ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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闘病句は一句もつくらず……

1月16日(木)

闘病句は一句もつくらず……_f0071480_17331981.jpg
仙川商店街で売られていた節分のもの。
ということはもうすぐ春ということか。
しかし、寒い……。

仕事中にスタッフたちの間で、「萌(もえ)」の話で盛り上がった。
興味のない方々には全然わからないことだと思うのだが、その内容が「蕎麦」の「萌」なのである。
いわゆる「蕎麦」になにを「×(かける)」と萌えるか、というまったくバカらしいと言えばバカらしい、しかし聞いているとくだらなくおもしろい話である。

「茗荷が萌えると思うけど、どう」とスタッフが言う。
「どういうことよ」と聞けば、「茗荷を擬人化するとかなりのイケメンになると思いません?」って。するとほか「いや、生姜ですよ、そこは」「鴨に添えて生姜ね」「いや、やはり、葱ですよ」「そうなると王道のワサビっていうことも」とほかのスタッフたちも黙っていない。

どうでもいい会話だとわたしは呆れたのだが、スタッフたちはかなり盛り上がって笑い合っている。
こう言っちゃなんだけど、わたしはそれこそもはや古典となりつつある竹宮恵子の漫画「風と木の詩」を連載中に読んで萌えた第一次萌え世代であるが、とても当世の萌えにはついていけない。
ホント、ばかばかしい……
しかし、軽蔑してはいけないのである。
当世の「萌え」は、地球上のあらゆるものにあると言っても過言ではないのである。
はたでみてると凄いエネルギーだと思う。


新刊句集の紹介をしたい。

服部麦別遺句集『人中』(にんちゅう)。

闘病句は一句もつくらず……_f0071480_17502334.jpg
四六判ソフトカバー装。

遺句集である。著者の服部麦別(はっとり・ばくべつ)さんは、平成23年の8月に亡くなられた。享年66歳。何10年も俳句を独学で続けて来られたが、奥さまの鶫実夫人の誘いによって夫人とともに平成19年に俳誌「澤」(小澤實主宰)に入会、それから亡くなるまでの数年間は「澤」一筋に俳句に邁進する日々であったということだ。この度の遺句集『人中』は服部鶫美夫人によって編まれたが、夫人のみならず、小澤主宰をはじめ「澤」のお仲間の方々の麦別氏への思いにあふれた遺句集となった。いかに麦別氏が、敬愛されていたかそのことがまっすぐに伝わってくる句集である。麦別氏の人となりもお目にかかったことはないのだが、目に見えるように体温のつたわってくる遺句集となった。
小澤實主宰は、帯文、追悼句四句、鑑賞四句、題簽を寄せている。

ぼくの指導する「澤」定例句会に欠席投句三句を出して、その夜にぼくの句評を妻の鶫美さんから聞いた。そして、その翌日に逝ってしまった。それが、服部麦別という男だ。俳句とともに生きた、ということばに一切の偽りはない。ごつごつとした独自性のある俳句に学びたい。一句一句の自他に向けた確かな描写の奥に、麦別は生きている。

帯文を引用した。悼句四句もすべて引用したいところだが、一句のみ紹介する。

 編集部に入らんが夢ひぐらし鳴く (退職後は編集部に入り手伝ひたかりしと言ひくれたり)

そして「鑑賞四句」よりは、

 我吹けば蠅虎(はえとりぐも)の踏んばりぬ   麦別

この蠅虎もかわいい。身辺にいる蠅虎である。誤って、踏みつぶしてはいけない。辞書などで押しつぶしてもいけない。吹きとばして、自分から遠ざからせたいところである。ところが、吹き飛ばそうとしても、蠅虎は飛ばされまいと踏ん張ってこらえている。その様子がかわいいのだ。蠅虎は新しい季語、夏季のものである。詠まれても、単独の動きであることが多い。この句は、人間、「我」との関わりの中で捉えているのが、おもしろかった。(「澤」平成二十年八月号)

