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6月2日(木)
こんどの仕事場は商店街のただ中にあるので仕事をしていても商店街の活気がどことなく伝わってくる。 表の窓によりて下方をみればいろんな人の行きかうのがよく見える。 本当に人が絶えることなく賑やかである。 そこで、 わたしは鴨長明のごとく無常を感じるわけですよ、 「行く人のながれは絶えずして、しかももとの人にあらず……」 なんてね……。 この世の無常を感じているとうしろから無情な声がする。 「yamaokaさーん、早く用紙の手配してくださーい」 あちゃ、 まっ、こんなもんですね……。 新刊句集を紹介したい。 桑本螢生句集『海の虹』。 桑本螢生さんは、俳誌「花鳥来」(深見けん二主宰)に所属し俳誌「青林檎」(小圷健水代表)の同人である。深見けん二氏と出会い俳句をはじめてより十五年、このたび四十年の会社勤めを終えたのを機に第一句集を刊行することを決められた。集名の「海の虹」と名付けた所以を桑本さんは「あとがき」にこう書く。 私の生れは、瀬戸内海周防灘に面した大分県国東半島の海辺の町(現大分県国東市)で、現在の住まいは、横浜である。また会社生活の大半を港湾や海運に何らか関連する業務に従事して来た。ことに最後の七年間は外航海運会社に勤務し、運航船や国内外の港湾・造船所を数え切れないくらい訪問した。いきおい、海への関心が高くなり、この句集にもかなりの数の「海の句」が入ることとなった。 海に架かる虹は幾度か見た光景である。虹を渡って夢は海の彼方のまだ見ぬ世界へと広がる。いつまでも少年の日の外洋へのあこがれを持ち続けていたい、そういう思いで、句集名を「海の虹」とした。 国東は海より年の改まる 灯台を降り来て春の花を買ふ 春の波崩れんとして影を抱き 船橋に振る夏帽や就航す 吹き降りの港となりし葉月潮 卯波来る沖の沖よりかがやいて 沢山の海の句からいくつかを紹介した。十五年間の句歴において著者は、「花鳥来」に学ぶことによって「写生」にめざめていく。そのことを深見けん二氏は序文にこう書く。 作者は「花鳥来」第五十二号(平成十五年十二月刊冬号)に「私の写生」という一文を書いている。その中で俳句を作り始めた頃は、自分の心の動いたものをモチーフとして、それにふさわしい季題を合わせて一句にする。そして数多く作りそこから句を選んで句会に出していた。しかし次のことに気づいたとして、以下のように書いている。 「的確で、かつ人と違った新しい表現を得るには、技術の問題だけでなく、対象を深く観察し何か独自のものを発見することが肝心であること、すなわち表現することは見ることであると気づく。」更に「対象の季題を見つめ、季題と一体になることによって、新しさの発見が生まれる。表現技術を磨くとは、結局は対象を深く見つめることであり、また、自分自身のものの見方を磨くことでもあると知った。」とこの文を結んでいる。 そして「対象と一つになるまでじっと眺めて出来た句」が次の二句であると深見氏は紹介している。 波に揺れ落葉の距離の縮まらず 水を堰き水の浸み出す落葉かな 桑本螢生さんは仕事人としても激務をこなし「あとがき」を読むかぎりにおいてもその四十年間はさぞや大変であったことだろうと推察するが、しかし、どんなに大変な仕事の状況であっても一貫して句会を大事にして来られた方であった。「俳句は自分にとって珠玉の時間であり、癒しのひとときであった」と「あとがき」にある。 日の中へ鳥をはなちし冬木立 月影を踏んで踊りの足さばき 教室へ蜻蛉風をつれてきし セロファンに雨粒ひかる熊手かな 四五羽まづ来てそこらぢゆう寒雀 影澄みて暮るるに間あり曼珠沙華 熊蜂のあちこち潜り皐月展 真中にゐて淋しさや芝桜 虹消えてふたたびの雨大仏に あめんぼの群れて水面の粘つこく 新木場の水にひとひら秋の雲 仕事から解放された桑本さんには大いなる時間がある。 職を退いて、俳句の時間が日常となったこれからは、もっと自分の生活や身辺のことも、特に「妻」のことも俳句に詠み込んで行きたいと思っている。 「あとがき」のことばである。そして 虚子先生が常に説かれたように、俳句は日常の生活を大事に生きることによって生れる生活の記録であるということを述べ、序文とさせていただく。 とは師・深見けん二の序文のことばである。 四十年分の昼寝や職退いて 掉尾に置かれた句である。 担当の愛さんが好きな句で、「本当にお忙しい大変なお仕事だったんですね、って思いました。」と。 寒泉や父ゆづりなる我が寡黙 これはわたしの気に入っている句。 桑本螢生さんは一度ふらんす堂にもいらして下さったことがあるが、すばらしい美男でいらっしゃる。「あのハンサムなお方」っていうのが私たちの間の呼び名であったくらい。この句にふれて、 「ハンサムで寡黙なんて、もう鉄壁ねっ」 とわたしは思わず叫んだのだった。 ごめんなさい、こんなミーハーな落ちで桑本さま、深見先生お許しくださいませ。 さて、今度の仕事場であるが、 わたしの右横にはおおきな硝子窓がある。 まだカーテンをしていないので外がよく見える。 もうすっかり夜となってしまった。 さっ、 これから 夜の商店街の無常な人ごみをくぐって (ここは夜でもにぎやかである) 家に帰るとするか……。
by fragie777
| 2011-06-02 19:53
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