、その後の話を聞いてわたしは絶句したのだった。

毎月「泉」に四句の鑑賞を書くに当たって、綾部仁喜著『山王林だより』をはじめから全部読んでから原稿を書いたというのだ。
「まず正座をして『山王林だより』を全部読むのね。それから書き始めるの。それがもう書くための儀式のようにだったわ。だからわたしは『山王林だより』をもう25回以上は読んでいるのよ」
いともさらりと笑って話してくれた藤本美和子さんだったが、わたしは心底おどろいたのだった。
わたしも『山王林だより』はいただいて一度は全部眼をとおした。その後ひろい読みもした。分厚い一冊である。今手元にないのだが、300ページはあるかと思う。いやそれ以上かも。しかも文体は硬質で歯ごたえのあるものだ、そうやすやすと読める本ではない。
それを毎回読破してから原稿に向かったとは。

藤本美和子の師への信頼とその思い。そして自らに課すハードルの高さ、与えられた課題に向き合うひたむきさ、そんなものすべてひっくるめてすごいとわたしは思ったのだった。

気持ちが熱くなった。

そうやって生まれた藤本美和子著『綾部仁喜の百句』だったのだ。


たかだか200字ほどの鑑賞にいったいどれだけの時間が費やされたのか。
そこに費やされた時間は読み手を決して裏切らないものだ。


師と弟子という、きわめて甘美にして神秘なつながり。

それが創造へと向かうときにもたらすもの、

わたしは今日それを目の当たりにしたように思ったのだ。




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by fragie777 | 2015-01-13 22:43 | Comments(0)


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