ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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猫と狐と獣と。

1月21日(火)

猫と狐と獣と。_f0071480_1711829.jpg
わたしをいつも待っていてくれる木。
まわりは梨畑が広がる。
この木は何の木かわかります?

合歓の木である。

じゃーん!


新刊句集の紹介をしたい。

谷川邦廣句集『黒点虎』(くろてんとら )。

猫と狐と獣と。_f0071480_1753947.jpg
四六判小口折表紙。

著者の谷川邦廣(たにかわ・くにひろ)さんは、昭和19年生れ、俳誌「知音」(行方克巳・西村和子代表)同人、平成2年に西村和子さん指導のもとで俳句を始めた。西村さんのご夫君と谷川さんが同じ会社であったというご縁によるものだ。そのへんの詳細は、西村和子代表の序文に書かれている。帯文は行方克巳代表。タイトルの「黒点虎」とは、いったい何を意味するのか。

この句集は、三代にわたって作者の日常と人生を、黙って見つめてきた愛猫たちに捧げられたものである。かと言って、決して情に流されたものではない。むしろその作品は冷静な理科系の発想から生まれたものが多い。

西村和子さんの序にあるように「三代にわたって作者の日常と人生を見つめてきた愛猫たち」の名前なのである。それらの猫の名がそれぞれ「黒」点」「虎」なのだ。黒(くろ)と虎(とら)は猫の名前としてまあ、わかるが、点(てん)というのは、あまりないかもしれない。

 猫呼べば端居の猫の尾で答へ   (黒)
 我が胸の底を見てをり秋の猫    々
 んにやんと鳴いて出て行き春の猫  々
 老猫のときをり子猫の顔をせり   々
 野良猫を手なづけ老の日向ぼこ  (点)
 囲炉裏より飛び出す猫の真顔かな  々
 新盆の供養猫缶ねこじやらし    々
 我が脚に猫の擦り寄る夜の秋   (虎)
 梅雨に入る帰らぬ猫を待ち疲れ   々
 もう猫は飼はないときめ夏の夜   々

句集の章立てもこの三代にわたる猫たちの名で分けられ、冒頭にそれぞれの猫を詠んだ句をおくという編集である。まず「猫ありき」なのである。

谷川邦廣さんは、工学博士にして猫語をもあやつる。世界のどこに行っても猫は友達だー。ときにごきぶりとも誼(よしみ)を通じるらしい。邦廣さんの目から見た俳句の世界に広がりは新しい刺激に充ちている。

これは行方克巳さんの帯文である。
「猫語をあやつり、ごきぶりとも誼を通じる」とは並のお人ではない、とふんだ。しかも西村、行方両氏が書かれているように、冷静な工学博士であるという。

 科学者はかくあるべしと大賀蓮

中でも大賀蓮の句に注目した。二千年も前の種から現代に甦った花として知られる大賀蓮は、常識や先入観にとらわれず、不可能と思われることに挑戦した博士の名から、こう呼ばれる。目の前に美しく開花した大賀蓮の由来に思いを致すうち、作者の感動はこうした表現に凝縮されたのだ。真の科学者は、その興味のありようにおいて、無垢な精神において、夢の壮大さにおいて、真の詩人と通いあうものがある。美しいものを生み出したいという詩ごころ、常識にとらわれない自在な発想、信じる強さ。大賀蓮から受けた感動が、この句を生んだ。「べし」は当然そうあるはずだとか、そうあらねばならぬという意もあるが、強い意志や決意を表わす語でもある。科学の分野で仕事をする作者ならではの句といえよう。

