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1月15日(金)
![]() 鍋焼きうどんという寒い日にはとっても身体のあたたまる食べ物がある。 読んで字のごとく、火にかけた鍋がそのまま器となって供されるものだ。 だから目の前におかれた鍋のなかでうどんやらかまぼこなどが踊っている。 小さい時に熱を出して寝込みようやくなおりかけたとき、母がよくこの鍋焼きうどんを出前でとってくれた。 だから、鍋焼きうどんをみると小さかった私のことが思いだされる。 どういうわけか、10年以上わたしはこの鍋焼きうどんを食べなかった。 深い理由はない。 鴨南そばだったり天ぷらうどんだったりに気持が奪われて鍋焼きうどんが後回しにされただけだ。 しかし、今日は鍋焼きうどんにこころがすっかり奪われた。 「鍋焼きうどんね!」 と注文し、お行儀よく待った。 来た、来た、待望の鍋焼きうどんが… 湯気をあげているうどんにレンゲをさっといれてさっそくその汁を口のなかに流し込んだ。 とたん、 あぢぃ~~! ああ、 わたしはすっかり鍋焼きうどんの食べ方を忘れていたのだった。 って、ながながと書いたけど、こんなたわいもないことを言いたかったのです。 まだ舌がヒリヒリする…。 新刊句集を一冊紹介しなくてはいけない。 河野美奇さんの句集『人のこころに』が出来上がった。河野美奇さんは、「ホトトギス」(稲畑汀子主宰)同人でこの度の句集が第二句集となる。 星流れ人のこころに灯りけり このしみじみとした句よりの句集名となった。「この十年間は大切な方々との別れが、星の流れるようにありました。でもみな心にしっかりと灯をともして下さいました」とあとがきにある。 序句を主宰の稲畑汀子氏が寄せておられる。 草花を愛でさはやかな為人 ご来社くださったときに「草花がとても好き」とおっしゃって、名刺にもお花のカットを添えておられた河野美奇さんだったがこうしてその人となりが詠われている。 序文はおなじ「ホトトギス」の先輩にあたられる木村亨史が書かれている。 河馬のあくび河馬の子あくび春隣 草の露打ちふすものにしとどかな 子に泣かれ子猫に啼かれ負けにけり 七星は夜空にもあり天道虫 大川のうたかたはじけ蝶となる その先は神行きませる花野かな 序文を書くにいたった経緯がまず書かれていて面白い。 「……、わたしに序文をとのお話があった。何故に私ごときにと反問すると、私が好きだからと仰る。ならば私も美奇さんが好きなので、お申し出をお引き受けし、駄文を綴る仕儀と相成った。」と。 そして、序文の最後が、 「美奇さんは、これからも輝き続けるであろう。ブラボー。」 で終わる。これは素敵だ。「ブラボー」という言葉で終わる序文をわたしは始めて知ったが、「ブラボー」という言葉には、それを使う人間の品格のようなものを感じてわたしは好きな言葉だ。 だけど、この言葉、なかなか使いにくい。 古き良き時代を知る人のみが使えるような、そんなハードルを感じさせる言葉である。 そして河野美奇さんというお人はその「ブラボー」という言葉がとてもよく似合う華のあるお方で、「ブラボー」が、空中消滅しないで、ガシッと届きぴったりと定着するようなエキゾチックで存在感がある。 逝きし娘の桐の木なりし一葉かな もう嫁に出す娘もをらず雛納 かくも小さくなりし母抱き青葉雨 母在さぬだけや短夜常のごと 河野さんの明るく華やかなお人柄のむこうに深い悲しみが見える。 「これよりは牛歩ながら、またこつこつと楽しい俳句を勉強して行くだけと思っております」 とあとがきに書かれている。 昨日の「増殖する歳時記」は、三宅やよいさんによって、しなだしんさんの句集『夜明』より。 屋根のびてきて屋根の雪落ちにけり 「雪国」に生活しているときっとこういう風に見えるんだろうなあ……と思う。 雪国ってわたしには、とてつもなく遠い国だ。 かつてそこで生活をしたこともなく、たぶんこれから生活をすることもないだろう。 神さまがもう一度生まれ変わらせてくれるって言っても「雪国はお許しください」って言うかも。 どうしてって? 寒いから…。 屋根の上に乗って雪掻きとか金輪際したくない。 でも、 岩井俊二の映画「ラブレター」はめっちゃ好き。 なんか文句ありますか?
by fragie777
| 2010-01-15 19:27
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Comments(2)
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