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8月12日(火)
![]() 昨夜のことである。 ある用があって、わたしは夜中の午前1時半ころ車で出かけた。 用事を足して駐車場に車をいれているときに、目の前をふたりのおまわわりさんが自転車に乗って、通り過ぎた。 と、思ったらわたしの家の角を曲がってそこで自転車をとめて、車から出たわたしに軽く会釈をする。 あたりは門灯のみでくらくて表情はわからない。 おまわりさんたちは小声で何か話しているがよくは聞こえない。 でもわたしの家のすぐそばにいることは確か。 そして「ここがね……」とか言っているような気がする。 うーむ、 これはいったい何だろう。 わたしは少し緊張する。 わたしがいつもゴミ入れの箱を外に出しっぱなしで何日も放置しておくので、ご近所から苦情が出たのか? あるいは庭の木の葉がたくさん散って(夏落葉ね)周辺のご近所に迷惑をかけているというタレコミがあったのか、あるいは家にいるものが夜遅くまで音楽をかけていて近所迷惑であると通報があったのか、それとも真昼間から門灯をつけっぱなしでイカンとか、たたけばいくらでも埃がでてくる我が家の事情である。 わたしは聞耳をたてながら家に入って、今度は家の中から彼らがいるところを見つからないように覗きこんだのである。一階からは気配は感じるが木にさえぎられてよく見えない。 あまり覗くと見つかってしまう。 二階へしのび足であがっていき、真っ暗な家の窓からそとを覗き込んだらすでに彼らの姿はなかった。 しかし、いったいわたしは何をやってんだろう。 多くの健全な市民はすでにやすらかな眠りについているというのに、夜中の2時にでかけてもどり家の暗闇でパトロールのおまわりさんに怯えている年増女。 今朝おきて彼らがいたところをおそるおそる覗いたのであるが、おおきな×などが貼られておらず、yamaokaは安堵のため息をついたのだった。 ヤレヤレ。 10日の朝日新聞に、奥坂まや著『飯島晴子の百句』が紹介されていた。 葛の花来るなと言つたではないか 言葉と格闘し続け、79歳で自死を選んだ俳人の、代表的な百句を解説。 おなじく奥坂まや著『飯島晴子の百句』について、船団ホームページの坪内稔典さんが、今日も取り上げている。 天の川禽獣の夢ちらかりて 昨日と同じく『飯島晴子の百句』から引いた。天の川には人々の夢だけでなく、禽獣の夢もまた散らばって光っている。つまり、銀河は人や禽獣の夢が流れてゆく川だ。「ちらかりて」に夢の儚さというか残夢のわびしさを感じもする。 上のように私はこの句を読んでいたのだが、まやさんの読みは独特だ。鳥と獣は「植物が存在しなければ生きられず、眠りが不可欠でもある儚い生命体。短い生の間のつかのまの夢は、取留めもなく銀河を流れてゆくばかり。」つまり、禽獣が今見ている夢が銀河を流れている、とまやさんは読む。そうかなあ。人だけでなく、禽獣の夢もまた光っているのだ、と天の川を仰いでいる、そんな光景の句なのでは。 解釈は多様であっていいとわたしは思うが、ともかくも「天の川」と「禽獣の夢」が取り合わされているのがなんともおもしろいし、「ちらかりて」という表現もあわれに触れているように思える。 そして今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、岡本紗矢句集『向日葵の午後』より。 ぼろぼろの海藻乗るや夏の波 「夏の波」とあるが夏の終わりの句である。気の早い台風や土用波が海底からもぎとり、ちぎりとった海藻が波に運ばれて海岸に打ち寄せられる。「ぼろぼろの」とは偉大な夏への賛辞。闘って去ってゆく夏をたたえ、かつ惜しんでいる。 今日の「増殖する歳時記」は、土肥あき子さんによって平石和美句集『蜜豆』より。 指の力殺してブルーベリー摘む 日本で本格的な栽培が始まったから30年余り、栄養価の高い健康食品として、またジャムや菓子などの材料として定着したブルーベリー。いまや、農園での収穫体験や、家庭の庭木にも栽培されることから、手軽にその果実を手にすることができる。ブルーベリーは蔓性の植物で、果実は木苺と同じように指先で触れればたやすく萼から離れる。息や気配など、感情を努力して押さえる意味で使われる「殺す」を、掲句では指先の微妙な力加減で使用しているが、やはり一読ぎょっとさせる効果がある。ブルーベリーの果実のやわらかさゆえのあやうさが表現され、力を込めてしまいたくなる相反する気持ちがどこかで芽生えていることも感じさせる。〈顎引いて蝗もつともらしき貌〉〈縞馬の鬣の縞秋うらら〉『蜜豆』(2014)所収。 お客さまがおひとりいらした。 栗坪和子さん。 俳人でもおられるが、2011年にふらんす堂より刊行した半自伝的散文集『曠野より』の著者栗坪良樹氏の奥さまで編集者である。 この『曠野より』は、散文詩のような透き通った文体で人間の生きることの根源的な悲しみと神秘が北国の厳しさと時代の困難さの下に少年の目をとおして描かれたものだ。刊行後高い評価を得たものである。 栗坪良樹氏はもとよりすぐれた文芸評論家である。 今日栗坪和子さんがご来社くださったのは、ひとりの高齢な女性についての本の出版のご相談にお見えになられたのだ。 特異なと生き方をされたと言っていいのだろうか、その103歳になられる女性のものを資料をもとにどう編集して、よいものにするかいろいろと話しあったのだった。 ![]() ひさしぶりにご来社くださったので、すこし道を間違われたとか。 「いつ来ても、仙川はいいところですね」とおっしゃってお帰りになったのだった。 明日からふらんす堂はお休みにはいります。 yamaokaはときどき仕事をするつもり。
by fragie777
| 2014-08-12 20:05
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