西村和子さんの序文より引用した。科学者にして詩人の心をもつ谷川邦廣さんであると。
そういう方の俳句をすこし紹介したい。

 虫売りの虫のまねして客を呼ぶ
 中耳より内耳に響く落葉踏む
 昼顔の熱を集めて咲くならむ
 屯してサーファーの何するでなく
 一束の年賀状あり未決箱
 初蝶や階段を踏み外すかに
 木々よりも春は空気の中にかな
 行く春や定年までの鞄買ひ
 つまらなきものあざやかに夜店かな
 足首の寒く満員電車かな
 行く秋の鞄の底に傘がある
 亀鳴くや大陸移動説かたる
 凌霄の花の先まで断末魔
 さし延べる手に放電す冬木の芽
 秋の風パミール高原より発す
 冬晴や半球に雲一つなき
 案山子よりまじめに務め退官す
 パソコンの立ち上がり待つ団扇かな
 春眠の覚めて失ふ名句かな
 ごきぶりは俺の友達妻の敵
 銀杏散るなり散り敷いて無尽蔵
 てかてかに河馬を塗り上げ秋の雨
 新聞の音ごはごはと梅雨深し
 実柘榴の揺れて発する重力波
 悲しみは遅れて来たり冬の雨 (父永眠)
 地球一粒葡萄百粒星無数
 もういいよもういいよとて法師蟬

「昼顔の熱を集めて咲くならむ」「さし延べる手に放電す冬木の芽」の句は、三橋鷹女の「ひるがほに電流かよひゐはせぬか」の句を思い出させ面白いと思う。わたしは科学者の目が効いた作品も谷川さんならではの良い句であると思うが、肩の力をぬいて実感でふっと詠んだような作品に目がとまる。たとえば、「屯してサーファーの何するでなく」「つまらなきものあざやかに夜店かな」「足首の寒く満員電車かな」「新聞の音ごはごはと梅雨深し」「悲しみは遅れて来たり冬の雨」など。こういう俳句はけっこう好きである。つまり谷川さんは守備範囲のひろい俳人なのだ。「ごきぶりは俺の友達」はちょっと許せないかもしれないけど。奥さまにまったく賛成です。

句集名は「黒点虎」とした。生活を共にした猫たちの名前を並べたものである。黒は雌猫で、一歳未満の子猫の時、迷子の猫として我が家に来た。老猫となるまでおよそ十七年間の付き合いであった。私が句作を始めた当時は、十歳位になっていたが、時には子猫、時に恋猫、果ては老猫とそれぞれの役割を演じてくれた。二代目の点は雄猫で、黒と時期が一部重なっている。黒が逝ってから、我が家の猫となったのである。地域のボス猫として君臨し、侵入してくる雄猫たちとの喧嘩で、生傷が絶えなかった。そのたびに動物病院の世話になったが、三度目の大手術の後に死亡した。年齢は正確には分からないが、我が家にいたのは六年であった。最後の猫はトラである。二歳未満のころに、近くの団地の自転車置き場にいたのを妻が連れて来た。雌猫であるので、黒と同じくらい長生きするものと期待していたが、四年十ヶ月で死亡した。予期せぬ短命であったのでショックが大きかった。私の俳句はこれらの猫なしでは考えられないので、それぞれの章立てを、黒、点、虎として猫たちとの関係を明確にした。各章のはじめには猫の句を配列し、そのあとに猫以外の句を、およそ作成年順に並べてある。

「あとがき」である。「黒、点、虎」に対する谷川さんの思いをあますことなく語っておられる。この猫たちあってのこの句集なのだ。猫たちにささげたオマージュである。

いまどんな思いで谷川邦廣さんは、こうして纏められた一冊を手にしておられるだろうか。
是非に伺ってみたいと思う。

装丁は和兎さん。
徹底的に用紙の風合いにこだわった装丁となった。
表紙、見返し、扉を同じ用紙の色と厚さちがいで統一したのであるが、パソコン上だと用紙の風合いを出すのは極めて難しい。手にとってもらってその良さがわかる一冊だ。

