ふらんす堂の編集日記と最新ニュースなど。 By YAMAOKA Kimiko
by fragie777
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
井出野浩貴さま コ..
by fragie777 at 13:20
私も今日「わたしは、ダニ..
by 井出野浩貴 at 23:15
一羊さま いやだあ..
by fragie777 at 09:28
狩行先生の全句集、ついに..
by 白濱一羊 at 20:41
ちょちょっと。。yama..
by 白濱一羊 at 20:36
白羊さま 忘れてい..
by fragie777 at 08:50
さすがyamaokaさん..
by 白濱一羊 at 21:09
玲玲さま 昨日は有..
by fragie777 at 19:50
tamatsu57さま ..
by fragie777 at 23:23
楽しく拝読しております。..
by tamatsu57 at 12:42
リンク
検索
ブログパーツ
ファン
ブログジャンル
画像一覧
# by fragie777 | 2017-03-02 20:09 | Comments(0)

横顔。

3月1日(水)  旧暦2月4日

今日から3月である。

先日雛めぐりをしたときに、めずらしいお雛さまが飾ってあった。

その雛たち。


f0071480_17074239.jpg


f0071480_17075053.jpg
そして、このイケメン雛。

f0071480_17080176.jpg
多分、菅原道真だったと思う。
このお雛さまだけ男っぷりに気をとられて名前の札まで撮らなかったのである。

管原道真と言えば、理不尽な左遷によってその地で死んだ後、怨霊となって平安京の都に顕れ、大暴れして多くの厄災をもたらすのだ。

と言ってもこれは、岡野玲子の漫画『陰陽師』で仕入れた話であるが。。。

北野天満宮はこの菅原道真の怨霊を沈めるために、建立されたのではなかったかしら。






新刊紹介をしたい。


f0071480_16572818.jpg
四六判ソフトカバー、クーターバインディング製本 210頁。


著者の大河内冬華(おおこうち・とうか)さんは、1951年(昭和26年)神戸市生まれ、現在は新潟市在住。教育関係のお仕事に従事されているが、民俗芸能史の研究者でもいらっしゃる。1977年に村松紅花に師事し俳句を始め、2000年前後俳句から一時遠ざかるも2008年に友人の水澤秀子さんの誘いで再び俳句を再開、岸本尚毅選をあおぐようになる。2015年の超結社の「こもろ・日盛俳句祭」の句会上にて初めて岸本尚毅に会う。ふらんす堂主催の岸本尚毅指導の「ふらんす堂句会」の熱心な会員であられる。本句集は、1978年から1996年までの作品と2009年から2016年までの作品を5つのパートにわけて編集収録、序文を岸本尚毅氏、跋文を塚田采花氏が寄せておられる。
岸本尚毅さんの序文が的確な大河内論となっているので、抜粋して紹介したい。
たくさんの句を取り上げられているのだが、その一部となってしまうがご了承を。

大河内冬華さんは略歴にあるように、高濱虚子・高野素十にゆかりのある俳人村松紅花のもとで俳句を学ばれた。
素十に代表される「写生」の本質は、極力シンプルな言葉遣いにより、読者の想像力を最大限に喚起するところにあると思う。作者の関与は極力少なくし、景や事柄の最小限の要素だけを提示する。あとは読者の想像に任せるのである。冬華さんの句の句にも、そのようなタイプの佳句をいくつも拾うことが出来る。

 コスモスに国境警備兵に雨
 たうたうと冬浅からず最上川
 かはらけの沈む新樹の奈落かな
 メール来る神有月の出雲より
 背のやうに中洲を見せて春の川
 芋虫のごと腹這ひて俳誌読む
 その人を助手席に乗せ雨月かな

 昼寝より戻りてもとの老女かな

「昼寝」の間は夢を見ていた。「昼寝人」は目が覚めると「もとの老女」に戻った。作者自身のことでも、他人のことでもよい。誰のことでもよいのである。読者は「昼寝より戻りてもとの男かな」「昼寝より戻りてもとの翁かな」などと勝手に読みかえて鑑賞してもよいのである。ただし「老女」という語に独特のニュアンスがあることも忘れてはならない。たとえばお能で「老女物」というときの「老女」という言葉の響きをこの句から連想してもよいのである。

表現意欲があって俳句に携わる人の句はどうしてももの言いたげになりがちである。評する方も、もの言いたげな句は評しやすいので、いきおい作意のはっきりした句が世上にもてはやされがちである。
それはそれで止むを得ないことであるが、俳句の中には、一見作意を感じさせないけれども、落ち着いて読むと、読者の想像(もっと言えば「察し」)を誘うようなタイプの句もある。そのような句として、本句集の句を読んで下さる読者が一人でも多からんことを願っている。

跋文を寄せられたのは、塚田采花氏。精神科医の塚田氏は、新潟大学医学部俳句部「若萩会」の世話をしてこられた方で、そこで著者の大河内さんと知り合った。その時のことをこんな風に跋文に書かれている。

冬華さんに初めてお会いしたのは、昭和五十七年の正月。新潟大学医学部法医学教室の教授で医学部俳句部「若萩会」の部長をされていた茂野六花(録良)先生(後、新潟大学長)に誘われて、私が俳句を作り始めてから二年程経った頃のことであった。この法医学教室は高野素十が教授をしていたところであり、外科学教室には中田みづほという素十と東京大学同級で「まはぎ」という俳誌を主宰されていた教授がおられ、俳句の盛んな医学部であった。
その六花先生から突然電話があり、珍しい人が来ているから来ないか、と言われて法医学教室の医局へ出向くと、断髪のうら若い女性が、和服でにこやかに座っていた。そこで、彼女が埼玉に住み、新潟で発行されている俳誌「雪」の選者村松紅花先生(東洋大学短期大学教授・後、学長)のお弟子さんであり、「雪」誌にも投句されていて、新潟市に帰省されたついでに年賀に来られたのだ、と紹介された。
これが冬華さんとの最初の出会いであったが、この翌年の二月には、紅花先生率いる東洋大学の春雪会と新潟大学の若萩会との合同句会が新潟県湯之谷温泉郷の葎沢温泉で行なわれ、ここでも冬華さんとご一緒した。

塚田氏は、大河内さんの主に若いころの俳句をとりあげて丁寧に鑑賞をしておられる。

 山笑ふ中に失語の母笑ふ
 母住まぬ家の暗きに枇杷の花
 遠蛙つひに盲ひし母に鳴く
 ふと消えし鳰のごとくに母死せり

こうした母上に寄り添うような句を読むと、この句集は最愛の母上への感謝と鎮魂の句集なのだ、と思わざるを得ない。
向後は、素晴らしい師と仲間を得て、冬華さんは再び穏やかな序の舞を舞い始め、新たな冬華さんらしい佳句を紡ぎ出すことであろう。
「俳句以前」という素十の言葉もある。俳句そのものを産み出す日頃の生き方が大切だということである。意は尽くせないが、冬華さんの若き日の「俳句以前」に触れ、冬華さんの句についていささか感想を述べた。

