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12月1日(日)
![]() 新幹線の中から。 冬晴れの今日、大阪のリーガロイヤルホテルにて俳誌「山茶花」(三村純也主宰)の八百号記念祝賀会があり大阪に向かう。 今日の記念会を祝福しているかのような見事な富士山だった。 八百号を迎えた「山茶花」について、三村純也主宰のご挨拶によると、「山茶花三百号」の18歳のときに山茶花に入会し、六百号を迎える少し前に、4代目となる主宰を継承された。創始者は、田村木國、2代目下村斐文、3代目石倉啓補、そして4代目三村純也である。伝統ある結社を継承し続けていくことは並大抵ではないと思うが、会員の方たちの力にたすけられての今日があるということである。そして、 今後の「山茶花」については、花鳥諷詠に徹するということにいささかなの揺るぎはありません。ただ、それを一人一人がどう受け止めて、どう深く耕してゆくか、どう幅を広げてゆくか、もう少し、主体性をもって花鳥諷詠を実践していきたい。単に巧い句を作るというのではなく、十七音の中にその人らしさ、人間性、人生に対する考え方、暮らしぶり、そういったものが想像できるような句を目指して欲しいとおもいます。これからの若い世代の人をどう取り込んでいくかが、非常に難しい問題であると思う。インターネットの普及、フェイスブック等々新しい情報手段が生まれていますが、そういうものにもどんどん対応していきたいと思っています。近い将来雑誌という紙媒体そのものがなくなってゆくかもしれません。そうなればなったで、「山茶花」はその最先端を走ってゆく自信は十分あります。俳句のために子規の一生があったように、わたしも俳句のために何ができるか尽力していきたいと思います とご挨拶された。 ![]() ふらんす堂では、三村純也氏にふらんす堂句会の神戸句会のご指導をお願いしている。 しかし、残念ながら三村氏のお仕事の多忙により、来年の3月で神戸句会は終了になる。 その神戸句会の幹事さんを長年にわたってやっていただいたのが山内茉莉さんである。 今日はお目にかかってあらためて御礼をもうしあげることができた。 ![]() ふらんす堂から2007年に第二句集『寒の月』を刊行されている。 昭和は遠し石けりも霜焼けも 山内茉莉 元歌手のマスター老いて水中花 〃 そして、2010年にふらんす堂から第一句集『白魚』を刊行された西上禎子さんにお目にかかることができた。句集を拝読してわたしをドキドキさせた方にはじめてお会いすることができたのだった。 ![]() らしくなき女と生まれ大根漬く 西上禎子 白魚といふ言葉さへ透きとほり 〃 中本真人さんと奥さまの咲久良さんにもお目にかかることができた。 (写真ごめんなさい) 中本真人さんは、2011年に第一句集『庭燎』を刊行されている。 ばつた跳ねガードレールをかんと打つ 中本真人 容赦なく電話よく鳴る風邪寝かな 〃 「最近どうですか?」って中本さんに尋ねると、お仕事のことでいろいろとご苦労をされているとのこと。なかなか俳句に注ぐ時間がないということである。ご結婚をされたばかりで、まず生活を整えなくてはならないだろう。俳句をつづけていくということはなかなかたいへんなようだ。 しかし、頑張って欲しい。わたしは若い二人に心からのエールを送りたいとおもう。 また同じテーブルの、北九州からいらしたという「山茶花」の末永あつしさま、そして長く編集委員として「山茶花」に尽力されているという伊藤とし子さま、 今日はお目にかかることが出来て嬉しくぞんじました。 三村純也主宰をはじめ「山茶花」の皆さま、 創刊八百号おめでとうございます。 心よりお祝いをもうしあげます。 ![]()
by fragie777
| 2013-12-01 23:42
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