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7月15日(金)
今年の春の頃のことだったと思う。 大木あまりさんの句集『星涼』が、讀賣文学賞を受賞し、そこのことでふらんす堂もあれこれと忙しかった時のことだ。 見知らぬ女性の方がお電話を下さった。 飾りっ気のない率直な物言いをする方だった。 電話の内容がちょっと変わっていて面白かった。 「讀賣新聞で、讀賣文学賞の広告を見たのだが、あなたの会社の広告が一番ステキだった。」と言うのである。 版元としては初めての讀賣文学賞の経験である。受賞をした本を刊行した版元はどうやら讀賣新聞にその書籍の広告を出すらしい。小さな版元ゆえに新聞広告なんて過去に1回くらいしか掲載したことはない。しかし、受賞された大木あまりさんのためにもここは是非広告を出したい、ということでふらんす堂は頑張ったのである。スタッフのカトさんがこの時は持ち前の腕をふるってくれてなかなかカッコイイ句集『星涼』の広告が出来上がり、それが讀賣新聞に掲載されたのである。その欄はすべて讀賣文学賞受賞の出版社が受賞書籍を広告していたので、いくつもの大手の版元に交じって、ふらんす堂の広告も一人前の顔をして健闘していた。 そしてその女性が更に言うには、 「広告がスマートで良かったから、わたしの歌集を是非つくって欲しい」と言うことだった。 わたしはちょっと驚いたものの、もちろん喜んでお引き受けしたのだった。 広告がひとりの歌人を呼び寄せたのだ。 そうして出来上がったのが、高田香澄歌集『虹狩』(にじかり)である。 歌人の高田香澄さんは、群馬県の太田市にお住まいで、短歌誌「覇王樹」に所属し、かつては「覇王樹新人賞」を受賞されている。1990年に第一歌集『青葉闇』を上梓し、およそ20年後の今年第二歌集を上梓した。それが歌集『虹狩』(にじかり)である。 「虹狩」とは、なんと美しい言葉であろう。 「星涼」の大木あまりさんとどこか心を置くところが似通っているようにも思える、そんなタイトルである。 平成二年と記憶する、初冬の或る日。所属誌「覇王樹」の群馬歌会に参加するため、私は電車で県北のみなかみを目指していた。車窓から枯れ色の野づらに目をやると、これからそこを通るであろう薄い霧のなかに、真青な虹、青一色の、帯のように幅の広い虹が、地から生え出たようにアーチをえがいているのに出会った。そのとき、《虹狩》という一語が、雨の雫のように頭上に降りたと思った。詩想という、虹のように捕らえようのないものを、これから狩り集めてゆくのだと思った。このみなかみへの旅からずっと、この《虹狩》を第二歌集の題名とすべく、二十年、懐にあたためて来た。 「あとがき」の言葉である。著者のこころのなかでずっと大切にされてきた言葉「虹狩」。 改札口にわれを待ちゐしひとの目と合ひたり和音響けるごとし あれは合歓(ねむ)あれは繍線菊(しもつけ)わが声は花の名をもて君へながるる 星なくて昏れゆく甲斐は一粒の白葡萄なる月をあげたり 守られて濡れぬ一生(ひとよ)もしづくして鍵を廻すもどれほどのこと よこたはる身はやはらかき宇宙船しるべもあらぬ闇航るなり 珠一顆無き蓬髪の眠り姫風のひびきにひとり目覚めつ どんぐりが落ちて光るよ同じ星あると思へぬこの星のうへ 濃紺の真夏の宵におとづれて子はさりげなく婚約を告ぐ みそつかす混ぜて楽しく遊びけり冥王星の手を離すなよ かの賢治もチェロのケースをひらきけむ在りし日《木星》の楽聴きしかば 風のなか白水仙は少年と少女と分かぬ裸身に咲けり 歌千首薔薇十二鉢もつわれと知らで憐れむまなざしをすな 九十六年皓歯たもちて昏睡の父のかすかなる口臭あはれ わが庭に種子を蒔きしや天の父母そらより青く朝顔咲けり 木は樹齢 星は光年 しぶきゐる滝よあなたは何歳ですか もっと沢山の短歌を紹介したいところだ。 高田香澄さんは、お目にかかったことはないが、ちょっと不思議な人だ。電話はあまりお好きでないらしく、手紙のやりとりが多かった。作品を読んで見えて来るものは、日常の些事雑事に丁寧に向き合いながらも、心は天かける天馬のごとき自在な女性だ。 貧困も孤独も彼女を損ねはしない。 気に入った本さえあれば、風を感じることができれば、あるいは時には草花に癒され、彼女の悲しみは星々のしずくによって洗い流される。 結婚をし子どもを三人産んで育て、やがて離婚、そして父母との永訣、平凡な一人の女性の人生に、短歌は瑞々しい命の息吹を吹き込んだのだ。 この歌集の担当は優明美さん。好きな歌を一首挙げてもらった。 をとめ二人嫁ぎて去らば黒き兎白き兎を飼はんなど思ふ 六十代も半ばになって、私はあらたな伴侶を得た。集中蜻蛉(せいれい)童子から始まってジュピターに至るまでのさまざまな呼称はすべてこのいちにんのことである。彼は私に、小鳥の名や、楢と櫟の違いを教えてくれた。山雀が鳴き、片栗の花咲く山の麓へ、黄葉の橅林や金茶色の落葉松林へ連れて行ってくれた。或る夕方、どこかで彼の折り取って来たライラック(フランスではリラと呼ぶ)の花の一枝は、花屋であつらえたどのような花束よりも嬉しい贈りものだった。彼はこの世に何も残そうとはしないので、私が、この紙の碑(いしぶみ)に彼の存在を刻もう。 白き馬馳せ来るごとき春なれば老いづくなかれわれのジュピター なんと素晴らしい相聞であることか……。 夕方には、俳人の横澤放川さんがご来社。 中村草田男精選句集『炎熱』に使う口絵の資料を持ってきて下さった。 草田男の顔写真がなかなか気に入ったのがないと、ご自身が大切に家に飾ってある写真を額縁ごと持って来られたのだ。 横澤さんにとって、草田男のものはすべて大切な宝物である。 この草田男句集は、水原秋櫻子精選句集と前後して、9月から10月にかけて刊行する予定だ。
by fragie777
| 2011-07-15 20:36
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