この句集の魅力は岸本さんが、序文で書かれていることにつきると思う。「景や事柄の最小限の要素だけを提示する。あとは読者の想像に任せる」ということ。一見、とおり過ぎてしまいそうになる句も立ち止まって味わえばその世界が広がってくる。
本句集の担当は、文己さん。
好きな句は、

 凩や二つの耳の後ろより
 芥子崩る不意の落涙あるごとく
 羅を着て男にはなき度胸
 もう話すことなどなくて息白し
 一と晩の汚れにあらず恋の猫
 仰向けの貝殻引いて秋の潮
 切りだしておき春愁の口重き
 大粒の雨が似合ひて紫木蓮
 昼寝より戻りてもとの老女かな
 片蔭に少し後引く阿波言葉
 砲弾の掠めし日記秋暑し

こうして紹介すると、わたしの好きな句とけっこうダブル感がある。

 羅を着て男にはなき度胸

この句、気持ち良くて好きである。「羅」がこんな風に詠まれたことがあるだろうか。だか、こう詠めるのは、なんといっても若い女子ではない。やっぱり或る程度歳をくった女性である。ただ、このモデルとなっている女性の歳は老若どちらでもいい。若い女性が羅をかっこよく着ているのを讃えるように詠んだとしてもいいし、それなりに歳を重ねてきた女性が羅を着て、人生に清々しく向き合っている、そんな景でもいい。どっちにしても度胸があるのは、「女」よね、と、批評性もある一句である。

 蓋すれば箱暗がりに古雛
 受け唇の華やかなりし古雛

五十代の殆どを暮らした山形県庄内地方では、北前船でもたらされた雛人形を大切に扱い、現在の暦の四月三日(旧暦の三月三日)にお祭りをする。そこでは、雛の家の主が雛を飾り、客をもてなし、また雛を仕舞うということが、毎年繰り返されている。
俳句を詠むということも同じで、年を、季節を、月日を、迎えては見送らなければならない人間が、その一刻を書き留めることなのだと思うようになったのは、その頃からである。初めての句集を編むにあたり、若い日に作った句も並べることにした気恥ずかしさもあって、句集名を『古雛』とした。

「あとがき」を抜粋して紹介した。句集名の由縁が書かれている。
ほかに、
 
 暮れかぬるカステラは黄の重たさに
 草の絮ジャングルジムの中も飛ぶ
 ぼうたんを渡りし風に今吹かれ
 夕桜夜桜となる白さかな
 吾のごと忘れられゐし春炬燵
 う巻き食ふ女二人に花の冷
 蟻が蟻運ぶ葬送かも知れず
 
 

本句集の装釘は、君嶋真理子さん。
著者の大河内冬華さんのこだわりを見事に可能にしたのではないだろうか。


f0071480_16580690.jpg
帯は太めでというがご希望だった。

f0071480_16580596.jpg

f0071480_16580822.jpg
帯は淡い光りを放つものに。

f0071480_16581574.jpg

f0071480_16581956.jpg
帯をとったところ。

f0071480_16582546.jpg
タイトルは金箔。

f0071480_16582809.jpg
カバーをはずした表紙。


f0071480_16583045.jpg
f0071480_16583460.jpg
見返し。
白の斑入りである。

f0071480_16583678.jpg
緋毛氈を思わせる。


f0071480_16583949.jpg
扉にも赤を活かして。

f0071480_16582314.jpg

f0071480_16584288.jpg
クーターバインディング製本。


f0071480_16584519.jpg

f0071480_16584947.jpg

f0071480_16581162.jpg
華やかではあるが、古雛のもつ冥さがあり、品格と余情のある一冊となった。


 横顔に冬の海あり読書室

好きな一句は「昼寝より戻りてもとの老女かな」が響いてくるものがあって(わかるでしょ)好きであるが、岸本さんが素晴らしい鑑賞をされているので、わたしはこの「横顔」の句を選んでみた。
不思議な一句である。ややシュールな味付けをされた油絵などが浮かんでくるような、横顔は女性で明るい絵ではない。そんなことを思わせる一句である。上五中七下五がばらばらにおかれているようで、しかし、一読後ありありと場面が立ち上がってくる。「冬の海」だからいい。知的な横顔をもった無表情な女の顔が遠近法を無視して迫ってくる。「読書室」で女性の顔に精神性がやどり、冬の海の奥深い暗さも伝わってくる。








本日、「俳句文学館報」が届いて、俳人協会賞の選考経過報告を読んだ。
俳人協会新人賞において、高柳克弘句集『寒林』もその候補の一つであったが、選者の方たちが『寒林』の無季の句に触れて選評されていた。
選評を読みながらわたしは、ふらんす堂通信151号の野村喜和夫さんとの「エロス対談」で、高柳さん自身が無季の句について語っていたことを思い出していた。
わたしはもう一度、それを興味ふかく読み返したのだった。(69頁くらいから)





そしてこれはお詫びです。
『寒林』のなかの一句の「捕虫網」が「補虫網」となっていたということ。
よく間違えるのである、これは。
その誤植が指摘されており、これはもう版元が気づかなくてはいけなかったと、深くお詫びします。







# by fragie777 | 2017-03-01 21:08 | Comments(0)

九尾の狐

2月28日(火) 草木萌動(そうもくめばえいずる) 旧暦2月3日

f0071480_19110648.jpg
名栗の山里の白梅。

何かが遠くで動いている気配がした。


f0071480_19200806.jpg
これだ。

近づいてみると奇っ怪なオブジェだった。


f0071480_19201205.jpg
古代生物のような。

啓蟄の季節になって地中から這い出してきた、そんな風に思えたのだった。





今日は助っ人スタッフの愛さんに来てもらって、「鷹羽狩行俳句集成」の初句索引の読み合わせをする。
読み合わせとは、頁に間違いがないかどうかを確かめながら抜け落ちているもののチェックなどをすることである。
ある意味で校了へ向けて最終段階になりつつある。

10時から初めて6時まで、お昼休みをはさんでほとんどぶっ続けで頑張った、のであるが、全体の5分の1にも満たない進行状況である。
明日も、その次の日も、そのまた次の日も、いやいや来週にかけても読み合わせの日々となりそうである。

小さな活字を追いながらなので、たいへん目が疲れるのである。







27日の相子智恵さんによる「月曜日の一句」は、田島健一句集『ただならぬぽ』より。


 晴れやみごとな狐にふれてきし祝日  田島健一

句集『ただならぬぽ』(2017.01 ふらんす堂)より

数年前に、この句の初出の瞬間(大きな句会だった)に立ち会えた時の感動はいまだに覚えていて、それは晴れた祝日のことだった。

晴れている、祝日であるということは詠めても、こんな俳句にはなかなか出会えるものではない。以来、祝日になると思い出す愛唱句となった。

〈西日暮里から稲妻見えている健康〉〈ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ〉〈白鳥定食いつまでも聲かがやくよ〉など、句中の「健康」や「ぽ」や「定食」など、それがあるから難解であり面白くもある言葉の意外性は、説明を拒みつつ強烈な印象を残す。



