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9月22日(月)
![]() 秋麗(しゅうれい)という言葉がふさわしい季節である。 今日もわたしは、「秋麗の候となりました」という書き出しではじまる手紙を何通かしたためたのだった。 メールを書くときはそうは書かないなあ。 どうしてだろう。 書いてもいいのだけど、どうしても短兵急でビジネスライクになってしまう。 万年筆のあかるいブルーのインクでしたためるとほんとうに「秋麗の候」という爽やかな気分になるから不思議である。 新刊紹介をしたい。 津久井紀代著『一粒の麦を地に ―100句から読み解く有馬朗人』(ひとつぶのむぎをちに)。 ![]() 著者の津久井紀代さんは、俳誌「天為」(有馬朗人主宰)の同人である。この度の一書は、師・有馬朗人の代表句100句を抄出しそれに解説を加えたものであるが、単なる100句鑑賞とことなるのは、第一句集から最新句集までの代表句を選び出しその句の背後にあるものに光をあて、有馬朗人という俳人の軌跡をうかびあがらせようとするものである。有馬朗人についてこのようにまとめられた一冊がない現在、これは貴重な一書となる。しかもおもしろいのは、各句集ごとにその句集の固有性を見出している点だ。たとえば、目次を紹介してみたい。 芸術は非凡でなければならない─日常性の回避 句集『母国』 クオ・ヴァディス─主よ何処へ 句集『知命』 日本回帰─日本の伝統美の探求 句集『天為』 故事来歴を知る楽しさ─先達への憧れ 句集『耳順』 面白さの復活─志学以後 句集『立志』 固有名詞を読み解く─アインシュタインの世紀 句集『不稀』 神は不思議なものを作り給う─知性への信頼 句集『分光』 海外俳句を知る楽しみ─自由であるということ 句集『鵬翼』 滑稽と存問─円熟にはほど遠く 句集『流轉』 既刊句集9冊について、この目次をよんだだけでもひとりの俳人の顔とその来し方が彷彿としてくる。有馬朗人についてはこれまで知られていなかったことが、この一書によって知ることができる。すこし内容を紹介したい。 手袋を落し自分の記憶までも 『母国』 手袋を落としたとたん、自分の記憶までも落としたという、超現実的、詩的感覚は有馬朗人を貫く一本の柱である。 記憶を手繰っていくと、詩の根底に「アルバイトの連続、吊革に立ったまま眠った」極貧生活の体感経験がある。十六歳で父を失い、母と二人の生活は「住まいにも事欠く」ほどであった。父の転勤に伴う、小学校だけでも四回の転校があった。中学も同じような経験をする中で、浜松第一中学から飛び級で武蔵高等学校へ進み、六倍の難関を突破して東京大学理学部へ進学を果たした。その強靱な精神力は有馬朗人のもう一本の柱である。 父は病弱であり、父を喜ばせるために俳句を作り、父亡き後、今度は母をなぐさめるために俳句を作るという経験は有馬朗人にとって貴重なものとなった。後に、高浜虚子に出会い、山口青邨に出会った。(略) この稿の目的は思想、文学、学問という巨大な森の中から、一〇〇句を抜き取り、その中から「有馬朗人」の全体像を浮き彫りにすることだ。一〇〇句を読み解くということは、その俳句の方向性を検証することである。 喜雨一刻女神の像の乳ぬらす 『知命』 マドリッドでの作。旱ばつがつづいた後に降る雨を喜雨、または慈雨と言う。夏の季語である。その喜雨が女神の像の乳を濡らした、と云うのである。女神の像では平凡になる。乳を濡らしたところに喜雨との照応があり、発見がある。女神を現実のものに引き寄せ、メルヘンの世界を描く、ここに、朗人の工夫が見て取れる。 この句は明らかに西脇順三郎の「雨」が頭にあっての作である。(略) この詩に窺える西脇の永遠の哀愁、感覚的思考、現代語による豊潤な詩的言語は、朗人の心を捉えるのに時間は要しなかったはずである。西脇の豊富なヨーロッパ体験と、古今東西にわたる学識、今までに経験したことのないような新しい発想、そこに朗人の今後を探る鍵が潜んでいる。最も影響を受けた一人に名を挙げている所以である。 爪切つて大きく飛ばす春の山 『立志』 朗人の俳句としては意表を突いた作である。この屈託のない、大らかでしなやかな風合いは、一つの句の新しい方向性を示した作品となっている。新しい境地として、注目の一句である。(略) 朗人の句は日常を回避することから始まった。ここに来て、日常への転換を試みたのが掲句である。(略) 「大きく飛んだ」のは爪でもあり、爪きりの音でもあった。それは、自身の驚きでもあった。朗人はそこに不思議を感じ、詩に昇華したのである。爪は思いもかけず大きく飛んだのであるが、それを「飛ばす」と表現したところに俄然おもしろさが生まれたのである。そこに「春の山」という思いもかけないものを持ってきたことにより、句は大きく羽搏いたのである。 ほんの少し内容を紹介してみた。俳人・有馬朗人について知らなかったtことがあまりにも多かったことに私自身この一書を読んで気づいた次第である。 「あとがき」の一節を紹介したい。 俳句を始めて以来、有馬朗人の背中を追って来た。途中一度も中断することなく俳句道に邁進することが出来たのは有馬朗人の存在とその大きさに由る物である。ここにきて、「有馬朗人」として一つにまとめておきたいという願望が日増しに膨らみ、『一粒の麦を地に』として一冊に纏めることが出来た。 著者の津久井紀代さんは、この一書をかなりの集中力をもって一気に書き上げたに違いない。読み進んでいくうちに著者の一途な気合と情熱が読み手にもひしひしとつたわってくる。 この本のブックデザインは、和兎さん。 「できるだけシンプルに」という著者の意向を反映したものとなった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 本文に紹介されている100句のうち、三句のみ好きな句を選んでみた。 やがてくる者に晩秋の椅子一つ 『母国』 珈琲の渦を見てゐる寅彦忌 『立志』 ソーダ水巴里に老いたる女かな 『鵬翼』 今日の讀賣新聞の「新刊紹介」に、宮地しもん歌集『f字孔』が紹介されている。 なぜここに青いすべり台があるのだろう こんなさびしい雪の野原に 晩秋の狗尾草(えのころくさ)はしずかなりここにこどもが消えたるごとく 存在することの不安をベースに、子育てを通して子どもを見、大震災などの出来事を詠う。 新宿紀伊国屋南口店では、いま「ふらんす堂通信フェア」をやっている。 スタッフの千絵さんが営業に行って写真をとってきたので紹介したい。 ![]() ![]() ![]() ほかのイベントは入らなければ10月19日まではやっているということである。 この土日に問い合わせなどあり、いろいろと反響があるようだ。 「ふらんす堂通信」を日頃手にすることのない方には是非に立ち寄って、「通信」を手にとっていただきたく思います。 数にかぎりがありますのでどうぞお早めに。 明日は紀伊国屋本店について紹介します。 明日は祝日。 勤労感謝の日であるが、わたしはきっと勤労の日となることだろう。 ほかに予定もはいってないし、いいのよ、家にいたらきっとぐうたらぐうたらして過ごすだけなんだから。 まとまった仕事は休日のほうがはかどるのである。
by fragie777
| 2014-09-22 20:24
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