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4月15日(木)
夜ベッドに横になってさあ、これから目をつむって眠り入るぞっていうときに、身体にかすかな振動を感じるときがある。その振動はものすごくかすかなんだけれど、なんといったらいいのだろうか、地表がゆれているというのではなくて、もっと地球の奥の奥のずっと奥の核になる部分の震えのようなものとしてわたしの身体がキャッチするのだ。ほんとうにかすかな震えで、たとえば蜂の羽音のような、あのかんじの細やかな振動なのだ。ひょっとすると、わたしの勘違いなのかもしれないと思わせるほどで、いや、これは確かに震えている、と実感するとちょっと不気味で背中がひやっとする。しかし、あらゆるものが生々流転をくりかえしているのだと思えば、動かない、不動なものがあると思うことこそ不自然で、森羅万象が震えうごめく中でわたしたちも生成と消滅をくりかえしているのだ。動かない、変わらないというはかない幻想のなかで私たちはなんと明るく生活していることか…。 真夜の闇に身をよこたえたわたしの身体がキャッチするあの震え。 それは、なんとも言えず空恐ろしいものがある。 こんな体験をしている人はほかにもきっといると思うのだけれど……。 今日の「増殖する歳時記」は、三宅やよいさんによって、広渡敬雄さんの句集『ライカ』より。 くろもじで切るカステラや春の月 「くろもじ」は、ここでは「楊枝」のこと。通常の爪楊枝よりも、樹皮をのこしてつくられたちょっと凝った楊枝のことだと思う。「楊枝」ではなく「くろもじ」と表記することによって、カステラがぐんとグレードアップしあの甘い香りまでが匂ってくるようだ。三宅やよいさんは、「くろもじ」と呼ぶ由来を調べて書かれているが、じつはわたしの家の小さな庭にはこの楊枝のもとになる「黒文字」の木が二本あった。ほかの木々にくらべて、上品なおもむきがあり植木屋さんが、「この木はね、楊枝のもとになるんですよ、ほら、いい匂いがするでしょう」と言って植えてくれたものだった。花もしぶく、「黒文字」という名前も気にいってこの木があることがひそやかな誇りだったのだが、そういう上品な木は暑さに弱い。猛暑が襲ったある年に一気にやられてしまった。いまでもこの木があったところに立つと、あの木の姿がよみがえって来て、無念な思いでいっぱいになる。 広渡敬雄さんは、実はたいへんな山男で「マッターホルン」にも登ったことがあるとのことだ。日本山岳会の会員でもあるというから、その山歴はなかなかのものだと思う。すこし前にメールをいただいて、「haiku&me」というブログで、「山のエッセイ&俳句」というテーマで書かれているという。興味のあるかたは是非アクセスしてみてください。
by fragie777
| 2010-04-15 18:57
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