そしてまた、「澤」のお仲間が言葉を寄せている。森下秋露さんは、「上滑りのせぬ言葉」と題して麦別さんが「第十一回潺潺賞」を受賞されたときの麦別論と、一句鑑賞をとおして追悼文を、原拓也さんは、「烈風のように」と題しての追悼文である。このほかに、「澤」誌上で掲載された「澤集巻頭作家インタビュー」が収録され、麦別さんの人となりや俳句向き合う姿勢などが活き活きと伝わってくる。

俳句は私の鏡である。どんなに気を付けても、私のいやらしい所、格好をつけた所、洒落臭い所がちゃんと浮び出ている。噓が噓を上塗りしている時もある。そういったものを取除くことを、私の作句の上での一番の課題としている。その基準では失格の筈のものも投句することはある。先生に採られれば、それはそれで、頰被りをしている。(略)最初に述べるべきであったが、入会以来、主宰が、まさに、一句一句を見守って、育てて下さった事、句会その他での澤衆による錬成、そして、私の健康面で、支えてくれた妻の労苦に、感謝を申し上げる。

これは、麦別さんの「潺潺賞」受賞のご挨拶の言葉である。自身への厳しさと主宰をはじめ連衆への信頼に満ちたことばだ。服部麦別さんは、英文学者であり大学の名誉教授という職におられた方であるが、そういうご自身のキャリアとは関わりなく、一介の学びの徒として俳句の座に連なったのである。

 人中(にんちゅう)に洟一すぢや父泳ぐ

タイトルとなった「人中」の句である。鶫美夫人の「あとがき」によると、「人中」とは、「鼻の下と唇の間の窪み」のことを言うらしい。わたしもはじめて知った。広辞苑によると「はなみぞ」ともいうらしいが、「人中」の方がはるかに詩的な飛躍を感じる。これも麦別氏の教養によるものだろう。「麦別の句で初めて知った。」など、今も句会で話題にしていただくことがある。夫の選び抜いた言葉が生きているのは、私の中だけではないことに気付く。と鶫美夫人。

 田作を四本の太き箸もて炒る
 宝籤売る膝掛の下半身
 川崎や青無花果の厚埃
 はすかひに東寺ぬければしぐれけり
 躑躅咲く五人反り身のちんどん屋
 黒塀を曲つて来たり鬼やんま
 ゴム手袋うらがへし棄つすさまじき
 雪の日の講義逸れたりかまふものか
 駅員室寒き駅員出て戻る
 焼芋屋柱くべたり長きまま
 春潮の泡ひろごれり岩の上
 筍煮根元を呉れよいぼ付きを
 曼珠沙華からまり合へば杖で梳く
 水引草さはるプロパン瓦斯ボンベ
 きちきちの道に飛んではまた草へ
 遠足やうしろにおらびどほしの子
 選挙カー四角曲りや麦の秋
 まくなぎいおめえひとりで来たのかあ志ん生
 砂日傘たづぬやスーツ革の靴
 樟の根方やめいめいの涼み顔
 
平成十九年八月、夫婦で結社「澤」に入会した。麦別は、何十年も新聞の俳句欄を切り抜き、定年後は本格的に俳句に取り組みたい、と言っていた。でも、「物事は習うのではなく、自分で学ぶもの」との信条から、結社には懐疑的だった。夫に趣味の友ができることを期待した妻は、「一緒にやるから」と、口が滑ってしまう。
師と仲間を得た麦別は、まっしぐらだった。元来凝り性である。「澤」誌はもとより、種々の歳時記、古今の名著を読破していった。食事中も気になる俳句や表現に出会うと、専門の英文学にそうであるように、家中の書物にあたって解を探し出した。食卓に戻る頃には、燗酒は冷めていた。思いばかりが強い自己流の俳句は、だんだん、共感をよぶものに変わっていく。
平成二十一年四月、膵臓癌が発見された。同じ状況の患者の平均存命期間は六ヶ月、と医師に告げられた。座っていられない程の痛みの緩和と抗癌剤の治療のため、定年までの一年を休職せざるを得なかった。
投句は続けた。治療で気分が悪くても、手が痺れて文字が乱れても、俳句を読み作ることに没頭した。体調が落ち着くと、瘦せた身体に杖をついて、句会にでかけた。同人にも選出され、結社の年間大賞である潺潺賞もいただいた。六ヶ月を遥かに越え、二年半生きることができた。作品に、闘病句は一つもない。
俳句をもっと知りたい一心で、麦別は常に前向きであった。