相子智恵さんは、この一句がうまれた句会の現場にいたのだ。
句会場でこういう句に出会うときと、句集のなかで出会うのでは、鮮烈さが違うかもしれない。


わたしは句集『ただならぬぽ』を拝読したとき、この句を読み飛ばしていた。

「兎」の句に立ち止まったが、「狐」の句には立ち止まらなかった。
しかし、こうして取り上げられてみると、印象深い一句である。
「狐」がとても美しく晴れやかだ。

わたしはポケモンgoの狐ポケモンの「キュウコン」をとっさに思い浮かべた。





f0071480_19574967.jpg

これ。

相手のこころを自在にあやつるキュウコン。
1000年間生きると言われている。
中国の神話にある「九尾の狐」からの発想だろう。
祝日にはふさわしい狐である。


ああ、でも田島さん怒っちゃうかも。
そんなポケモンなんかを安易に持ってくるなって。
ごめん、田島さん。

本当にお安いyamaokaである。


相子智恵さんの鑑賞は、最後の一行にわたしはやられてしまった、のであった。






# by fragie777 | 2017-02-28 20:25 | Comments(0)

啓蟄近し

2月27日(月)  旧暦2月2日

f0071480_17103913.jpg
思わず手をいれたくなるような春の川。


 指を入れ手を入れにけり春の水    小島 健


今朝は風が冷たく、マフラーを取りに戻ったのであるが、午後にはすっかり春の陽気となってコートなしでも歩けるあたたかさとなった。

昨日の朝のこと、開きっぱなしになっている押し入れの前で猫たちがかわるがわるにじいっと見つめているものがある。
ちょっかいを出すわけでもなく、固まったように見つめている。
何かと思ってみてみると小さな虫だった。
動かない。
死んでいる風でもあるが、なんとなく直感的に生きているんじゃないかと思った。動くと猫がちょっかいを出すので死んだふりをしているらしい。
猫たちが去ったあと、紙にのせて(そうするとジタバタしたのでやはり生きていた)ベランダに放つとすぐに飛んで行ってしまったのだった。



f0071480_17385924.jpg
それがこの虫。
調べてみるとどうやら「亀虫」のようである。
臭い匂いを放つようだが、それは免れた。






新聞記事を紹介したい。

25日付けの讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、脇村禎徳句集『而今』より。

 仰ぎ見て久しかりけり春の空   脇村禎徳

春の空を眺めていたのだ、夢を見ているかのように。ほんのしばらくのことだったかもしれないが、ふと我に返ってみると、ずっと眺めていた気がする。さらに句にすれば、はるか昔から眺めつづけてきた感じもする。句集『而今(にこん)』から。


25日づけの毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、 鈴木明句集『甕』より。

 露出廃炉の深淵暗め冴え返る   鈴木 明

冴え返る時期にむき出しになった原子力発電所の廃炉、その廃炉が人知の及ばない暗い深淵をのぞかせている、という句であろう。季語「冴え返る」は数日前にも取り上げたが、「冴え返る」ことを繰り返しながら春は深まる。その春のようにはいかない廃炉の現実がたしかにある。句集『甕』(ふらんす堂)から。作者は東京在住。



25日付けの東京新聞の佐藤文香さんの「俳句月評」は、「新しい見せ方を」というタイトルである。
小川軽舟さんより引き継いで、担当は佐藤文香さんとなった。
小津夜景句集『フラワーズ・カンフー』が取り上げられているが、この新聞はなかなか目にすることが少ないので全文を紹介したい。

ある俳句作家の作品世界に浸ろうと思ったとき、まず手に取るのは句集だろう。しかし、俳句しか載っていない本というのは、普段俳句を読まない人には意外と敷居が高い。そこで、俳句の間口が広がりそうな近刊を紹介したい。
中村安伸句集『虎の夜食』(邑書林)は、家族であり編集者でもある青嶋ひろのが構成し、短い物語を挿入している。物語の断片では、カフェでいちご白玉を食べていたら逮捕されたり、川霧の向こうに数百騎の武者が並んでいたり、眠りに落ちると水になっていたりする。そんな中、俳句が束で繰り出される。
 
 任天堂の歌留多で倒す恋敵    中村安伸

俳句も不思議と物語の一部に見えてくる。 SF好きな人におすすめしたい。
小津夜景(おづやけい)は、高山れおな句集などを読んで俳句を始めたという。高山といえば、前書きが短歌や日記になっていて俳句作品と重層的に楽しめる句集『荒東雑詩』(沖積舎)があるが、小津の句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂)には、李賀の漢詩を前書きにして章、詩と俳句が交互に出て絡み合う章、短歌の章などがある。様々な素養が言葉として滴り、最終的に俳句のかたちになったりならなかったりするのを見物する面白さがある。和語の物腰と読むたびに剥落しそうな仮名の表現がいい。
 
 もみあげの風を古巣としてわれは  小津夜景

鈴木一平の『灰と家』(いぬのせなか座)は詩集だ。言葉として印刷された文字が、紙の白さを喜んでいる。手近で地味な景色を具体的に描くことと言語実験との関係性が新鮮で、俳句的とも言える詩である。日記という章では、上段に俳句が、その下に日記のような短文が並ぶ。

 靴ずれやひなたの幹に映る木々    鈴木一平

俳句の出来は巧拙あるが、この詩集を面白く読むだろう読者に、俳句が寄与できることに感謝したい。
三人に共通するのは、独学で俳句を始めた点、良質な俳句読者である点だ。俳句の自由な読み方を知っているのだ。
句集に俳句作品以外の楽しみが用意されることは、既存の俳句読者以外をも惹きつける可能生を秘めている。これからも、新しい俳句の見せ方に期待したい。



この佐藤文香さんの「新しい見せ方」という論は、たとえば「ふらんす堂通信151号」の野村喜和夫さんとの対談の最後の方で高柳克弘さんが言っていたことと呼応する。

微力ではありますけれど、やっぱり読む文化、読まれる文化みたいなのを寛容して行けたらいいなあという部分が非常にあるんですけれどもね。
(略)
例えばこう句があって、それに対して例えば散文と響き合わせるという。芭蕉なんかはそうですよね。蕪村もそうだったんですけど、紀行文の中に俳句が出てきたりとか。散文と俳句って本来はそんなに相反するものじゃなかったんですけれど、ある時期からやっぱり一句独立って言う近代以降の価値観が出てきて、それに対して作者がくどくどとこう散文で述べるって言うのはNGって言うこう、確固としたものが。
今まで潔癖に散文を排除しすぎたところもあるのかなあと。

そうして高柳さんは、ふらんす堂の「俳句日記」や「短歌日記」の試みをあたらしい俳句の見せ方として評価してくださっている。

句としての質も下げずに、散文との照応って言う、新しいかたちの文芸もあり得るのかなあと。

佐藤文香さん、高柳克弘さんのお二人はいずれにしても俳句を読まれる文芸として確立していきたいという強い思いがあるのである。読み手より作り手の方が多いこれまでの俳句の在り方に対して、純粋読者の獲得、これからの大きな課題だ。
そういえば、先日俳人のふけとしこさんからおくっていただいた『ヨットと横顔』(創風出版)なども、エッセイのなかに俳句が鏤められていて、(おもしろく拝読)「俳句とエッセー」というシリーズの第2弾である。このシリーズの企画者坪内稔典さんなども、俳句読者の獲得に力を注いで来られた俳人ではないだろうか。。。



