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11月10日(月)
![]() 昨日のクラス会は学生時代のクラス会であったわけだが、面白かったのはバリバリの活動家でありそのかたわら詩を書きその詩集を駅頭で売り、アルバイトは連れ込み旅館(今で言うところのラブホテルのはしり)の布団敷きという伝説をもつSくんが、いまや孫が生まれ、なんと「イクジイ(育爺)」を懸命にやっているということである。 思わず笑ってしまった。 きっと彼のことだから、「イクジイ」を戦闘的に(?)やっていることだろう。 ガンバレ!! 新刊句集を紹介したい。 有山八洲彦句集『麒麟』(きりん。 ![]() 有山八洲彦(ありやま・やすひこ)さんは、大正13年奈良生まれの奈良市在住、俳誌「朱雀」を創刊主宰し、俳誌「狩」(鷹羽狩行主宰)の同人である。この度の句集は第6句集にあたり369を収録。今年90歳を迎えらる。ふらんす堂にも最近ご来社くださったがとても90歳とはみえない精悍な若々しいお方である。 早春の宙で反芻して麒麟 句集名ととなった一句である。「麒麟」は、ビールのラベルでよく知るところの架空の動物だ。あらためて広辞苑をひいてみた。 ①中国で聖人の出る前に現れると称する想像上の動物。形は鹿に似て大きく、尾は牛に、蹄は馬に似、背毛は五彩で毛は黄色、頭上に肉に包まれた角がある。生草を踏まず生物を食わないという。一角獣。②最も傑出した人物のたとえ。 二つの意味があり、調べてみるとその生態まで書かれていて面白い。この「麒麟」の句の意味がみえてくる。 「宙で反芻する」ということが。 タイトルにされたくらいであるから著者の有山さんはかなりの思い入れのある句とおもいきや、実はこの句を帯に用いたときに、「あれまっ、麒麟の句ありましたかいな?」と担当のPさんにおっしゃったとか……、。Pさんは驚いたらしいのであるが、それは本心であったのか、おとぼけになられたのか定かではなく、虚虚実実のおもしろさのあるお方である。生きてこられた年輪が味わいをつくられたのか、関西人の生来的な諧謔生をたっぷりともっておられるのか……。 作品もまた、悠然たる滑稽味があってそれもまた奈良という土地にはぐくまれたものゆえとおもわせる味がある。奈良の風景を詠んだものが圧倒的に多いのもこの句集の特徴である。 奈良町の闇動かして猫の恋 羊蹄のまだ柔らかき母郷かな 青蜥蜴十三日の金曜日 明日あたり出さうと思ふ夏布団 妻留守の米研ぎをればほととぎす 山椒魚老いを拒むに手立てなし 食べ終はるおにぎりの指舐めて秋 句読点無くてかなかなかなかな 米寿とは不思議な齢蚯蚓鳴く おひとり様ご案内です走り蕎麦 そうどすえ背に聞く雪の京都駅 トランプのクイン横向き雪降る夜 天平生れ少年阿修羅夏に入る 千手仏になほ徒手あまた梅雨の冷え 今日もまた阿修羅に会はな木々に蟬 三月堂前百日紅百日白 冬帽子大正生れといふけぢめ 老い易くして老い過ぎて葱坊主 経歴に書かぬ兵役梅雨茸 お見えまで冷やし置きしと心太 風少し騒がしき夜の桃を剝く 昼酒の冷めて日暮のちやんちやんこ 二句ほど紹介したが、「阿修羅」を詠んだ句が集中圧倒的に多い。奈良の住人にとっても阿修羅像はかぎりなく魅力あるものなのか、と思わされる。まるで恋人のように90歳になろうとする有山さんの心にすむ阿修羅象である。ほかに「早春の阿修羅は武器を持たず立つ」「日を弾く阿修羅の寺の薄氷」「冷房の阿修羅の館香焚くや」「鳩の恋阿修羅の寺の石畳」「花冷えや少年阿修羅天衣のみ」「目つむりて桜の夜の阿修羅恋ひ」「長月や阿修羅は素足に草履履き」「阿修羅出で影踏みせんか十三夜」春夏秋冬の阿修羅がいる。 第一句集『甕の水』を出版したのが六十六歳のとき、その後『朱雀』『白虎』『玄武』『青龍』そしてこの『麒麟』は第六句集。やっと、漸く、遂に、という思いです。 平成二十三年から二十五年まで、鷹羽狩行先生の選を得て「狩」誌上に発表された句に主宰誌「朱雀」に掲載しました句の中から三六九句を入集致しました。 この夏私は満九十歳を迎えました。句集出版の都度書いておりますが、なお神様が私に余命を与えて下さるなら、終生を過ごすことになる奈良の地に因みまして『寧楽』を冠とした句集に集結したいものと考えております。 「あとがき」のことばである。 奈良という古き土地にはぐくまれた著者の情操は、眼前にあるものを超えてはるかなものへの浪漫を培ってきた。