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12月21日(日)
![]() 時雨に濡れた水仙。 久しぶりに中野にある母教会へクリスマス礼拝に行ったのだが、そこで洗礼式が行われた。 バプテスマを受けるのは女子の中学生。 本人の希望で、滴礼ではなく浸礼のかたちで執り行われた。 わたしは滴礼であり、浸礼の洗礼式ははじめてだった。 真っ白い衣服を着て、全身を水のなかに浸すのである。 滴礼というのは、額を水でぬらすかたちのもの。 写真に撮ったのであるが、ご本人に許可をいただいていないので、ここには掲載しない。 浸礼のかたちはいろいろとあり、それこそ川に身を浸すものから、海や大きなプールの中で執り行われるものもあるようだ。 今日は会堂の礼拝壇上に小さな水浴び用のプールのようなものを置き、そこで行われた。 はじめてみる浸礼のバプテスマはなかなか感動的だった。 それこそ全身がずぶ濡れになるのである。 受洗というものの意義をもう一度考えさせられるものだった。 16世紀の宗教改革時代のヨーローッパでこの洗礼という儀式をラディカルに問い「再洗礼派(アナバプテスト)」と呼ばれプロテスタントからも迫害を受けた集団がいたことをふたたび思い出したのだった。 ![]() これだけ見ると、ちょっと興ざめだけど、ここに身体を全部を浸すのだ。 神がわたしたちを愛しているから、わたしたちは神を愛さねばならないというのではない。神がわたしたちを愛しているから、わたしたちはわたしたち自身を愛さねばならないのである。この動機がなかったら、どうして自分自身を愛することができよう。 このような回り道を通らないがぎり、人間には自分を愛することができないのである。 シモーヌ・ヴェイユ著『重力と恩寵』(田辺保訳)より このことばはわたしにはよくわかる。 ときどきわたしの心を支配することばである。 ちなみにシモーヌ・ヴェイユは、洗礼をうけることを拒否し、カトリック教会の外でキリスト者として生きることを選択したフランスの活動家であり思想家だ。1943年に34歳で亡くなっている。
by fragie777
| 2014-12-21 23:43
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