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1月15日(水)
![]() この日、20羽ほどの鳩が懸命に畑をつついて餌をあさっていた。 今日15日は、新年の行事のひとつで「小豆粥」を食べる日である。 7日に「七種粥」を食べるのは、よく知られるところでありスーパーなどでも「七種粥セット」なるものが売られていたりするけど、わたしは「小豆粥」は15日に食べたことがない。 あるいは小さい時に家で食べたことがあるのかもしれないがもはや記憶にない。 角川書店版の「俳句大歳時記」によると、「小豆粥」の解説はこのようにされている。 小豆粥=十五日粥 赤小豆粥 望の粥 『枕草子』に「十五は、望粥の節供(せっく)参る」とある望粥は、望の日(陰暦一五日)の粥の意。その名にちなんで餅をいれたりもする。この起源は中国の故事で、黄帝と戦った蚩尤(しゆう)なる悪人が戦いに敗れ、正月一五日に処刑された、。その霊を慰めるために、黄帝がこの粥を作って邪気を払ったことに由来する。白粥でなく小豆粥を炊くのは、その赤に力がこもると信じたため、粥を焚いて食べると稲の開花期に風が吹くとか、粥を残すと仕事が残る、といった言い伝えはみな予祝につながる。(榎本好宏) 十五日に「小豆粥」を食べる習慣は枕草子の時代からあったとは驚きである。 正月十五日にいまでも「小豆粥」を炊いて食べる家はきっとあるんでしょうね。農家などには残されているのかもしれない。 こういう行事は伝えていきたいものであるが、そういう行事をつたえる場としての家族という共同体がもはや壊れつつあるいまの時代だ。なかなかむつかしいものがある。 それはさておき、この「小豆粥」を俳人は果敢に俳句に詠んでいるが、この一句にわたしは驚いた。 明日死ぬる命めでたし小豆粥 高濱虚子 このたじろがない漂然たる大らかさはどうだろう。 「めでたし」にわたしは参った。 明日「死ぬる命」であり、いま生きてある命でもある。 その命に思いを致して、今日は「小豆粥」を食べてみようか。 小豆を炊くのかって? いや、小豆粥なるレトルト食品があるじゃないの。 だはっ。 1月13日の「増殖する歳時記」は、清水哲男さんによって『未来図歳時記』より。 成人祭ビルによきによきと育ちをり 武貞啓子 今年の新成人人口は122万人。女よりも男のほうが少し多い。句作年度はわからないが、少なくとも十数年以上は前の句だろう。いわゆる高度成長期で、ビルが「によきによき」と建っていたころ、同じように数多くの若者たちも勢い良く育っていった。人間を建物のようにみなすのはユニークな発想だが、しかしそれが不自然ではなく受け取られるほどの「活気」があったのも間違いない。新成人の数は、第1次ベビーブーム世代の昭和24年生まれの人が成人に達した昭和45年が246万人で最も多くなった後,減少に転じ,53年には152万人。その後,昭和50年代後半から再び増加傾向を続け,第2次ベビーブーム世代の人が成人に達した時に200万人台(最多は平成6年207万人)となった後,平成7年に再び減少に転じて以降は減少傾向を続けており、今後の増加は見込めない。遠い未来のいつの日にか、再びこの句がすんなりと受け入れられる時代は来るのだろうか。『未来図歳時記』(2009)所載。 「明日死ぬる命」も減少傾向にある現代である。 スタッフたちの多くは、(今日はきっと雪が降る)と気合いをいれて出勤してきた。 Pさんなどは長靴だ。 しかし、 ちっとも雪は降らない。 すこしみな拍子抜けしている感じ。 わたしは、レッグウォーマーなるものを付けて出勤したのだが、(ピンクの派手なやつ) この評価が二つに分かれた。 「あったかそうで、可愛い」というのと、 「人前でつけるシロモノではない」というのと。 う~ん、 悩む。 ブログを読んでいる方々の意見も聞いてみたいと思うyamaokaである。 酷評したPさんによると、もっとルーズに履くようなものを身につけるべきであるということ。 「パンパンですよ!」だって……。
by fragie777
| 2014-01-15 19:09
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