26日の東京新聞の「句の本」では、米田清文句集『家郷』が取り上げられている。

 玫瑰や南宗谷の町五つ
 大寒や丹頂鶴の今朝の声
 亀の咽喉ごくりと動く残暑かな

オホーツク海に臨む町に生まれ、大学で哲学を修めた著者が、故郷や吟行の地を詠んだ三百十三句。




今日の朝日新聞の「俳句月評」では、恩田侑布子さんが後藤比奈夫先生について書かかれている。いい文章なので全文を紹介したい!が、抜粋して紹介。

世阿弥は能の奥義を老木(おいき)に花咲かすことだといった。いま俳句で奥千本の花をみせてくれるのは四月に満百歳になる後藤比奈夫。代表句に〈東山回して鉾を回しけり〉がある。句巾は柔軟で広やか。二〇〇六年蛇笏賞を受賞した『めんない千鳥』には斬新な現代批評まである。
 
 蟻地獄までもバーチャルリアリティー

現実は仮想現実に浸食され、ついにお堂下には巣食う蟻地獄まで取り込まれる。スノーデンが告発したサイバー空間が地球上の見えない戦争を支配するように。
 
 抱へられ跨ぐ湯槽や初湯殿

昨年の句集『白寿』は肉体の衰えを素直にあらわす。初湯は新年の季語。バスタブをじぶんではもう跨げない。若い介護職員に抱えられて浸かる風呂桶は、下五で一挙に御殿のゆたかさに変容する。初湯に合体した「殿」の効果だ。ものと春をなす老艶の境地といえよう。
 
 喪に籠もりゐても年賀は述べたかり

長寿にも嵐はあり昨年愛息を喪った。父の夜半から継承主宰した「諷詠」を譲り四年。だが、俳精神はくじけない。
 
 あらたまの年ハイにしてシャイにして

今年の新年詠。ハイは高揚する気分、シャイははにかみ。百歳のかわいさ、めでたさ、おかしみがあふれる。(略)
なんともふくよかな上方文化の薫りだ。百歳の俳味にほっこりし、やがてシャンとさせられる。



今日の讀賣新聞の「枝折」には、佐藤理江歌集『あったこともない人々』が取り上げられている。

 手触りを残したままの無くしもの仕事のために新品を買う    佐藤理江

「考える時間が足りません」の一連から始まる第5歌集。意外性に富む。




今日の毎日新聞の「新刊紹介」には、脇村禎徳句集『而今』が取り上げられている。

 誰彼をこころに家居花八つ手   脇村禎徳

1935年生まれの著者の第10句集。2012年から3年間の作品をまとめた。素材の新奇を求めることなく自身の今を浮彫りにしている。








# by fragie777 | 2017-02-27 19:32 | Comments(0)

神秘的にして宿命的……

2月26日(日) 旧暦2月1日


f0071480_21510273.jpg

椿の吊し雛(?)




洗濯機を決めてきた。

ドラムにするか従来のものにするか、小田急ビックカメラの男性販売員さんのアドバイスを聞きながら、また諸条件をかんがみ、ドラム型でないものに決定した。

理由の第一はわが家はドラム型の乾燥機能をそれほど必要としないこと、第二はドラム型でないほうが圧倒的に安いということ。やく半分以下の値段である。そして洗浄能力に差はないということである。いまあるわが家のドラム型は出始めの頃のものでそれほど場所をとらなかったのであるが、最新式のドラム型はそれぞれなんとまあ、大きくなったことよ。栄達昇進したかのごとくそれぞれがえらく立派に場所ふさぎの感があった。ひろびろとした脱衣所のある大きな家こそ、わたしたちはふさわしい。そんな顔をしてドラム型は並んでいた。その態度のでかさもドラム型にしなかった理由のひとつでもある。わたしん家の脱衣所、えらく狭いのよ。

来週の木曜日にはわが家にやってくる。
まちどおしいyamaokaである。



スペインのプラド美術館で、かの有名なヒエロニムス・ボッシュの「快楽の園」を今回も見てやはり衝撃をおさえられなかったが、今日読んでいた本に、この絵のことが書かれていてそういう見解もあったのかと目が開かれたような思いがした。その本とは澁澤龍彦著『幻想の肖像』という文庫本でじつはわたしはこの本を前にも読んでいるのだが、このボッシュについてのことはすっかり忘れていた。
快楽の園の不思議にして異様な光景を描いたボッシュは、当時、オーストリア、ボヘミアからフランスまで拡がったキリスト教異端、アダム派に属していたのではなかろうか。
というのである。これは澁澤龍彦の見解というよりもボッシュ研究家のウィルヘルム・フレンガーの説を澁澤が紹介しているもので、以下に澁澤はこう書いている。
アダム派とは、楽園のアダムといイブのような無垢なる生活に帰るために、裸体の実践を主張する一種の神秘主義的な秘密結社で、」いわば最初の革命的なヌーディズム運動のようなものだった。「衣服を着ている者は自由を手にすることができない」というのが彼らの金言だった。また彼らは、愛による浄化ということを信じていたので、因襲的な夫婦関係や一夫一婦制を否定し、すすんで乱交を実践したともいわれている。一種のエロティックな共産主義を唱えていたわけであろう。さらにおもしろいのは、彼らが徹底的な非暴力主義を唱えていたことで、この一派は、一切の武器の使用に反対だったのである。
このアダム派の教義や理想を一枚の絵にしたのが、すなわちボッスの「悦楽の園」であって、羞恥を知らない裸身をさらして、鳥や獣たちとともに楽しげに遊びたわむれている男女のすがたは、画家の心の目い映じた、一つのユートピアの表現にほかならなかったのだ。ボッスは、この裸体の男女たちを決して否定したり、風刺したりしているのではなくて、明らかに共感をこめて描き出しているのである。

読んでいたはずの
本であったがすっかり忘れていて「ほう、なるほど」などと思ったりしたのであるが、しかし、これほどまでの過激な異端思想であったなら、異端審問がヨーロッパにおいて一番激しかったといわれるスペインにおいて、どうしてこの大作が今日まで生き延びてきたのだろうか。火に焼かれても当然ではないか。などと思ってしまう。
手元にある「プラド美術館」という昔出版された(わたしが子どもの頃の出版である)大冊な画集の解説によると、そういう異端派説はあるものの、この祭壇画は、16世紀の教会関係者からは、教義的な教訓を示す画像として考えられ、異端主義のものとは見なされず、むしろボッシュの特別な大作を示すものとして、丁重に扱われてきたということである。

