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1月22日(水)
![]() まだチビ猫であったが、ニラミはもう充分に一人前だ。 昨夜は雪が降ったらしいが今朝はもう解けていて、おだやかな日差しとなっていた。 しかし、油断してはいけない。 東京はこれから何回か雪が降って都会人の暮らしを脅かすのである。 だからね、 こう、 丹田にぐっと力をいれて そう、この野良猫の目つきを真似して、 みんなで天をにらみ返しましょ! 雪よ、降るな!!って。 新刊紹介をしたい。 澤口航悠句集『霜柱』(しもばしら)。 ![]() 著者の澤口航悠(さわぐち・こうゆう)さんは、俳誌「樹氷」(小原啄葉主宰)の副編集長である。編集長は白濱一羊さん。この句集には小原主宰が序文を、白濱編集長が跋文を寄せている。序文、跋文ともに著者の澤口さんへの信頼に充ちたあたたかな思いにあふれた文章である。この度の『霜柱』は、平成5年から25年までの20年間の俳句を収録した第一句集となる。 方言に生きる強さや霜柱 句集名となった一句である。わたしはこの句にぐっと来た。澤口航悠さんは岩手県盛岡市生まれの盛岡在住。この句には東北人として生きる矜持が気持ちよく詠まれている。かの有名な「霜柱俳句は切字響きけり」の波郷の句に通いあう精神のかがやきを感じさせる。 本書の題名にもなった秀作である。(略)方言を「生きる強さ」と捉えたセンスに強く感銘した。この〝生きる強さ”には東日本大震災から立ち上がる住民の底力までもかくされている。季語「霜柱」の斡旋の効果だ。 小原啄葉主宰の序文のことばにあるように、この一句は、東日本大震災の罹災者たちのうちに持つ力を見据えている。またそれは岩手という土壌への信頼感によるものだ。 著者の澤口さんは、一昨年の三月に定年退職をされたが、長く岩手県の高校の数学の先生をされていた。白濱一羊さんとも高校の職場句会を通じて知り合いになったということだ。 ピストルの鳴る校庭の牡丹かな 遠足のしんがり歩く教師かな 生物教師七夕竹を持ち込みぬ 板書せる白墨とまる初音かな 田水張り空を二つに分けにけり 江の島に買ひ足してゐる桜貝 雪囲ひ解かれて風の見えてきし ばらばらに逃げて一つに稲雀 立ちしもの風をつくりて無月かな 航悠さんの俳句は近年益々充実してきた。、どの句も捉え方が新鮮で内容も深い。暗喩、寓意などの技法を存分に駆使しながら、常に優れた句を成功させている。著者はこの句集出版を契機に更に大きく飛躍するであろう。 著者へ対する小原主宰の大いに期待を寄せることばである。 啄木の低き机や蟬時雨 雪吊りの縄を強めに雪を待つ 年始客沢庵誉めて帰りけり ばらばらに逃げて一つに稲雀 教へたきことまだ残る卒業子 恋文をまた読み返し金魚玉 素足入れ田植のときを計りけり 雛人形かたくゆるくと着付けたり 春の野にほどよき棒を拾ひけり ひらがなの掛軸に替へ水温む 澤口航悠さんと私は、同じ高校の職場句会をきっかけとして俳句を始めた。当時、朝日新聞岩手版の選者であった小原啄葉先生の指導を受けるようになり、「樹氷」へ入会。「樹氷」新人賞をもらったのも、同人になったのも同時である。いろいろな俳句大会へも一緒にでかけ、切磋琢磨しあった句友である。その航悠さんも平成二十四年三月で停年退職をした。この度、退職記念の意味もこめて第一句集を上梓するという。誠に喜ばしいことである。(略)まだまだ、進化を続ける航悠俳句。これからの展開が楽しみである。航悠さんにかかる期待はこれから増すばかりだ。健康に留意しながら、大輪の花を咲かせてほしいと心から願っている。 白濱一羊さんの跋文からである。切磋琢磨して来られたお二人なのだろうということが分かる。 