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8月19日(月)
![]() 今日からいよいよ気を引き締めて仕事をしなくてはならないところであるが、わたしはまだ若干微熱がある。 明日にはしっかり治ると思うんだ。 と、 わたしの身体がわたしにささやいている。 そうしてもらわないと困るわよ、 と、 わたしの心がわたしの身体に訴えている。 今日はまだ無理をせずに自宅待機ということころ。 新刊句集の紹介をしたい。 星野繭句集『木の家』。 ![]() 実際の写真はこんな感じである。 ![]() 句集名の「木の家」は表紙の木の家の玩具に因んでいます。これは、グリーンウッドワーク協会員の夫が孫娘のアイデアを取り入れて作ったものです。 と「あとがき」にあるがご主人がつくったものを息子さんが写真に撮ったものである。 著者の星野繭さんは現在「晨」(大峯あきら代表)同人、「円座」(武藤紀子主宰)同人、「椋」(石田郷子代表)の会員であある。宇佐美魚目に俳句を学んだのがはじめである。その後「ゆう」(田中裕明主宰)終刊まで「ゆう」に所属していた。 この度の句集は第一句集となる。序文を武藤紀子主宰、栞を石田郷子代表が寄せている。 愛知県日進市にお住まいの星野繭さんは、武藤主宰がその序文で書かれているように、名古屋郊外の日進村の農家に生れ農家にとついだ人だ。 現在の星野繭の骨格を作り上げたのはその生活環境であり、彼女の書く俳句の骨格もまたそこから生じたものと考えることが出来る。 米とぎし水かけてやり夏野菜 戸を閉めて桑食む音に包まるる ねむり蚕や山より引きし水の音 自転車の前に後ろに盆の花 雨に三日けぶりし山や袋掛 夕刊と煙草一本魂まつり 荷台より西瓜のほてり抱き下ろし 農家で立ち働く人間の即物的な生活句がいい、とわたしは思う。こういう日々の生活があるんだってよく分かる。しかし、序文を書かれた武藤紀子さんは、農家の平凡な主婦として生きているように見える星野さんにそれだけではないものを見出す。 海鼠飼ふ体のなかの暗き海 よき娘、よき妻、よき母、よき嫁である繭さんを、俳句へとかりたてていったものの正体である。 「体の中の暗き海」とは星野さんの奥深くにある「詩魂」である。生活者として俳句をつくりながらじっくりとその「詩魂」を育てていったのだ。その大切なものを武藤紀子さんはしっかり見ぬいている。 栞を寄せた石田郷子さんもまた「胸を満たすもの」と題してさらに繊細に作品の本質へ迫っている。 遠く住む姉はいかなご煮てゐるか 寝ころびて雲は見るべし夏座敷 更科や三日月ほどの田を植ゑて 雲の峰たちまち乾く浜のもの 湯たんぽの元に戻らぬ凹みかな 稲の葉の切つ先露を上げにけり 星野繭さんの作品には、いつも人の営みのひそやかな気配があり、体温が感じられる。たいていは読者の立っている位置からは見えないところに、静かに立ち働いている人たちのそれである。読者は明るい戸外の光の中に立ち、開け放した土間の戸口から仄暗い家の内部を覗くような、あるいは、誰も居ない部屋に入って、厨の物音に耳を澄ますような心持ちで、そのひそやかな、しかし確かな気配を感じ取る。(略)そして、繭さんの作品に感じられる人々の営みのひそやかな気配は、読者の私たちの胸を静かな安らぎで満たしてくれるのだと思う。 「ひそやかにして、確かな気配」を石田郷子さんは作品を通して見通す。 初学の頃、古い「図説大歳時記」をひもといてはその季語の豊かさ、深さ、懐かしさに引き寄せられました。歳時記は子供の頃の暮しや風景の記憶をありありと思い出させてくれました。それらの季語をよりどころに俳句を作ると、祖父母、父母、姉たちに囲まれたその時々の自分を見ることができる不思議さを感じました。今は見えないものまでも見ることができるそんな季語の力に導かれ俳句を続けてきた気がします。 「あとがき」のことばである。「見えないものまでも見ることができる季語の力」と星野さんは書くが、これってなかなか言えるもんじゃない。「季語」は星野繭にとって生きたものである。そして全幅の信頼を寄せることのできるものなのである。祝福された出発なのだ。 わたしには、星野繭さんが宇佐美魚目さんに俳句の手ほどきを受けたということが、星野さんという俳人を決定づけたようにも思える。 山笑ふ山の中より郵便夫 鯨来る島より戻り大昼寝 笹鳴の二上山よ弟よ 山高く海深くなる帰燕かな 蜂飼の旅の途中の葉書かな ただ天へ植田千枚あるばかり 虫の闇しだいに我の小さくなり 松風の囲ひのなかのシャワーかな 鵙日和川へ出るまで歩きけり 雪濁し濁して馬に会ひにゆく 鳥瞰図的な視点とでもいうべきか、ある時空をその身体のなかに呼び入れているというべきか、これは最初の師・宇佐美魚目から習得したものなのではないか。星野繭さんは、ご自身のことを名もなく貧しく学もなく、そんな何の語るべきものもない私。農家に生まれ、農家に嫁ぎ、仕事をしながら子供を育てあげた平凡な主婦。と武藤主宰への手紙に書かれたというが、いやいや侮れない俳人である。 その懐に抱えているものは大きくて豊かである。 ほかに、 父の日のブリキの箱の湿りかな 箱といふ学生詩集木下闇 草の花ひとりの旅の軽さかな 春潮や父への手紙ただ一度 子供みな日曜学校てつぱう百合 天道虫一枚きりのワンピース 秋潮や母はひとつの箱遺し 父の日や片手で叩く馬の首 あたらしき眼鏡のなかの土筆かな この句集の装丁は和兎さん。 星野繭さんから依頼された写真を使ってのブックデザインとなった。 ![]() ![]() ![]() ![]() 実はおまけがある。 後日星野繭さんよりお手紙と一緒に送られてきたものがある。 それが、これ。 ![]() 星野繭さんのご主人が、木工家の友人に、この『木の家』の刊行を記念して作成を依頼したものであるという。 さっそくわたしも自分の一冊に挿んでみた。 この本のためだけの栞、ということが何とも素敵である。 この星野繭句集『木の家』で、好きな句と気になった句をそれぞれ一句ずつあげる。(好きな句は沢山あるんだけど……) 春の雨薔薇の名前を濡らしけり これは好きな句。「薔薇の名前」を濡らしたというのがいい。うまいなあ……と思う。 (「薔薇の名前」という有名な映画がありすごく好きな映画である、が、それゆえにということではないと思う、ううん、あるかなあ……) 初夏のかもめのやうな人とゐて これは気になった句。「かもめのやうな人」っていったいどんな人だろう。 すごく気になる。 「初夏」という季語に導かれることによって、肯定的な意味合いであることはわかるんだけど……。 星野繭さんにお目にかかることがあったら、是非に聞いてみたいと思う。 書けたぞ! 読めばあっという間かもしれないけれど、体力使うんだ。この新刊紹介は。 これが出来たっていうことは、もうほぼ回復しつつあるっていうこと、かな。 今日は早目に寝よう。 じゃ、 おやすみなさいませ。
by fragie777
| 2013-08-19 18:12
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