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12月9日(月)
![]() ほかには落ちていず、まるで誰かがそこに置いていったかのようだった。 呼び止められたようにわたしはこの木の実に気づいたのだった。 檪(くぬぎ)の実かしら……。 夕方の6時をまわるとみなお腹がすいてくる。 「お腹へったあ……」とPさんは立ち上がり、いただきもののお煎餅を配った。 お煎餅はスタッフたちも大好物、さっそくわたしも分け前を貰った。 Pさんったら、いい音たててお煎餅を食べている。 聞こえません? ポリポリという音が…… 今日の「増殖する歳時記」は、清水哲男さんによって『未来図歳時記』より。 狐火やある日激しく老いてゆく 黒崎千代子 狐火の正体には諸説ある。遠くの山野で大量に発生し、あたかも松明を掲げた行列のように見えるというが、私は見たことがない。黒澤明の映画に夢をテーマにした作品があって、その第一話に狐の嫁入りの情景が出てきたけれど、あの行列の夜の模様と解すれば、かなり不思議であり不気味でもある。そんな狐火を見たのだろうか。作者はその途端に急激に老いてゆく自分を感じたと言うのだが、こちらのほうはうなづける気がする。普通、老いはじわじわとやってくると思われているけれど、私の実感ではある日一気に老化が進行したような気になったことが何度かある。足腰の弱りなどは、代表的な例だ。そんな肉体の衰えの不思議を狐火に結びつけた作者は、狐火に呆然とするように自分自身にも呆然としている。それが老いることの不思議であり怖さでもある。昔草森紳一が「一晩で白髪になるのだから、逆に一晩で黒髪に戻ることもあるにちがいない」と言ったが、残念なことに若返りのほうの不思議は起こらないようだ。『未来図歳時記』(2009)所載。 この「ある日激しく老いてゆく」って他人事じゃないよなあ……って思う。まだそういう経験をしたことがないけど、これからきっとあると思う。 と、わたしはバリッとお煎餅を齧ったのだった。 ふらんす堂から現代俳句文庫73『火箱ひろ句集』を刊行された火箱ひろさんからお手紙をもらった。 例の「金魚」についてである。 ブログで現代俳句文庫73『火箱ひろ句集』を紹介した内容についてである。「金魚の不思議』と題したブログである。「金魚の句がやたらおおい」とか「金魚の句はヘンな句が多くしかも面白い」とか言いたい放題だったのであるが、そのことにきちんと応えて下さったのである。 「金魚」についてはことの外思い入れがあります。 とお手紙には書かれてあり、俳句の同人誌「瓔(よう)」の夏号に書かれたものを送ってくださった。「ときどき変身・金魚の巻」とある。 終バスに赤い金魚とわたくしと 一匹の金魚のゐなくなつた穴 金魚にはきつと歪んでゐる私 冬深く金魚は風の夜を泳ぐ 春の日の金魚私を見にきたる 「かわいいね、金魚みたい」と母は浴衣を着せて、ふわふわの金魚の尾ひれのような、赤い帯を結んでくれた。たぶん五歳の私は、そのとき金魚になっていた。そして今でも、ときどき金魚になる。街角や、よそんちの金魚に会うと変身しているのですが、まだ気づかれてないみたい。ばったり変なところでともだちに会うと「やあ、こんなところで何してるの」と、声をかけてしまう。そのとき、うれしいのだけど、たいがい、ちょっと淋しくなる。だってもう五歳じゃないし、母さんもいない。だから、わたしの金魚の句はちょっぴり、淋しい。(「瓔」2008年夏号より) やはり、金魚はタダモノじゃなかった、のである。 「瓔」の今年の冬号が同封されていて、火箱ひろさんの新作にこんな一句があった。 気がつけば首から老いている月夜 火箱ひろ 「やはり「老い」である。 人間は一気に老いるときもあり、首から老いることもある。 これはわたしもよく分かる。 月の光に照らされた首筋の老いは無残だ。 今や老いは外せないテーマである。 あーあ と、 わたしはお煎餅をふたたびバリッとやろうとしたが、 すでに食べつくしたあとだった。
by fragie777
| 2013-12-09 19:23
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Comments(1)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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