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7月29日(火)
![]() このブログを書く前にわたしは椅子より立ち上がって大きく伸びをした。 (どうも、このごろ腰まわりに肉がついてイカンわ) わたしはありあまるお腹の肉をつかんだ。 腹筋でもする必要があるかもしれないが、まっ、やらないね。 ということで新刊紹介をしたい。 山本綾乃句集『田平子』(たびらこ)。 ![]() 著者の山本幾乃(やまもと・いくの)さんは、俳誌「朱雀」(有山八洲彦主宰)に同人、藍染の染色作家である。大正13年生まれで今年で90歳になられる方である。奈良県東登美ヶ谷にお住まいで、収録作品にも奈良を詠みこんだものも多い。俳句の出発は、藍染よりも後になってからで、有山主宰の帯文には藍染という色彩造形の世界で一家をなした著者が、俳句という言葉の造形の世界にも作家として名乗りを上げる処女句集。とあるように遅い出発であってもその習得力はすばらしいものがあったようだ。句集名は「田平子(たびらこ)」。春の草花でよく道端に咲いている雑草であるが、目立たな小さな花である。多くの人は、この田平子を田平子と意識せずに通り過ぎていってしまう、世界にいったい何人がこの田平子に心を寄せるであろうか。たぶん、それは俳人ぐらいだろう。それもほんのひとにぎりかなあ……。 田平子に春来る色のちよこと見え この句集の標題となった。一般に「仏の座」と呼ばれる春の七種の一つ、キク科の二年生植物。背丈二十センチほど、花は小型の蒲公英という感じだが極めて地味、春に先駈けて咲く。著者が春の花として愛して已まないという。句集名として字面の面白さ、音の軽快さ。 有山主宰の序文より引用したが、この地味な花を著者の山本幾乃さんは、「愛して已まない」というのが素敵だ。わたしもよくこの花を目にすることがあるが、実はとても可愛らしい花なのである。しかし、なんせ雑草である野山を歩いていていままで何度踏んづけてきたことか。 藍甕の布を手繰れば小鳥来る 藍染の工房での作業の手順を私は知らない。しかしこの句を読めば藍甕から長い布を、染めの塩梅を確め確めして、手繰り出している嘗ての幾乃さんの姿が見える。それも尉鶲・連雀など美しい小鳥が飛来する秋半ば。この句集中、藍染をテーマとした句は、この句と巻末の三句に止まる。半生を掛けて熱中した藍染から俳句に転換し、淡々と詠み上げる作者幾乃という女性に拍手を送りたい。 序文から引用させていただいた。著者の山本幾乃さんは日本染色作家協会に所属し、藍染作家としても多くの賞を受賞されているという。この本の装丁も藍染めにこだわられた。俳句との出会いを「あとがき」にこんな風に書かれている。 平成八年奈良市民報の二月号に「俳句をしませんか」と言う記事がありました。夫の百ヶ日を修し、四十年間没頭していた染色にも空しさを感じていた時でしたのですぐ入門させていただきました。然し歳時記のあることも知らない七十の手習でした。歳時記を見た途端日本語の美しさ豊かさの虜になりました。挫折しそうな時も幾度か、又悲しみに打ち砕けそうな時もありましたが、何時もどんな良薬よりも俳句に癒されて二十年近く続けることが出来ました。句集を作るなんてとんでもないことと思っておりましたが、六十年前輸血で貰った肝炎が悪化していることを知らされ、急に拙いながら一生懸命見入り聞き入り思い入って作った句たちがいとおしくなり纏めたいと思うようになりました。 70歳にして始めて俳句をはじめられ、90歳にしてこうして句集を刊行されるとは、すばらしいことだと思う。俳句という詩形は、年齢を問うことなく誰でも作ろうとする者を迎え入れてくれる。70歳ではじめられた山本幾乃さんのひたむきな熱心さが迫ってくるような一冊である。 