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11月25日(木)
![]() インフルエンザの予防注射をしていま戻ったところである。 病院は大分混んでいてやっぱり待たされた。 遅くなってしまったが、今日も新刊句集の紹介をしたい。 今膝の上に乗せて読み終えたばかりのこの句集は、宮尾直美さんの第一句集『手紙』である。高知県の宿毛市という遠いところに住むまだお目にかかったことのない宮尾さんの大切な何かにふれたような思いで心がしんとしている。宮尾さんは俳誌「朝」に所属し、昨日紹介した句集『清流』の入野ゆき江さんとおなじく岡本眸に師事してきた俳人である。「俳句は日記」を信条とするゆえなのか、読み終えたとき宮尾さんの句集も入野さんの句集もそこには過ぎ来し方の人生が透けてみえくる。それがわたしをある厳粛な思いにさせるのだ。 すこし病みすこしもの見ゆ夜の秋 人の死にもの食べてをり秋の風 除夜の星よく働きし手を洗ふ 人日の山見て山のものを食ぶ もの書けば遺書めいてくる花の夜 わが仕事捨てたき日あり百日紅 みづうみに山の星降る金魚玉 人生の午後とは豊かなる落花 働けるまでは働く桃の花 つちふるやひとを遠しと思ふ日の 大根煮て生業も吾も古りゆくよ 仏壇の白桃われら健やかに 日常を詠みながらも季語を巧みに生かした詠みぶりによってその叙情は透明度を増し、宮尾さんのこころは遥かだ。そのことを跋を書かれた富田正吉さんは、次のように書く。 「遠」が主題である。「遠」は句集『手紙』全体を読み解く鍵の一語である。「遠」の感覚は、作者の立つ位置がすべての場所からも、時空からも一番遠いところにあるとの認識なのである。 三寒や逢はねば人の遠かりし 竹の秋妣遠くなりとほくなり たしかにこの句集には悠遠たる叙情ともいうべきものが流れている。それは切ないほどだ。句集名「手紙」は、遠く思う人たちへあてた「手紙」なのだ。 私の俳句は日々の暮らしを丁寧に書き綴ること、生まれ育ったこの町の風土と風景及び、亡き両親を忘れないために詠むことを目指して来ました。(略)私がこれまでささやかな生業の薬業を続けてこられましたのは、一重に先生の励ましと暖かい御指導があり、俳句がいつしか心の支えになったからでございます。 両親や師へさまざまな思いを籠めて句集名を『手紙』とさせていただきました。 「あとがき」のことばである。宮尾直美さんのいまは亡き両親へ、そして遠く離れている師・岡本眸への「思いをこめたメッセージ」であると言う。 片肺の父を憶へばかげろへる 母戻り来よ明け方の冬桜 師の電話受く春星の生まれつぎ 父逝きて母逝きていま花辛夷 凩に真向へば師に逢へさうな 数珠玉や遥けきものに父の愛 いまは亡き人への思い、遠くの師への思い、手の届かない切なさだ。この句集には、はりつめた清らかな気迫がある。 句集『手紙』のご上梓おめでとうございます。約十年間の直美さんの熱意が、読者の心に届き、大きな感動を与えることでしょう。 師の岡本眸氏はお祝のことばでエールを送っている。 またお姉さまの宮尾千鶴子さんの日本画による挿画がこの句集をすばらしく美しいものにしている。宮尾さんはそれを何より喜ばれた。 日々の哀歓を瑞々しく詠み、切々とした遥かなる思いに満ちた句集『手紙』のなかで次の句に出会った。 あたたかな雨あたたかな人に逢ひ この句に出会って、わたしは思わずほっとしたのだった。 過ぐる23日に現代俳句協会の青年部による勉強会があった。 テーマは「藤田湘子とその系譜」である。 わたしは参加する予定であったが、都合で出られずスタッフの優明美さんが出席してくれた。 「面白かったです」とは優明美さんのことば。 これはその会場風景。(優明美さん撮影) ![]() 今日は支払日だった。それも無事に終え、インフルエンザの予防注射もしたし、あとは家に帰るのみである。 あーあ、 疲れた……。
by fragie777
| 2010-11-25 20:49
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