ふ~む。そうなのか。。。
ラッキーなヤツめ。
ということではなく、つまりは、
ガウディのサグラダ・ファミリアといい、このボッシュの絵といい、あるいはゴヤの絵といい(なんどか異端審問の危機に面したことがある)、それらについてわたしは、そのものに与えられた神秘的にして宿命的な芸術力(こういう言い方が許されるとしたら)というようなものを思ってしまうのだが、どうだろうか。















# by fragie777 | 2017-02-26 23:18 | Comments(0)

雛めぐり。

2月25日(土) 北野梅花祭 旧暦1月29日


今日は俳人の石田郷子さんが住む飯能・名栗村で雛祭りめぐりをして楽しんだ。


f0071480_00225707.jpg
やはり春の景だ。


f0071480_00230183.jpg
見事な紅梅。


f0071480_00242917.jpg
これは三椏の花。


f0071480_00233688.jpg
旧家に飾られたお雛さまを見てまわる雛祭りラリーである。


f0071480_00225342.jpg

f0071480_00230558.jpg

f0071480_00231352.jpg

f0071480_00231849.jpg


f0071480_00242157.jpg
この家は吊るし雛がたくさんあった。

f0071480_00242443.jpg
雛作りのための道具一式。
鋏のように見えるのは手術でつかうカンシだそうである。



f0071480_00231081.jpg

雛を見に来た人の自転車だろうか。
立てかけてあった。


f0071480_00232184.jpg
泣き顔の仕丁。ほかに怒り顔、笑い顔の仕丁がいる。


f0071480_00241292.jpg
右大臣。そうじてイケメンである。

f0071480_00241511.jpg
官女。


f0071480_00232687.jpg
雛を見終えて。


f0071480_00232895.jpg
この男子の自転車であることが判明。


f0071480_00233221.jpg
可愛らしいリュックのついた自転車にまたがって帰っていった。
聞けば飯能のキャラクターであるということ。
飯能を愛する人たちであった。



f0071480_00233938.jpg
猫に会い、


f0071480_00235504.jpg
犬に吠えられ、(けっさくでしょこの犬)

f0071480_00234785.jpg
橋をわたった。


f0071480_00240293.jpg
ややっ、
この橋がこわいとひとりわたらずに戻っていく人がいる。
なんと石田郷子さんだ。


f0071480_00235248.jpg
水温むを実感した日であった。


f0071480_00234486.jpg
木々は芽吹きをはじめている。


f0071480_00235838.jpg
切り口を見せた木からはよい香りがする。


f0071480_00241082.jpg
雛の家の白梅。



f0071480_00241860.jpg

大正琴を教えてもらっている男子。


f0071480_00240646.jpg


一足早い名栗の雛祭りを楽しんだ一日だった。





わたしの家は今年は雛をかざることをパス。

ごめんなさい。
お雛さま。







# by fragie777 | 2017-02-25 00:20 | Comments(2)

小さな記事など。

2月24日(金) 二の午 旧暦1月24日

f0071480_17045036.jpg
椿。



2月もあと数日となってしまった。
残された2月という日々を楽しみつつ有意義に過ごしたいと思うが、いったい何をしたら内実のある2月にできるんだ?
誰か教えて欲しい。

さしづめ今日の夕食は、けんちん汁うどんにしよう。
それが2月を豊かにしてくれるかどうかはわかんないけど、美味いことは美味い。
それにカリフォルニア産のちょっとヘビーな赤ワイン。
乾燥マンゴーとこの赤ワインの相性は抜群である。







いくつか小さな記事を紹介したい。
(小さな記事っていうのがいいでしょ)

20日付の京都新聞の「詩歌の本棚」で詩人の河津聖恵さんが、田窪与思子詩集『水中花』について紹介してくださった。

田窪与思子『水中花』(ふらんす堂)の作者は神戸に生まれ、長年パリやブリュッセルで暮らし「母音の国」日本に戻った。日本の生活風景に異郷での記憶が透明に重なり合う。今ここが複数の時空へひらかれる自由と孤独。表題で作者は、日本にいながら永遠に失われた日本の美しさを、水の中に見つめつづける。

 けれど、あゝ、水中花。
 それは、百花繚乱のニッポン。
 Kawaii、ニッポン、水中花。
 放射能汚染水に封じ込められた、ニッポン、水中花。
 
 甦るのか、朽ち果てるのか……
 静かにたゆたう、ニッポン、水中花。




「俳句四季」3月号では、「一望百里」という欄で二ノ宮一雄さんが、楠戸まさる句集『遊刃』についてとりあげておられる。

楠戸まさる「翡翠会」代表、俳人協会会員の『竹聲』『飛火野』に次ぐ第三句集。

 雪はげし病室といふ檻の窓
 あたたかやわが身に妻の腎蔵し
 きさらぎや身に鮮しき血の通ひ

あとがきに「今日に到るまでの多くの方々との出会いや支えのお陰で現在の私があることに心ひきしまる思い」とある。その真摯な心から俳句に対する心構えも「定型詩の俳句に、自らの生きる道を重ねつつ、芸の道を深めたい」と誠実である。

 ときに欲しゴッホの狂気寒茜
 昼の月蓮枯るるに徹しをり
 烏瓜真赤ぞ故郷捨てし悔い
 竹馬や七十年をひとまたぎ
 音尽くしたるおほがねの淑気かな
 切株に座し花ふぶき花ふぶき

「切株に」の句は作者の絶唱である。次の句もいい。

 一村のしづまりかへる日向水
 豊年や星さそひ出す山家の灯




「俳壇」3月号では、山西雅子さんがふらんす堂刊行の二冊の本をとりあげてくださった。抜粋して紹介したい。



「星の木」同人の第6句集。2011年から15年冬までの407句を収める。
 
 鳴く子猫尿する猫が母なるよ

母を求めて鳴く子猫の傍らで、その安全を確かめつつ束の間放尿する母猫。人間の母親も赤子を抱えるころは同じようなものだが、野生の猫は危険と隣り合わせであるぶん、命のありさまが丸裸になる。あっさりと描かれているだけに、生きること、親子であることの本質が見え、胸にしみる句だ。
(略)

 襟立てて海ある限り喪の心

句集掉尾の句。東日本大震災を心に置く句であろう。

 逝く春の星座のごとき絆かな

という句も冒頭辺りにあるが、深い思いが籠もる。





「対岸」主宰の随想集。平成二十四年一月から二十八年三月まで「対岸」に連載したものを、「対岸」三十周年を記念して纏めたとのこと。「これは言ってみれば私のつぶやきのようなもの」と「あとがき」にあるが、今瀬剛一という俳人の素顔が窺える書である。全五十一章のうち、「悪筆」「せっかち」「「い」と「え」」「晴れ男」などは、タイトルからだけでも何となく浮かぶ人物像があり、誘い込まれる。(略)
「樹氷」は自宅の庭での話だが、二本あるハンカチの木の小振りな方の一本が咲かなくなってしまった理由を、別の一本を誉めた不用意な一言が傷つけてしまったのだ、と語る。「それ以後頑として一花さえ付けなくなってしまった。いくら謝っても小振りは許してくれなかった」というのである。心に残る話だ。