この句集を読んでいると、北国の風景とそこに生きる人の暮らしぶりが見えてくる。著者もまたその風土を愛する一人として豊かに人間性を育んできた。仕事人として生活者としてまた俳句をつくる人間として。東北人の誇りある素心がまっすぐに伝わって来る、いい句集である。 掛大根すき間に布団干してあり アナウンス跳ね返りくる冬の駅 日の当たる山に音して春時雨 それぞれの羽が見えをり卒業す 秋耕の燃やすことより始めけり 海へ降る雪に形の見えざりし 霙の夜屈葬のごと湯に沈む 螢火の交はるときに弾けけり 清水へ坂の集まる冬銀河 田植機を少し離れて妻が植う 仏間まで祭の風を入れにけり 枯蓮に触れて風音枯れにけり 着膨れて拾つてもらふ切符かな 畑に立つ人遠くをり春の雲 水拭きの水の冷たし桃の花 平成二十四年三月に教職を定年退職しました。原点に帰って俳句と向き合おうと思い、啄葉先生が指導している俳句講座に参加し直接ご指導を受けることができました。さらに自分を磨くと共に、俳句の面白さを多くの方々に伝えていきたいと思っております。退職の記念に時間を作って句集出版をと思いながら一年が過ぎてしまいました。平成二十三年三月十一日の東日本大震災の大津波で岩手も大きな被害をうけました。何を支援したらいいかを考えながらも無力感を感じておりました。この句集がかつて勤務した大槌高校の教え子たちに届き、当時を思い出すきっかけになってくれたらという思いもあります。 「あとがき」からのことばである。教え子たちの顔を思い浮かべながらのことばは、良き先生であられたことを充分に語っている。 この句集の装丁は君嶋真理子さん。 「霜柱」という具体的なものをどう抽象化するか、そこが難しいところだ。 シンプルに美しく表現できたのではないだろうか。 ![]() 透明感のある一冊となった。 ![]() ![]() 淡いブルーと白のみのイメージである。 ![]() ![]() ![]() この句集の担当は、三好萌さん。 湧くやうに星降るやうに螢かな 「澤口航悠氏は、『解り易い句がわたしの持ち味ののでしょうか。』と仰られており、まさにその通りだな、と思いました。詠まれた句の情景を想像することが楽しく、また『この気持わかる!』というような句も多かったです。」 とは萌さんの好きな一句と感想である。 霜柱根のあるものの生きてをり 集中にあるもうひとつの「霜柱」の句である。わたしは、この句にもぐっときた。そうだよな、って思う。今は土の中に埋まっていて見えなくても根があれば生きていて、やがて逞しい息吹とともにその命のかたちが見えてくるのだ。耐えることがその血脈に流れている東北人でなくてはなかなか気づかないことだ。いい句だと思った。句集『霜柱』は、太くあたたかな抒情に貫かれている。 坪内稔典さんによるねんてんの今日の一句は、児玉硝子句集『青葉同心』』より。 ラガー泣くうどんで首を吊ってやる 児玉硝子 昨日、野口る理さんのきつねうどんの句を紹介したが、その句から連想したのが今日の句。句集『青葉同心』(2004年)にある。ラガーが泣いていて、うどんで首を吊ってやる、と口走っているのだろう。出来そうもないことを口にするラガーがおかしい。このラガー、きっと試合に大敗したのだ。 硝子さんは1953年生まれ。「松過ぎや辿り着いたらかきのたね」「百年後もういないけど木の芽和え」などの句は、どことなくる理さんの句に通じている。発想がともに軽い。しかも意外性に富む。泣くラガーとうどんの取り合わせは軽くて意外なのだ。 ![]() 家はすでに跡かたもなくなっていた。
by fragie777
| 2014-01-22 20:30
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