猫と狐と獣と。_f0071480_1842424.jpg
帯をはずしたところ。
色はブルーのみ、あとは黒が基本。

猫と狐と獣と。_f0071480_18471252.jpg
タイトルも黒メタル箔。

猫と狐と獣と。_f0071480_1847368.jpg
背も黒メタル箔で。

猫と狐と獣と。_f0071480_18481585.jpg
見返しは、表紙よりややあたたかさの増した色のものを使う。

猫と狐と獣と。_f0071480_18492713.jpg
この用紙がもつ肌合いとぬくもりを感じて欲しいのだが……

猫と狐と獣と。_f0071480_18502271.jpg
扉。見返しよりもさらに濃い色のものを用いて深みを出した。

猫と狐と獣と。_f0071480_1851127.jpg
扉のタイトルもまた黒メタル箔。

猫と狐と獣と。_f0071480_1851412.jpg
使われたブルーの色もつつましく全体はとても渋い仕上がりの一冊である。
この本の装丁の良さは手に取ったときの書物のもつ風合いである。それにつきる、と言っても過言ではない。
色が語り色が氾濫するコンピュータ世界に、色だけでは表現できない本づくりをしていきたいのだ。

猫と狐と獣と。_f0071480_18572659.jpg
谷川さんの猫たちの温もりが伝わってくるような一冊であって欲しい。

この句集の担当は高橋千絵さん。千絵さんの好きな句は、

 冬灯ドラキュラの住むアパートか

「冬の寒々しい中で見たアパートが、蔦だらけだったり蝙蝠が飛んでいたり、何らかのことがあって「ドラキュラの住む」と思われたと存じます が、そういった発想が面白いと思いました。私も想像力を働かせて見れば、いつもの風景も違って見えるのかと思うとわくわくしました。また、タイトルになっている3匹の猫の句も、猫に対する愛着が感じられました。今も家の周りの猫に餌を与えるなどして猫とは触れ合っていらっしゃるとのことでしたので、今後も猫の句をたくさんお作り頂けると良いなと思いました。」と千絵さん。

わたしは次の二句が面白かった。

 目立たざる官吏に終り菠薐草
 案山子よりまじめに務め退官す

ご自身を詠んだ自画像だと思うが、配された「菠薐草」や「案山子」の季語がいい。「案山子」をまじめと思って見たことはこれまでなかったが、確かにふまじめじゃ案山子はやってられない。
この二句には、谷川さんの味のあるユーモアが潜んでいて、わたしは好きだ。
うーむ、「菠薐草」ねえ……。


今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、柳沼新次句集『無事』より。

 身の内のけだものに逢ふ冬夜かな   

冬、獣たちは乏しい食べ物を求めて野山をさすらう。夜になれば、二つの大きな目をらんらんと輝かせて。もし人の心をすみかにする獣がいれば、彼も心の闇をさまようだろう。とある夜、その獣と出くわし、はたと目が合うこともある。


坪内稔典さんによるねんてんの今日の一句は、昨日と同じ野口る理句集『しやりり』より。

 悴めばきつねうどんのやさしさよ

悴むという季語がきつねうどんと取り合わせになっている。2つを結んでいるのは「やさしさよ」という反則に近い表現だが、反則的強引さが、きつねうどんを実にやさしい動物みたいに息づかせている。反則的だというのは、思いの直接的表現、つまり「やさしさよ」というような言い方は俳句ではしばしば言い過ぎになることを指す。だから、直接的表現はしない方がよい、ということになるのだが、る理さんはわざとその反則を犯してきつねうどんを救った。今日はどこかで私もきつねうどんを食べたい。


「きつねうどん」か…。
わたしも食べたい。
実はわたしは無類の油揚げ好き。
そのむかし、新婚ほやほやのyamaokaは、夫の母親なる人にむかって「油揚げが大好きです」と嬉しそうに言ったところ、「まあ!」と言ってコロコロと笑われたのだった。
(油揚げが好きってそんなに可笑しいか…)
ってわたしも気まりわるそうに笑いながら思ったのだった。

油揚げが好き→笑われる

これ、わたしのトラウマである。

コン……
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by fragie777 | 2014-01-21 19:42 | Comments(2)
Commented at 2014-01-22 15:18
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by fragie777 at 2014-01-23 16:53
sinamonさま
新大阪駅にそんなおいしいうどん屋さんがあるとは知りませんでした。
今度是非に行ってみたいと思います。

(yamaoka)
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