大井恒行さんが、 石原日月句集『翔ぶ母』についてそのブログで紹介をしてくださった。


吉田一穂の詩行への思いを重ねながらの大井恒行さんの鑑賞である。
吉田一穂に師事し、一穂を敬慕した加藤郁乎もすでにこの世にはいない。
そのことにあらためて愕然とするのである。







家の洗濯乾燥機がいよいよいけなくなってきた。
いまは、ドラム式のものを使っているのだが、ちょっと使いにくい部分もある。
従来のものにしようか、あるいはバージョンアップされたドラム式があればそれにしようか、
迷っている。

この休日に量販店に偵察に行ってくるつもり。

よろしき情報があったら是非にお教えくださいませ。




















# by fragie777 | 2017-02-24 18:57 | Comments(0)

家族とともに。

2月23日(木)  旧暦1月27日

f0071480_16482837.jpg
スペイン・コルドバのメスキータ(大モスク)のマスクーラ(高官たちの場所)の天井。
このメスキータ内部はイスラム教とキリスト教が混在している。というか、もとはモスクだったところにカトリック大聖堂が増築され付け加わったのである。

f0071480_17233271.jpg
こちらはカトリック大聖堂の天井。

このメスキータ内部においては同時にふたつの文化を味わうことになり、頭の中がシャッフルされてしまいそうだった。
しかもこのコルドバは「ユダヤ人街」と呼ばれる一角がありシナゴーグの建物なども残されている。


と、まだスペイン旅行にこだわっているyamaokaである。






今日は新刊を紹介したい。



f0071480_17030617.jpg
四六判ソフトカバー装。 196頁。

著者の米田清文(よねた・きよふみ)さんは、1953(昭和28)年北海道生まれ、川崎市在住。2000(平成12)年より俳誌「天為」に入会し、有馬朗人、有馬ひろこに師事。2010(平成22)年「天為」同人となる。本句集は1998年より2015年までの17年間の313句を収録した第一句集である。「あとがき」によれば、「天為」に入会するいたるまでにもあるいは入会後もさまざまな俳縁による学びの場があっての今日であることがわかる。本句集には、有馬朗人主宰が序文を、句友の津久井紀代さんが跋文を寄せておられる。
有馬朗人主宰の序文を抜粋して紹介したい。

清文さんは北海道中頓別町の生れである。この町は頓別平野にあり宗谷丘陵の東方でオホーツク海岸に面している。東北大学文学部に学び哲学を専攻、卒論はデカルトについてであったと言う。その時の副担当は柏原啓一教授であった。柏原教授は俳人でもあり「きたごち」の主宰である事を知ったのはごく最近の事のようである。運命とは面白いものである。このような履歴から知られるように清文さんは極めて理知的な人でありながら、人柄は誠におだやかで全く才をひけらかさない事に驚く。俳句も静かで抒情的である。

 玫瑰や南宗谷に町五つ
 母の忌や霧の深さのオホーツク
 鳥海山の風ながれくる羽抜鶏
 団欒や一家にひとつ蠅叩
 手花火の向ふの闇も手花火に
 野遊をよぎる富山の薬売

清文さんは六十歳代前半である。人生がこれから始まるくらいの歳である。この句集『家郷』を飛躍の契機として更に精進し、その優れた詩才を磨き上げ、第二句集を目指して進んでいただきたい。

俳句の先輩である津久井紀代さんは、句集名となった「家郷」に焦点をあてる。「家郷」とは、「ふるさと」のことである。著者の米田さんは、郷里である北海道への望郷の想いが強い。そしてふるさと・北海道で生活する父へと思いを馳せる。また、「家」という言葉が意味する家族への思いもあり、それを詠んだ句もおおい。


 帰省して父のあがらぬ二階にゐ

この句の「父」と「子」の間に生まれる微妙な空気感。この行間に清文さんの詩としての想いがたっぷりと描かれているのである。東京から近いとは言えない北海道へ帰省するのは、ほかでもない雪の舞う最北端宗谷に一人暮す父を思ってのことであろう。しかし父の息災を確認したあとは、昔暮らした二階に上がり、父はいつものように一階にいるのである。最後に置かれた「ゐ」に二人の微妙な葛藤が見え隠れする構図となっている。そして「あがらぬ」の措辞にも繊細な意識が働いているのである。「あがらぬ」はひょっとしたら「あがれぬ」なのかもしれない。老いて足が悪いのであろうか、床に臥しているのであろうか。ここにはなにも語られてはいないが、この句の行間から父への「想い」がみえてくるのである。

 ロシア文字並べる街や晩夏光
 明日萌といふ驛ありぬ天の川
 よき父の革手袋の黒さかな
 父逝くやとぶらふ山の狼も
 黒葡萄しづかに夜を深めゆく
 あぢさゐにナイフのやうな黒き芽よ
 満月をよぎる船ありクリスマス

深い抒情背は清文さんの掌中のものであり」と書きしるす津久井さんが最後に選んだ一句は、

 一陽来復一の字の太く書かれをり


骨太なこの一句。最後の一句に選ばれたことに大きな意義がある。眼差しはすでに次なる世界へ向けられていることを示すものである。
 
本句集の担当は、Pさんである。Pさんの選んだ俳句は、

 サングラスの妻から少し遠ざかり
 新涼や飯にうつりし昆布のいろ
 涼しさや四川料理は火を強く
 おにぎりのきれいな三角敬老日
 ふるさとの山河の色の雑煮かな
 栗飯のときの大きな茶碗かな

こう挙げてみると、Pさんは食べ物を詠んだ句が好きらしい。Pさんが食いしん坊で、食べ物の句に目移りがしたのか、しかし、わたしもここにあげられている句は好きだ。

私は北海道も最北の宗谷地域に生まれ育ちました。俳句を始めたのは就職上京後二十年以上経過してからのことですが、故郷の景色、風土を題材にした句、最近まで毎年のように帰省して家族と過ごした折の句が多くなっています。よって「家郷」という書名にいたしました
二〇一五年、父が九十二歳の天寿を全うしました。北海道の最北で洋品雑貨店を営み、三人の子を育てました。
「家郷』は十七年間の句を年代順に並べ、帰省・「天為」の吟行会・父の死を主なテーマとしてまとめることにしました。
俳句を始めて句材にふれ、句を作り、句座にかかわっていく中で、私は家族とともにあることをあらためて強く感じています。両親、兄弟、子どもたち、そして親族の方々、私の句が皆とともにあるという思いを深くしています。

「あとがき」の文章を抜粋して紹介した。「家郷」というこの句集にこめた著者の思いがよく分かるものである。


ほかに、

 寒星やけふを限りに辞せる職
 新しき菓子の出てゐる夜店かな
 鵯は花を食ふ禽西行忌
 家出して門火に戻りきたりけり
 蔵窓を開く近江や燕子花
 太箸や「なだ万」に父喜べり
 顔に墨つけて家郷の盆踊
 昼の家だあれもゐない水中花
 よき父の革手袋の黒さかな
 風花や色をゆたかにちらし寿司
 亀の咽喉ごくりと動く残暑かな



