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12月15日(月)
![]() 冬芽粒々水より空の流れゐつ 野澤節子 「野澤節子全句集」の編集作業もだいぶ進んで、来年の春頃には刊行できるのではないだろうか。 桂信子とともに読まれてほしい女性俳人のひとりである。 櫂未知子著『食の一句』の再版(第4刷)が出来上がってきた。このところ品切れとなっていたのだが、書店からの注文がコンスタントにあるので思い切って再版をした。再版するにあたってもう一度読み直したのだが、面白かった。さまざまな俳人たちが食べものの俳句を好んで積極的に作っているのだ。その俳句の多様さをまず思い、詠まれた食べものの豊かさにも気づかされる。 食べることは深遠なる奥深い意義がある、 櫂さんの鑑賞を通して、そんなことまで感じさせてくれる一書である。 俳句は、食べ物が作品のメインになり得る稀有な詩型である。「食べる」というごく日常的な行為がそのまま詩となる、そんな文芸は滅多にあるものではない。私はグルメではないし、有能な主婦でもないが、俳句における「食」の重要さを感じつつ今日まで来た。 櫂未知子さんの「あとがき」の一節を紹介した。 「俳句は、食べ物が作品のメインになり得る稀有な詩型である」 ということばもあらためて思わされる。なんたっておおくの食べ物が季語なんだから。 本書の巻末に食に関する索引をつけてみた。その索引のなかでなんの食べ物がいちばん多いか調べてみると、「貝4句、「魚」4句、「蕎麦」4句、「鯛」4句、となる。こうしてみると我々日本人の好きな食べ物に名句が多いということに笑ってしまう。やっぱり「蕎麦」かって。 ちなみに今日の句を紹介したい。 気の弱り問はれてゐたる葛湯かな 西嶋あさ子 気丈なつもりでも、〈気の弱り〉に苦しめられることがある。全てが悪い方向へと進んでいるように思える、そんな時は、体と心に静かな力を与えてくれる食べ物や飲み物がいい。〈葛湯〉は地味ながら、ゆっくりと吹いて味わえる豊かさがあると思う。私は絶望的な気分の時、街角の占い師がやたら目に付いて仕方ない(あのほの暗い灯りが磁石のようで─)。しかし、「自分を救うのは自分」と気を取り直し、家族の待つ家へと足を速めるのだ。(『今生』)季語=葛湯(冬) 「葛湯」か……。 ときどきふらんす堂も「葛湯」をいただくことがあって、そういう時はお湯でといてうやうやしく飲む。その上品な甘さを口にしたときは、ああ、こういう飲み物もあったよなあってしみじみと味わったりするのだが、買って飲むことはしない。葛湯を日常的に飲む、ということがわたしにはなく、わたしのまわりにもあまりない。 「葛湯」がわたしの生活のなかにもっと浸透していれば、わたしの日々もこんなにガサツではなくなるんじゃないかって思ったりするんだけど。 あなどってはいけない「葛湯」である。 昨日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、安部川翔句集『今と決め』より。 着ぶくれて凭れて少し夢をみる 安部川翔 ただ夢をみるのではない。少し夢をみるのである。日向ぼっこでもしながら、まどろんでいるところだろうか。たちまち覚めてしまう夢なのだ。人生もこの夢のようなものかもしれない。「少し」の醸しだす雰囲気がここでは大事である。 おなじく讀賣新聞の長谷川櫂さんによる今日の「四季」は、成田うらら句集『水の扉』』より。 邂逅や手袋の手を握り合ひ 成田うらら 長い歳月を乗り越えて二人が巡りあった。しかも真冬。雪が激しく降りしきっているかもしれない。邂逅というただならぬ言葉といい、そこで繰り広げられる行動といい、何か劇的な事情をうかがわせる。少なくとも作者自身にとっては。 実は昨日、誕生日だったんだ。 公のブログでそんなことを書いて物欲しそうだなんて思わないでね。 だって昨日がそうだったんだからもうプレゼントは受け付けておりません。 あしからず。 でもね、 今回、 チョコとワインとワイングラスのプレゼントをそれぞれ違う人から貰った。 それを今晩味わうつもり。 ひとつ年取っちまったよ、 くくう…… てね。 来年はくれえーって言ってるんじゃありませんからねっ。
by fragie777
| 2014-12-15 19:13
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