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12月10日(水)
![]() 毎朝、着替えるときにちょっと悩むことがある。 それは、ヒートテックシャツの極暖を着るか、そうでないのを着るかということである。 今から極暖を着てしまうと、もっと寒くなったときにどうしよう、でも今だって十分寒いではないかだから着てもいいんじゃないか、しかし、今から着ていたら今まであるヒートテックを着る時がなくなってしまうじゃないか、うーむどうしよう、あるいはヒートテックを2枚重ねるっていうのもあるな、でもそれだったら極暖一枚でもいいんじゃないか、などなど悩ましい朝である。 で、 今日の選択は、通常の黒のヒートテックにセーターを着るということでわたし自身を納得させた。 だが、ヒートテックの上にホッカイロを貼った。 肩甲骨の間の風門(ふうもん)というツボの上にである。 ここでもわたしは10秒ほど悩んだ。大きなホッカイロにすべきか、小さなホッカイロにすべきか、 そして今日は小さなホッカイロにしたのだった。 今日のわたしの選択は今のところ良かったんじゃないかと思っている。 小さなホッカイロはわたしの背中をいまだに温かくしてくれている。 極暖はもう少し寒くなるまでとっておこう。 新刊句集を紹介したい。 波戸岡旭句集『湖上賦』(こじょうのうた)。 ![]() 著者の波戸岡旭(はとおか・あきら)さんは、俳誌「天頂」の主宰である。この度の句集『湖上賦』は第五句集。平成21年から24年までの作品を収録、「天頂」創刊15周年の記念として刊行されたのである。同時に平成24年以降の作品も第6句集『惜秋賦』(ウェップ刊)として刊行されている。タイトルの「湖上賦」は、唐の詩人劉禹錫の詩に拠ると「あとがき」にある。昭和47年に能村登四郎に師事し「沖」にて俳句を学び、「沖」同人を経て、平成11年に「天頂」を創刊・主宰、昭和20年広島県生まれである。國學院大學教授とあるのみで専門が記されていないがたぶん漢文学を専門とされているのではないかと思う。 漢籍の素養が句集名のみならず作品にも豊かに投影している。 また、集中旅吟もおおく、力の入った句集であることを思うが、わたしが印象的に思ったのは、ご本人がふっと肩の力を抜いてつくったと思われる作品にみずみずしい句が多かったことだ。 溌剌とした弾力ある詩魂をもった俳人だとおもう。 しろたへといふ烈しさの夏の蝶 毀れゆく時閒うつくしかき氷 鼻橫にして水仙に近づけり 突堤に用無き男鰊空 毛絲冃鴉はカアとしか鳴かず 橙や命のすわりよき胡坐 晚年といふ逃水のごとき影 春の闇ぬうと大日如來かな 若竹のぴしぴしと空多感なる 夏負けて枕の皺のあをきこと 蜩や泉のごとく師を語る 火柱は楊貴妃の丈牡丹焚 波よりも雲に親しき春岬 ことば亡くして蓬生にへたりをり 噴水を過ぎまなざしを立て直す さくらんぼ笑ふ乙女はみな搖るる 籠枕すぐに頭の空つぽに ほんたうの空はみづいろ野紺菊 木の實頭に落ちてうれしき論語かな とりあへずゑくぼをみせて年逝かす 花八つ手ことば溫めてゐるごとし 枯葦のもう考ふることをせず こころざし霜柱には負けてゐず 探梅の靴裏罪のごと拭ふ 人聲をたくさん聞いて水溫む あふむけに水の流るる春の橋 若竹のもう遠富士の髙さかな メロンにも宇宙の渚ありにけり 肩竝べゐて妻のみに流れ星 師・能村登四郎につらなる叙情性が師の叙情の質とはことなるどちらかと言えば向日性をともなった無垢なる心情のもとに発揮せられた叙情性とも呼ぶべきか。読んでいて気持がいい。青年の率直さをその内にいつまでも湛えておられるなどと言ったらお叱りを受けてしまうかしら。事物に人間にあるいは自然にむきあったときいつも自身をリセットすることのできる清新さを持っておられることが作品か窺われる。そこが魅力だ。 平??二十一年に「天頂十??年記念號」を、二十四年に「百五十號記念號」を上梓して、それぞれの節目を祝したが、この閒、五年。過ぐれば昨日の如しで、感慨を覚える暇もないほどであった。私自身の句業についても、牛歩の志を抱いての、まことに鈍重な歩みで、ただ只管に句作を賡けてきたのみである。(略) 自然の中の己を見つめ、己の中の自然を見つめる姿勢を崩すことなく、自らを奮い立たせて、大いに試行錯誤を繰り﨤してみようと思う。 「あとがき」から抜粋して紹介した。 この句集の前半ころに中国の楚の政治家であり詩人の屈原を詠んだ俳句が出てくる。「漁夫」は有名な「楚辞」の詩篇で、漢文の素養のないわたしもよく知っているものだ。「屈原既に放たれて江潭に遊び」という出だしを今でも覚えている。政治への理想をうちくだかれ絶望した屈原と漁師(漁父)との問答が詠われたもので、高校生のときに授業で習ったものだ。漢文の授業でいちばんわたしが興味をもったものだった。(ほぼ寝ていることが多かったのね)結局屈原は汨羅(べきら)に身を投じて自殺してしまうのだ。 波戸岡さんはその汨羅を旅行されている。 來てみれば中洲幾重に澄む汨羅(べきら) 藻が咲いて汨羅に淵の見あたらず 「汨羅三句」と前書きのある二句を引いた。そして屈原の墓も訪ねている。 雲暮れて千草ひりひり風の塚 (屈原墳墓) 屈原のお墓のまえでの波戸岡さんの心象がみえてくるような一句である。 この句集の装丁は、和兎さん。 波戸岡さんご自身が揮毫された題字をもちいたものである。 ![]() ![]() カバーの用紙はうっすらと波模様のあるものを用いた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 実はこの書物、写真ではわからないのだが、きわめて軽い本なのである。 わたしはこの本を手に軽い本に仕上げたかったのである。 頁数が多いので重たく厚くなりがちのところを厚くならず手に軽い読みやすい一冊にしたかったのである。 本文用紙にこだわった。 出来上ってきた句集を手に感じて、ヨシって思った。 重くれないスマートさ、それは手垢のつかない瑞々しい叙情につながるものである。 好きな句はたくさんあるけれど、あえて一句をいえば、 身を拔けてゆく白蝶のありにけり 不思議な句だ。でも白蝶ってこんな感じがある。 能村登四郎も詠みそうな一句だ。 心ひかれる一句である。
by fragie777
| 2014-12-10 19:39
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Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
sinamonさま
そうですよねえ、毎朝悩んでしまいます。きっとほかにも同じ悩みの方いらっしゃると思うんです。 (yamaoka)
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