本句集の装釘は、君嶋真理子さん。
さすが、君嶋さん。
「家郷」というタイトルをスマートにデザインした。


f0071480_17025206.jpg
茶色と白の色合いが爽やかな一冊である。

f0071480_17030120.jpg
タイトルはツヤなし金箔。

f0071480_19082553.jpg
紙の風合いをわかってもらいたいのだが。

f0071480_17023377.jpg
帯をはずしたところ。

f0071480_17023966.jpg
カバーをはずした表紙。


f0071480_17024157.jpg
見返し。
帯とおなじ用紙を使った。

f0071480_17024667.jpg
扉。


f0071480_17025864.jpg

f0071480_17022758.jpg

f0071480_17013843.jpg


f0071480_17012225.jpg


知的で嫌味のない堂々とした一冊となった。

 鎌倉に買ふ弁当に大き栗

好きな一句である。
はからずもわたしも食べ物の句を選んでしまった。
「鎌倉」と上五において場所を提示し、そこから一挙に弁当の中の栗まで焦点を絞り込んでいく。
美味そうな栗である。地名を巧みに活かして、「栗」という季題をあざやかに詠んでみせた一句だと思う。







食べ物といえば、「螢烏賊」が出はじめた。
俳人の四ッ谷龍さんは、この「螢烏賊」がめっぽうお好きだったのではないかしら何年も前にお酒を飲んだとき、酒の肴に「螢烏賊」しか召し上がらなかったことを記憶している。
わたしも実は、「螢烏賊」が好きである。
昨日、クイーンズ伊勢丹で螢烏賊をみつけたとき、ちょっと値段が高かったけれど買ってしまった。
お夕飯に、螢烏賊と菜の花のパスタをつくって白ワインのシャブリを飲んだ。
もう最高である。
螢烏賊の3分の1ほどは、そのまま酢味噌をつけてつまみながら、パスタを作ったのだった。

春は食べ物からもやってくるのだ。





# by fragie777 | 2017-02-23 19:39 | Comments(0)

痛い目には遭いたくないのだけれど。。。

2月22日(水)  旧暦1月26日

f0071480_17261748.jpg
春野。
最近の景色であるが、やはりどことなく春の感じ。
緑色のところには犬ふぐりや花なずながびっしり咲いている。
こういう景色、嫌いじゃないなあ。。。。。





ふらんす堂のメインバンクは、っていうほどの会社ではないのだけれど、一応のメインバンクは芝信用金庫である。
信用金庫っていうのがいいでしょ。
仙川商店街の端っこにあって、農業をやっている土地持ちのおじさまやおばさまがメインのお客さんらしくなんとなく長閑な信用金庫である。仙川のまわりはまだ沢山の畑があるのである。
わたしは声をかけられたことも行ったこともないのだけれど、一年に一度はお得意さまと泊まりがけ旅行などもあるようだ。
それでも長いお付き合いをしているせいか、ちいさなふらんす堂にもいろいろと親切である。

今日も用があって窓口に行った。
用事を終えて戻って30分くらいしたら、芝信から電話が入った。
「先ほど窓口にいらした時に、印鑑とカメラをお忘れになりませんでしたか? 」
「あらまっ、」とわたしは持っていった袋をゴソゴソしたところ、どうやらない。
「すみませ~ん。あとで貰いに行きます」
「こちらもすぐに気づかなくて申し訳ございませんでした」と丁寧な対応である。

そして、わたしはすっかりそのことを忘れた。

5時近くなって再び芝信から電話が入る。
「ごめんなさ~い。すぐに行きます」とわたしはカメラと印鑑を受け取りに向かったのだった。


顔を覚えて貰っているのですぐにそれらを受け取って仕事場に戻った。
机に向かっているときに、カメラしか手にしていないことに気づいた。
「あらあ! いやだあ! カメラしかない! さっきまでハンコを持ってたのにい!」わたしは叫んで大慌てである。
印鑑は大事な銀行印。商店街を歩いて来るときに落としたのだろうか。
「そういう時はですね、来た道をもういっぺん戻るのがいいんですよ。」とスタッフも慌てている。
「そ、そうよね、どこで落としたんだろう?」
わたしは下駄箱の扉を開けて、靴をとりだそうとした。
あら、あるじゃない!
ブーツの横に印鑑入れに入った印鑑が静かに横たわっていた。
「あったあ! ここに。でも、どうして?」
あとはもう、スタッフたちのほっとしたような呆れたような顔があるのみ。

芝信さんが親切だっていうことを書こうと思って結局、じぶんの粗忽さを書くことになってしまった。
自慢じゃないけど、わたしの人生こんなことの繰り返しばっかりよ。
(先日通帳とキャッシュカードを引き落とし機に忘れたのは違う銀行である。あそこは大手銀行なのね。まったくどこにでも大事なものを忘れるyamaokaである)



今に痛い目に遭う、って心の底から思っている。。。。










f0071480_18102079.jpg
これは、スタッフよりのおみやげ。
先週末に飛騨高山に旅行に行ってきたとのこと。
雪の白川郷を体験してきたということで、「とても良かったです」とスタッフ。

富山にも行ったということで、富山の薬は有名であるが、これはのど飴。
「反魂丹(はんごんたん)」とは、胃腸などに聞くむかしからの有名な薬らしい。
池田屋という有名なお店でわたしたちひとりづつに買ってきてくれた。


f0071480_18105640.jpg
きれいに畳まれていて、こんな風に開いていく。


f0071480_18105009.jpg
のど飴が和紙にくるまれて5個入っていた。
舐めるのがもったいないような飴であるが、一粒口に入れてみた。
やさしい甘さである。
美味しい。。


f0071480_18105767.jpg
開いてみると「反魂丹」の由来が記されていた。

こういう昔ながらのものはいいなあ、醸し出す雰囲気がいいのである。
と思いつつ、ふらんす堂の本もこういう雰囲気のある本でありたいと願っているのだけど。
わたしの思いが伝わるかなあ。。。。





そうそう、そのスタッフさんが、この旅行のことを「ふらんす堂の放課後」で少し紹介してます。

ふらんす堂の愛されスタッフさんのブログを是非に読んでくださいまし。








# by fragie777 | 2017-02-22 18:58 | Comments(2)

銀の櫂欲し。。。

2月21日(月)  旧暦1月25日

f0071480_17563217.jpg
早春の小川に長柄杓が置かれていた。



今日はさっそくに新聞記事を紹介したい。

20日付け東京新聞の「句の本」には、 渡辺紀子句集『銀の櫂』が紹介されている。

 夕暮は銀の櫂欲しすすき原     渡辺紀子
 白布裁つ冬の扉を開くごと       〃
 合歓の花あの泣き虫が母となる     〃

「夏日」の編集長が介護生活の中で自身を見つめ、まとめた第一句集。



おなじく20日付けの讀賣新聞の「枝折」では、脇村禎徳句集『而今』が紹介されている。

 読初は赤福餅の伊勢だより    脇村禎徳

2012年から3年間の作品を編んだ第10句集。日々の景を自在に詠む。


同じく20日付けの読売新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、
 
 
廣岡あかね句集『りつしんべん』より。

 棒きれで掻き混ぜてみる水温む   廣岡あかね

春、そこら辺の水が温んでくる。それが何となく嬉しくてならないのだろう。だから棒切れを拾って掻き混ぜたりするのだ。水が温んだかどうかを掻き混ぜて確かめた。などというのは大人の屁理屈的解釈。句集『りつしんべん』から。