石段に昼のぬくもり月を待つ 豆を煮て豆のつぶやく夜長かな 紙干すや峡のひかりを集めては 春ショールするりとはづし神の前 流灯の小さきの急ぐ何かある 螢火の橋越ゆるものくぐるもの 一合の米研ぎなれて虫の夜 遮断機のぐぐと上りて雪零す 玄室へ秋霖の傘たたみけり 大仏殿凭れてぬくし太柱 一雨の一夜の丈の夏わらび 月涼し鼻緒の太き夫の下駄 あかがねの水差しひかる寒さかな しばらくを並び車窓を夏燕 癌告知秋の白雲ぽかんぽかん 藍甕の藍の花立つ良夜かな 90歳になられた著者山本幾乃さんのこれからのご健吟をお祈り申し上げております。 この句集の装丁は、君嶋真理子さん。 著者の藍染風にというご希望に工夫を凝らしてもらった。 ![]() この写真ではちょっとわかりにくいが、白の用紙は横に波模様があるものを用いて布目感をだしてもらった。帯の用紙は「きぬもみ」、いかにも和紙っぽいでしょう。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 涼しさが立ち上がってくるような一冊となった。 しかし、「田平子」と漢字で書くとあの小さな地味な花とはちがったずいぶん立派そうな字面となる。 あらためて、「たびらこ」ってこう漢字で書くのね。 流灯の小さきの急ぐ何かある この句がなぜか心に残った。 灯をゆらめかせながらひときわはやく流れていく小さな流灯。もうそれだけで何かを語っている。 あわれだ。 すぐる27日に第十回青森文芸賞の授賞式が青森市で行われた。 ふらんす堂より詩人論を収録した『詩人のポケット』を刊行された小笠原眞さんが受賞された。 わたしはその式にうかがうことができなかったのであるが、小笠原眞さんが写真を送ってくださった。 ![]() ご挨拶のおことばをお教えいただこうと思ったのだが、「授賞式でのあいさつ文は、ちょっと舞い上がっていたためほとんど忘却の彼方に飛んで行ってしまいました。」ということで、青森文芸家協会で刊行されている「文芸あおもり」に寄せられた文章をお送りいただいた。それをそのまま紹介させていただく。 まずは私の拙い評論集を受賞作として選んでいただいた六人の選考委員の方々に心から御礼を申し述べます。また、本書のあとがきにも書かせていただきましたが、評論を書くきっかけを与えてくださった同人誌「朔」を主宰される圓子哲雄様、評論の師と仰ぎ詩人論を書くたびに心温まるお手紙を寄せていただき書き続ける勇気を与えてくださった泉谷栄様に、改めて深甚なる感謝を申し述べます。 思えば中学の頃文学に憧れ、大学生になって詩なら短いから自分にも書けるんじゃないかと不遜な気持ちで始めた詩との関わり合いが、かくも長きにわたって持続し、今回の栄誉に結びつくとは思いもよらないことでした。詩の世界に飛び込んですぐに気付いたことは、詩は極めて難解であるということでした。しかし多くの詩書に触れることで、最近ようやく詩の芳醇な世界を自分なりに堪能できるようになりました。本書が素敵なおすそわけになってくれればと願っております。 小笠原眞さま。 第十回青森文芸賞のご受賞まことにおめでとうございます。 このご受賞を期に詩人としてますます豊かになられ、いい作品を書いてくださいませ。 ふらんす堂刊行の詩集が「青森文芸賞」を受賞したことも、とても嬉しく思っております。 いいご本を刊行させていただき、ありがとうございました。 しかし、ひとつお知らせしておかなくてはならないことがあるのだ。 この「青森文芸賞」は、この度の十回をもって終了してしまうのである。 残念なことである。 ![]() 送っていただいた「文芸あおもり」終刊号。 賞を存続していくことの困難さをおもってしまう。 「ふらんす堂通信141号」が出来上がってくる。 ![]() 新聞紹介などはまた、明日。
by fragie777
| 2014-07-29 20:26
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