その浪漫が俳人有山八洲彦を今日までささえてきたのかもしれない。ほかに ホッチキスに弾を充塡して二月 尼寺の門を出る尼白牡丹 青蜥蜴十三日の金曜日 どの窓も雀色どき冷奴 キオスクに朝刊残る余寒かな ビール注ぐいと頼りなき紙コップ 妻癒えよ吉野の蛍見に行かな 装丁は和兎さん。 やはり「麒麟」の登場となった。 いくつかのラフイメージのうち、有山さんは、この「麒麟」を選ばれた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 奈良の上空をはしりさっていく麒麟である。 梅を干す老後は穢れてはならず 灯を消すや草に氷柱の太るころ 「ぜひ、次の句集『寧楽』の刊行も楽しみにしております!」とは担当のPさん。 わたしは次の句がおもしろかった。 女性はたぶんこうは詠まないだろうなあ。 介護とは贖罪に似て石蕗の花 どう思われます? 11月8日にホテルオークラで行われた俳誌「未来図」(鍵和田ゆう子主宰 ゆうは禾+由以下柚) 30周年についてすこし紹介したい。 ふらんす堂からスタッフのPさんが出席した。 沢山の来賓がありそれは盛大なお祝いの会であったということである。 ![]() 30周年を迎えることができて、本当に嬉しく思います。もし今現在の俳壇がどんな状況ですかと言われたら、「多様化している時代だ」と答えるだろうと思います。私達の時代はだいたいが結社に入って勉強して、というのが普通だったけれど、今は本当に多様化していて、最初から同人誌の方やパソコンなどをによって全然違った形で俳句を始めている方が多いと思います。その多様性というのは私はとても良いことだと思っています。芸術というのは多様化しなくてはいけない、多様化しているということは芸術においては良いことだから俳句は良い方向へ進んでいるんだと思っております。また、若い人が俳句をしないと言われていますが、考えてみますと、私が俳句を始めたはたちの頃に、女子大生で俳句をしている人なんて私の周りにはいませんでた。また、女性は俳句には向かないと言われていた時代を私は生き抜いてきたわけです。それから考えますと、現在は若い女性が大勢俳句をつくるし、数からいったらあの頃より今の方が俳句を作っている人の方が多い。だから、私は俳句の将来はかなり楽観しています。 いまの現状について前向きな鍵和田ゆう子主宰のご挨拶であったが、最後に「もし俳句が滅びるとしたらそれは日本の美しい自然が破壊されて無くなってしまうことだろうと思います。」と人間による自然破壊への危惧を語られた鍵和田主宰であった。 会場には、今年ふらんす堂より句集を刊行された森尻禮子さん、三浦洋さん、川本美佐子さんもおられご挨拶ができたのはよかった。 ![]() お二人は九州からいらしたのである。 昨日の朝日新聞の「風信」に山内裕子句集『まだどこか』が紹介されていた。 まだどこか壊れものめく仔馬かな 山内裕子 第1句集。ホトトギスの京極杞陽が実践した客観写生を現代につなぐ。 そして昨日の毎日新聞の酒井佐忠さんによる「詩歌の森へ」は、藤本美和子著『綾部仁喜の百句』についてだ。タイトルは「無言の声を聴く」。抜粋して紹介したい。 寒木を寒木として立たしめよ 仁喜 (略)多弁ではなく「言葉を惜しむ」ことに尽くしてきた俳人の魅力を届ける一冊が机上にある。藤本美和子著の『綾部仁喜の百句』(ふらんす堂)。石田波郷に師事し、病で声を失った綾部の「無言の声」が寒い空から聞こえる。俳句は沈黙の詩型。その声はやがて光を浴びる。 たくさんの音沈みゐる冬の水 仁喜 綾部が主宰した俳誌の名は「泉」。一番最近の句集の名は『沈黙』。こころにしみ入るようないい句だ。「沈黙・無言を表現するところに俳句の最大の特徴がある」とは綾部の言である。著者の藤本美和子は、現在「泉」主宰。巻末の小論によると綾部は、気管切開で声を失い、長い入院生活を経験。病棟2階の窓に面したところにベッドがあり、俳句はこの窓からの光景が多い。 筆談は黙示に似たり冬木立 仁喜 芭蕉のいう「物の見えたる光」を書きとめる。また、病床の子規を意識した〈あたたかく枯れゆくものの中に臥す〉に近作もこころに迫る。
by fragie777
| 2014-11-10 20:07
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