新刊句集の紹介をしたい。


f0071480_17571430.jpg
四六判変型薄表紙カバー装。赤のシリーズ。 176頁

著者の渡辺紀子(わたなべ・のりこ)さんは、1947年福島市生まれ、松戸市在住。1987年より「松戸市民俳句会」に入会して望月百代に師事。1996年「夏日」(望月百代主宰)創刊と同時に参加し、1996年に同人。松戸市主催の賞などを受賞し、現在は「夏日」の編集長である。本句集は1988年より2015年までの27年間の作品を収録した第一句集である。序文を望月百代主宰、栞を神野紗希さんが書かれている。

 白墨の汚れ手に染む遅日かな
 ライ麦パン香ばし二百十日かな
 夕立きて少年砂のにほひせり
 白木槿軒小さくして海の町
 野分後の雲を映して潮だまり
 サフランや姑の明るくこはれゆく
 姑の手の透けゐるごとし春障子
 遠花火鏡中の眼くぼみをり
 足元に猫の息あるすすき原

感覚の冴えと透明感があり、身辺句から飛躍し、明るさと品格のほどよさが作品の個性。よい作品には季節感がただよっているといわれるが、まさにそうなのである。

帯文に引用された序文の言葉を紹介した。著者の特質をよく捉えた言葉である。

 夕暮は銀の櫂欲しすすき原
 
句集名となった一句。この句には著者の渡辺紀子さんは、特別の思いを寄せている。

私は夕暮れ時が好きで、句ができなくなると近くの川原に行き、夕風に身を晒します。茜色の空がやがて夕闇に溶けてゆくのを眺めていると、なぜか詩人になれるような気がするのです。句集名となった一句もそんな折にできたものでした。

「あとがき」より紹介した。
神野紗希さんの栞のタイトルは「代わりに、言葉がある」。抜粋して紹介したい。

 顔吹かれ九月の沼のさみしとも
 三月の沼の明るさ人に逢ふ

紀子さんの句には、抑制の効いた文体の底から、静かに湧き上がってくる何かがある。まるで、ひそかな森の底にいきづく沼のあぶくのように。

 雛納めをりラヂオよりビートルズ
 花冷の駅に喪服を届けたり
 白布裁つ冬の扉を開くごと
 足元に猫の息あるすすき原

銀の櫂で漕ぎ出さなくとも、世界はあちらからやってくる。ラジオから流れるビートルズの懐かしいメロディ、花冷のころに届いた訃報、白布を裁つときに開く冬への扉、足元に寄ってくる猫。私たちの日常と、ほかの世界との、交差点の指標たちを、紀子さんは丁寧に、短い言葉の器に注ぐ。

 式部の実こぼれて言葉生れにけり

ここに銀の櫂はない。でも、代わりに、言葉があるのだ。

表現者としての自覚を促すような栞文である。
ほかに、

 麦秋や笑ひ皺てふ美しきもの
 ゆふがたの空のざらつく山廬の忌
 泣き止まぬ子を抱き上ぐる花菜風
 朝顔や海に出てゆく雲迅し
 波が波砕き八月果てにけり
 蛇笏忌の嶺より風のまつしぐら
 躓いて己が見えてくる冬の虹
 街古りて人古りて梅真白なる
 駄菓子屋の店先蝌蚪の生るるなり
 十薬の芯のさみどり母訪はな
 冴返るオリーブオイルの浅みどり
 わが影のピアノに折れる寒夜かな
 雨の日の声上げてゐる踊子草
 晩夏かな羽化のごとくにシャツ脱いで
 春隣ともに川見て老いゆけり

ゆふがたの空のざらつく山廬の忌」「蛇笏忌の嶺より風のまつしぐら」などほかにもあるのだが、本句集には忌日としては蛇笏忌のみが詠まれている。師系ではないように思えるので渡辺紀子さんが個人的に蛇笏がお好きなのか、この二句には、蛇笏の俳句に対する著者の姿勢が伺い知れる。蛇笏の俳句の質の高さを仰ぎ、いっぽうその作品がもっているある不穏さを感じとっている。二句とも好きな作品だ。飯田蛇笏という俳人をその心の秘かなる指標としているのだろうか。

句集『銀の櫂』は、一九八八年から二〇一五年までの作品をまとめました。改めて読み返してみますと、その時々の出来事が呼び起され、頭を過っていきます。(略) 介護生活はまだまだ続きそうですが、胸の中の遥かな虹に向かって歩み続けるつもりです。そしてこれからも一日一日を大切に、季節の風や光を感じながら、師の提唱する「のびやかに自分史としての俳句」を紡いでいきたいと思います。

「あとがき」の言葉である。

本句集の装釘は和兎さん。
赤のシリーズはすでにもう多くの句集を刊行してきたが、今回は落ちついた仕上がりとなった。


f0071480_17585405.jpg


f0071480_17572816.jpg
f0071480_17575895.jpg


f0071480_17580990.jpg


f0071480_17584525.jpg
表紙。

f0071480_17584940.jpg


f0071480_17590460.jpg
見返しは青。

f0071480_17583687.jpg

栞の文字も青に。

f0071480_17591254.jpg
扉。


f0071480_17582775.jpg

f0071480_17590795.jpg
 
f0071480_17581726.jpg

f0071480_17585706.jpg
赤と青とベージュの配色が美しい。


f0071480_17581313.jpg
著者の渡辺紀子さんにふさわしいシックな一冊となった。

  切山椒降る雨に音なかりけり

新年の季語である切山椒が繊細に美しく詠まれている。「キリザンショウ」という音の響きが音もなく降る雨のしめやかな世界を支配しているかのようだ。「り」の余韻がいつまでも心に残る。






切山椒は繊細な甘さのお菓子であるが、今日のおやつはエクレアをみんなに振る舞った。
クィーンズ伊勢丹に安くて美味しいエクレアがある。
で、それを食べながら、わたしはポケモンgoの話しを夢中でしていたのだが、いま新しいポケモンたちが登場してなんと80種類よ、それを夢中にゲットしているわけ。スタッフのPさんもちょっとやっているみたいなので
「ああ、それも獲ったよ、ああそれもね!」などと椅子にふんぞりかえっおおいに自慢していたところ、
「yamaokaさーん、鼻のあたまにチョコついてますよ!」と笑いながらスタッフに指摘されたのだった。
「ひゃあ、どこ!どこ!?」
もう、わたしったら、
なんとエクレアのチョコを鼻のあたまにつけてポケモン自慢をしていたらしい。
みんなに大笑いされちゃった。










# by fragie777 | 2017-02-21 20:14 | Comments(0)