鶫美夫人の「あとがきにかえて」より抜粋して紹介した。厳しい闘病の渦中であっても、「闘病句は一句もないと。そして「、麦別は死を前にしても、俳句に集中していました。」とある。また、全文を紹介できなかったが。いかに「澤」の連衆に支えられていたか、そのこともよくわかる「あとがきにかえて」である。
「麦別」という俳号は、次の一句に拠る。

 麦の穂を便(たより)につかむ別かな   芭蕉

芭蕉の「麦の穂を便につかむ別かな」からでっちあげました。餞別の句への返しですから、何がしか、挨拶の気持も籠ると思いまして。とインタビューに麦別氏は答えている。


この遺句集の装丁は、和兎さん。
「人中」という句集名をどう表現するか、頭を悩ましたところである。

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帯をはずしたところ。

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タイトルは黒メタル箔で。装画はちょっと変わっている。

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この狐のような犬のような動物。これについて服部鶫美夫人からメールをいただいた。
「実を言うと、魚の後ろで手を伸ばしている動物にそっくりな体躯の細い犬が我家にいます。夫の死後、貰ってきた犬で」とあり、「この表紙を頂いた時は、本当にびっくりしました」とあり、わたしたちもその不思議さに驚いたのだった。「これもきっとご縁なのでしょうね」と夫人は書かれ、その犬は「女ばかりの家族に甘やかされ明るくノビノビと育っています」ということである。

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表紙。

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見返し。

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扉。

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扉にも魚と犬を。

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小澤實主宰の題簽。

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「人中」という句集名がシンプルに美しく、背筋をまっすぐに世界にすっと立っている、そんなことを感じさせる一冊である。


この句集の担当は高橋千絵さん。千絵さんの好きな一句は、

 牡蠣啜る上目遣ひや汝と吾と

「食卓で奥さまとお食事中にふと目があったのでしょうか。ご夫婦で仲がよろしいところが彷彿とされて、大変微笑ましいと思います。奥さまからお電話を頂いた際に、「ご覧になった方が、『どの頁を開いても麦別がそこにいる』と言って頂く」と仰られていました。
私も生前の麦別様にはお目にかかったことはございませんが、この本の中で生きていらっしゃる麦別様を、わたしも感じ皆様にも感じていただければと思います。」と千絵さん。

 ふらここの鎖にすがり電話せる

わたしはこの句が面白いと思った。星野立子の「鞦韆に腰かけて読む手紙かな」という句が好きなのだが、その句を思い出した。ブランコのところで携帯電話をかけているのだろう。まさに当世の景色だ。「鎖にすがり」というところも手紙ではない携帯電話の持つ慌しさがあって面白い。ブランコは変わらず、人の世の景色は変わっていく。




ふらんす堂句会のふたつの会の年間賞の受賞者を紹介したい。

三村純也氏ご指導の「神戸句会」は、岡澤ひろみさん。

 わしづかみして投げくるる年男   岡澤ひろみ

高柳克弘氏ご指導の「吉祥寺句会」は、船山冬木さん。

 白息を大きく吐いて子に見せし   船山冬木

岡澤さま、船山さま、おめでとうございました。


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船山冬木さんと講師の高柳克弘氏。

「3月11日の震災のあと「俳句」詩上に140人の俳人の励ましの一句と一言が載りました。
その中で『詩歌は本来役に立たないものとしてある。これからも自分は役に立たない俳句をつくり続ける』と断言した俳人がいました。あの状況下でそう言えることを凄いと。その俳人が高柳克弘さんでした。その俳人の句会に参加し、学びたいと思いました。その句会での賞です。うれしいです。気分一新、 俳句をつづける力をもらいました。ありがとうございました。」
船山冬木さんの喜びの言葉である。
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by fragie777 | 2014-01-16 20:21 | Comments(0)


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