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7月22日(水)
梅を干している家があったのでちょっと覗くと、「今年はあんまりいいのがなくてねえ……」と言いながら、「つまんでいいよ」って言われたので一つ頂戴した。口にいれるとちょうどいい塩加減で、紫蘇の香りが口いっぱいに広がった。 「牛蛙見たのわたし初めてだったのよ」って先日の小石川植物園での牛蛙との邂逅を話すと、スタッフたちは意外な顔をする。 「見たことありますよ」とこともなげに優明美さん。 「わたしも見ましたねえ…」と道産子の愛さんも……。 この場にはいなかったけれど、岩手の盛岡出身の緑さんもきっと見ていると思う。 「Pさん、あなたは見ていないでしょう?」と三鷹出身のPさんに尋ねた。 「何度も見ましたよ! 蛙とずいぶん遊んだもんです。」とPさん。 「へえー、そうなの……」 「何しろ、わたし〈森へお帰り系〉ですから……」 「森へお帰り系!」 「ああ、なるほどね」 ナウシカである。ふらんす堂には〈森へお帰り系〉が多い。 実は、わたしはそうではない、いや、なかった。いまでこそ、里山あたりを歩いたりするけれど秩父の田舎にいた少女時代は、ほとんど家から外へ出ることもなく、部屋のかたすみで本に顔を突っ込んでいた。田圃の蛙はわたしの現実ではなく、グリーンゲイブルスの林檎の木や15人の少年が漂流する荒波のほうがよっぽど現実だった。 こういうのを何と言うのかしらん……。 〈部屋のかたすみ系〉か……。 まっ、現実に生きるにはあまりにもサエナイ女の子だったということですね。 新刊句集である。 大山文子(おおやまふみこ)さんの句集『手袋』がわたしの机の上にある。冷房の利いた部屋ではそれはあたたかなやわらかい光を放っている。ブックデザイナーの奥川はるみさんと担当の愛さんが「手袋」のぬくもりを出すべくいろいろと工夫したのだった。 手袋の中に切符を入れたはず 手袋の手話の真つ赤なおめでたう 「手袋」の句は二つある。 子育てが一段落した頃、誘われて手話教室に通い始めました。難しく何度も止めようと思いましたが、手話サークルの仲間に励まされ何とか続けることが出来ました。このご縁が私を俳句へと誘ってくれることになりました。 「あとがき」の著者のことばだ。「手」のご縁により大山さんは俳句の出発をされたのだった。 帯文を岡本高明氏が書き、序文を山尾玉藻主宰が書いている。大山文子さんは、俳誌「火星」の同人なのだ。 作者は「打座即刻」の人である。 岡本氏の帯のことばだ。 「まさに」とわたしはこの句集を読んで思った。目の前あるものを実にさりげなく生き生きと詠んでおられるのだ。そして重くれにならずに時にはユーモアを効かせしなやかに、巧みな季語の生かし方だ。上手い作家だと思う。 枯山へ一直線にミシン踏む 人相の悪しき子となり卒業す 帰るさも水鉄砲に打たれけり やうやくに夫がすだれを吊りくれし いろいろな犬の貌過ぐ凌霄花 鳥の巣の下のポストに用のあり 一面の冬田の横の親子丼 シャッターの鳴るたび桜老いにけり 文子さんは島根県大田市の生まれ、高校卒業までこの地で過されている。生活の傍らには常に日本海があり、それは四季折々、刻々、さまざまな顔を見せ、若き頃の文子さんに語りかけたことであろう。 と、山尾主宰は序文に書かれているが、いまは京都で暮らす大山さんも「根っこは父は母や友人が眠るあの小さな町にあります。季節毎に移り変わる海の色、風の音、山の容そのすべてが心の支えです」と書くように大山さんの心を培った故郷の風景は彼女の原点でもあるのだ。 花石蕗の根方に鳴れる日本海 海暗しアイス最中を半分こ ふるさとは砂が顔打つ石蕗の花 大山さんは昨年で還暦を迎えれられた。わたしはご主人を詠まれた作品を面白く読んだ。 夕顔やネクタイを手に夫帰る 野分過ぐ夫のきれいな富士額 子の言ひ分夫の言ひ分蚊喰鳥 野遊びや夫を誘ひし悔い少し 「きれいな富士額」をもっているご主人でも、「野遊び」に連れて行くにはちょっとかったるい、そんな夫婦の距離がさりげなくって、この微妙さがいい……。こういうのって長年夫婦をやってきた人ではなくは詠めないものだ。ひょっとしたら、 数へ日の髪切つて行く競馬場 もご主人かな……。だとしたらご主人は幸せ者ですね。暮の忙しい時に、床屋に行ってそれから競馬場へ行くダンナをこんな風に余裕で俳句に読む奥さんはなかなかいません……。そして、 数へ日や犬がギプスの足跨ぐ 「骨折」と前書きのある句。ご本人は骨折をして動けない。その上をゆうゆうと犬が跨いでいく。ダンナは床屋に行って男前になって挙句の果てには競馬場へ。通常の奥さんだったら「怒髪天を衝く」ところである。 それをまたこんな一句にしてしまうとは……。この余裕はいずこより。日本海の荒波にもまれないとダメか。 〈部屋のかたすみ系〉ではね。 大山さん、あなたは大物以外の何者でもないお方です。 わたし、心より尊敬申し上げます。 今週の「草のこゑ」は、中田美子さん。 桂信子に師事し、いまは宇多喜代子に師事している俳人だ。 信子が晩年嫌ったという分かち書きの作品を鑑賞している。 「空白の時間」と題して、桂信子の分かち書きの作品の本来の魅力について語っている。 それは、桂信子という作家の思いを超えた作品の力に迫るものだ。 桂信子は「分かち書き」の時間を通過してこその桂信子なのである。
by fragie777
| 2010-07-21 20:43
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