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12月11日(木)
仙川商店街もクリスマスソングがあちこちから聞こえてくる。 わたしもこのところ毎朝のようにカウンターテナーのスラヴァのCDをとりだして彼の唱う「アヴェ・マリア」を聴いている。 やはり圧倒的にカッチー二のアヴェ・マリアがいい。 朝のほんのわずかな時間を、スラヴァの声が狭い家に響き渡るっていうのもわるくない。 今日も新刊紹介をしたい。 辻ゆう子詩集『花束』(はなたば)。 著者の辻ゆう子さんは、1942年千葉生まれ。10年前に刊行された前詩集『かくかくしかじか』に次ぐ第二詩集となる。第二詩集といってもたぶんこの詩集が最後のものとなるだろう。詩集を上梓されるにあたって、おおくのためらいがあった。何度かお電話をいただき、そして一度は詩集を刊行することを断念し、しかしふたたび詩集を刊行されることを決断されたのだった。詩の原稿をもってふらんす堂にご来社くださったのが、今年の2月25日。その時は持病のあるお身体をおしてご来社くださったのだ。 詩集の原稿を渡されてより、辻さん自身にさまざまな困難がふりかかった。またあらたにアルツハイマーにおかされつつあることも知らされた。そして介護施設病院への入院。よもや詩集の実現は難しいとも思われた。その間何度かお電話をいただき、しかし詩集刊行のご本人の思いはつよく、また、彼女をささえるご友人たちがいた。 さまざまな困難を乗り越えて、とうとう出来上がったのがこの詩集『花束』である。 こうして手にのせてみると薄くて小さな詩集である。 しかし、わたしにはとても感慨深いものだ。 辻ゆう子さんの透明で澄んだ声がやさしく語りかけてくる。 最初におかれた詩篇を紹介したい。 代役 ─舞台であがらないための心得─ 「バレーリーナになりたかった」という 生まれつ き足の不自由な姉 にかわって 自分の足で床を ふみしめて しっかり 歩いていく 「あと 何年 生きられるか わかりません」 と宣告された 進行性側わん症の 良くん にか わって 背中をピンとのばして 歩いていく 「い・い・ね!」洋子ちゃんがこっちをみている 脳性マヒの後遺症で よだれがなかなかとまらな い 洋子ちゃん にかわって 口をきちっとむす んで お腹いっぱい息を吸う 自分の名前のひらがながうまくよめない 13歳のゆ みちゃん にかわって 歌詞をたどりながらおち ついて 前奏を聴く 救急車のサイレンそっくりの歌い方をする 自閉症 の愛ちゃん にかわって いろいろな高さで 声 をのばしたり ちぢめたりする 「おはよう」もうまくいえなかった ひっこみじあ んの母と 母によく似たその娘 にかわって 定年になったらやりたいことがいっぱいあるんだ と云いながら 糖尿病になって そのまま死んで いった父 にかわって 歌う 〈Caro mio ben〉 (いとしい ひとへ) いとおしい たくさんの 生命へ 辻さんは「歌う人」である。 ふらんす堂にご来社くださったときも、即興でわたしたちに歌を歌ってくださった。 前の詩集を刊行されたときもその御礼にとわざわざご来社くださり、歌をうたわれた。 電話でおはなししているときも、「歌を歌わせてください」とおっしゃってその場で歌を作られて歌った。 詩集が出来上がるというときもわたしに歌を歌ってくださった。 細く透明でやさしい歌声はわたしの心臓をふるわせた。 なにかとても美しいものがわたしの身体に流れ込んでくるような思いがしたのだった。 辻さんはいまこの詩集を手にされてどんなお気持ちなんだろう。 失われていく記憶に向き合いながら、この詩集のことばをどんな風に受け止めておられるのだろう。 わたしは『花束』を手にして思うことはそのことばかりだ。 病気の進行がどうぞ遅いものでありますように。 もう一篇詩を紹介したい。 花束 あるいていれば ある日 とつぜん 視界がひらけることがある 長い今までのことごとが みえない糸でちゃんとつながっているのが ぱっとみえて いい匂い 大きな花束をかかえて 坂道をゆっくりのぼっていく 〈十分くらい歩くと海ですよ、といわれ、ホンモノ? と思わずきいてしまった。あたり前だよね、海岸通りって、看板にちゃんとかいてある。いちょう並木をどんどんいく。建物も人かげもとぎれて、橋。夕ぐれ、すこし、まえの。こわれた小舟が浮いている。もう、これ以上、どこへも行きようがない、という感じで、なんだかすっかり くつろいで。たどりついたのだ、ようよう、ここへ。ながれついたのだ。あちこち さまよって、やっと、ここへ。〉 ─そういえば、詩誌「Aqua」も、うみ なのでした。 鈴木志郎康先生、川口晴美先生、川田靖子先生、お仲間の皆様、ご指導ありがとうございました。 「あとがき」を紹介した。 装丁は山田朝子さんにお願いした。 「贈り物」と題する詩篇のある一行がわたしはとくに好きで。途中からであるが紹介したい。 風がおこり わたしは森の方へあるきだす 木漏れ日が時おり わたしの顔を横切り 見上げると わたしの森の上には 蒼い空が ひろがっていて わたしは歌いはじめてしまう わたしの知らない わたしの中の森よ 詩はまだつづいていくのだが、「わたしの知らない わたしの中の森よ」というこの一節がいい。 わたしの体内でウォンウォンと反響している。 そう、わたしの中にはわたしの知らない森がある。 その得体の知れない森をかかえて生きているのだ。 辻ゆう子さんからの『花束』を、そっとしずかに胸に抱いて受け取ってほしい。
by fragie777
| 2014-12-11 19:13
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